|
テーマ:今日は何の日(6909)
カテゴリ:本帰国で再発見!
今日は1981年に制定され今年で45回目となる「北方領土の日」です。実は2003年の渡星前は北方領土についてあまり考えた事がなく札幌の雪まつり会場に設置された「北方領土返還要求の署名コーナー」でも署名をした事はありませんでした。それが渡星後に読んだ百田尚樹著「新版 日本国紀」や池上彰著の「世界の大問題13」で19世紀に頻繁に日本海に出没し始めたロシア船への対応策や開国要求の変遷を知り北方領土に興味を持つようになりました。下記は2023年に書いた日記の一部です。
調てみると「北方領土の日」が制定されたのは今から42年前の1981年で北方領土の返還を求める多くの団体からの要望で閣議で決められたようです。そして2月7日というのは制定から126年も遡った幕末の1855年2月7日で江戸幕府がロシアと「日露通好条約」を結んだ日でした。 ![]() 1855年の境界線(赤線)で樺太は両国民の混住 1951年サンフランシスコ条約での境界線 当時のロシア側の代表は「プチャーチン提督」で北方4島が日本領である事を両国で確認しています(国境は択捉島とウルップ島の間)その後日露戦争(1904-05)の日本の勝利や第二次世界大戦の敗戦によって領土や国境については違いが生じていますが、興味深いのは1951年の敗戦後のサンフランシスコ条約では北方4島に関しては日本領となっている事です。ただこの条約に関しては当時のソ連が署名を拒否し現在に至っているというのが領土問題が解決されないまま長く続いている原因です。 歴代の首相も返還に向けて努力をしてきたと思いますが(特に安倍首相は2014年のロシアのクリミア侵攻では返還を有利にするために欧米の経済制裁には加わらなかったという記事を読みました)そして2016年プーチン大統領が来日した時に大きな意味を込めて安倍首相が手渡した168年前の日ロ友好の証の「ヘダ号の絵」・・・。 この日記を書いた前年の2月にウクライナ戦争が勃発、7月に安倍元首相の銃撃事件が起こっています。北方領土の返還交渉が果たしてウクライナ戦争が終結してから行われるのか・・。昨年の参議院選挙の際、再選を果たした元北海道知事の高橋はるみ議員1人だけ北方領土問題に尽力を尽くすと公約の1つに挙げていましたが、その後の進捗情報は全くありません。つくづく思うのは1951年のサンフランシスコ条約で署名を拒否したロシアに何故日本が「物申す事が出来ないのか」という事です。少なくても署名したロシア以外の国に改めて問題提起をした上で協力を仰ぐという行動を起こす事だけでも北方領土に故郷を持つ人たちの気持ちに寄り添えるのではと考えます、 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.02.07 10:22:53
コメント(0) | コメントを書く
[本帰国で再発見!] カテゴリの最新記事
|