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星の国から。ヴァン・ノアール

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ドラマ&映画等など。

2022.07.01
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 「眞栄田 郷敦(まえだ ごうどん)」さん主演のNHK夜ドラ「カナカナ」が昨日ハッピー・エンドで最終回でした。「カナカナ」放送中に眞栄田郷敦さんが「あさイチのプレミアムトーク」に出演してお父さんが「千葉真一」さんであることを知り驚きましたが、それよりもっと驚いたのは高校が岡山県の学校でそこの吹奏楽部でサックスを担当し、部長も務めていたということです。視聴者からのファクス紹介で「娘が吹奏楽部で岡山に凄い素敵なサックスを吹く男子がいると言っていましたが、眞栄田さんの事だったんですね・・」にも驚きました。サックスはプロを目指すも東京芸術大学が不合格となり、挫折というところで朝ドラ「カムカム~」をすぐ思い出しました。実は未だ「カムカム~」ロスです。

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​「カムカム~」で最高の演奏を披露する「ジョー」​​
 
 ドラマ「カナカナ」には「みんなで筋肉体操」でブレークし、サックス奏者でもある「武田真治」さんも出演していて、さぞ楽屋でサックス談義で盛り上がったのだろうと勝手に想像しています。ジャズと言えば「ピアノ」と思っていた私が「サックス」って素晴らしいと思ったのは「世界のナベサダ」のコンサートをシンガポールで見たのがきっかけです。もう10年以上前ですが、その感動が未だに忘れられないほどサックスの魅力は大きいのだと思います。いつか音楽番組で武田さん、眞栄田さん、そして「カムカム~」の音楽を担当したフラッシュ金子さん(ジョーと同じサックスが吹けなくなる病気に)の共演が見てみたいものです。

 肝心のドラマ「カナカナ」は元ヤンのマサ役の眞栄田さんが、おっとりとした良い雰囲気を醸し出しながら喧嘩のシーンでは流石千葉真一さん譲りと目を見張るものがありました。子役のカナを演じた加藤柚凪ちゃんも愛らしく、老け役の宮崎美子さんも何だか新境地みたいな感じで夜の15分間ちょっとホッコリ幸せな気持ちにしてくれるドラマでした






最終更新日  2022.07.01 09:54:02
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2022.06.30

 ​朝ドラ「ちむどんどん」の中で「ニーニー」が持ち歩いている大きいカバンを見ると思い出すのは「男はつらいよ」の寅さんがいつも持ち歩いている大きなカバンです。

   

 もしかして寅さんのイメージをだぶらせる効果なのかなぁと深読みします。私自身はあまり「寅さん」映画に興味がなく、日本にいた時にたまたまテレビで放送になった映画を見ても「何故いつも旅に出ていてふらりと帰ってくるの?」という疑問しかありませんでした。

 その疑問やら何やらを一気に払拭してくれたのが2019年のNHKドラマ「少年寅次郎」でした。寅さんの生みの親「山田洋次」監督の書き下ろした小説「悪童(わるがき)寅次郎の告白」のドラマ化で全5回放送されました。

 寅次郎が実は父親が外で作った子であったこと、日本が日中戦争へと突き進むきっかけにもなった昭和11年の2.26事件が起きた雪の降る朝に産みの親によって「団子屋」の軒先に置かれた経緯から、育ての母親や妹さくらへの愛情、父親との確執が分かりやすく描かれていました。何と言っても寅次郎の子供時代を演じた子役の子が「渥美清」さんの子供時代に瓜二つとしかいいようがない程のはまり役でした。何故家を出ることを決意したのかについても十分説得力のある内容でした。

 このドラマのお陰で今ではちょっと寅さんファンにもなっている感じですが、雑誌の中で「寅さんは昭和に生きた最後の江戸っ子」という記事を見つけてなるほどなぁと思いました。

「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し、口先ばかりではらわたは無し(口の悪さはあるけれど、腹に一物がないから言った後はさっぱり!)」、「世話好きで人情に厚い」「宵越しの金は持たない」等々、ふと今の世相を考えて「人情溢れる」映画も見たくなってきました。

 渥美清さんは東京の上野生まれの江戸っ子だそうですが、山田洋次監督は関西の生まれで、江戸情緒が残る下町を徹底的に調べ上げ、映画のセットに「江戸風鈴」をちらっと映し込むような心遣いもしていたようです。


「江戸風鈴」

 日本の猛暑のニュースが最近続きますが、風鈴の涼やかな音で体感温度も数度下がるのでは・・。今日の「ちむどんどん」ではニーニーは失恋したようで、やっぱり寅さんキャラを踏襲なのかなぁと・・。







最終更新日  2022.06.30 14:18:40
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2022.06.15



  昨日「ウクライナ」のドキュメンタリー映画について書いて、思い出すのは2019年11月に見た「Dreaming Haruki Murakami」というタイトルのドキュメンタリー映画です。正に「ハルキスト」のために作られた映画のようで上映があったのはシンガポールでも根強い「村上春樹」人気のお陰かなと思います。

 映画は村上春樹文学をデンマーク語に翻訳してきたメッテ・ホルムが来日し村上春樹の故郷「芦屋」や小説の舞台となった土地を巡る旅や普通の人達との会話、村上春樹がデンマークの2016年「アンデルセン文学賞」を受賞し、授賞式に出席した際のメッテとの対談などに空想的な世界を表現したCGを織り交ぜての1時間ほどの物です。

 村上春樹文学は世界中で40ヶ国語以上に翻訳されているようですが、実際は英訳を基に自国語に翻訳した物が多い中、メッテは日本語からデンマーク語に訳すという数少ない翻訳者の一人で、処女作「風の歌を聴け」の翻訳に当たって各ページの何ヵ所にもペンが入れられた本が映し出され「いかに短い言葉で作者の意図する事が伝えられるか」と苦悩のような彼女の言葉が印象的でした。

 私自身は今でも一番好きな一冊は群像新人賞を受賞した「風の歌を聴け」で、特に最初の2文
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」は哲学的で気に入っていて、この文が映像の中で何回も流れ、村上春樹の本が大きく映し出されるとそれだけで嬉しい気持ちになるのはやっぱり「ハルキスト」なんだなぁとしみじみ思いました。

 そして今でも忘れられないシーンがメッテが日本に滞在中にバーのような所で日本人(役者さんとは思えませんでした)との会話のシーンで彼の言葉「村上春樹の本を最初に読んだ時、運命を感じた」というものでした。多分ハルキストの人達は自分も含めてこういう感覚を持っているんだろうなぁと苦笑いしてしまいました。

 余談ですがアンデルセン(1805-1875年)を調べてみると、貧しい両親の下(母親は文盲)で育ったようで、その中で「人魚姫」や「みにくいアヒルの子」等々、今でも子供達に読み継がれている名作をどのような努力で編み出すことが出来たのか興味が湧いてきます。そして大人の感覚でもう一度読み返してみたいものです。



 







最終更新日  2022.06.19 07:58:43
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2022.06.14
テーマ:ウクライナ(95)
  2015年に公開されヨーロッパでは高い評価を得たドキュメンタリー映画「ピアノーウクライナの尊厳を守る闘いー」が今、日本で初上映しているという記事を見ました。公開当時日本ではほとんど知られていなかった映画だそうです。

 2014年、ロシア寄りの姿勢を取るウクライナ政権(ヤヌコビッチ政権)とこれにあらがう市民たちの闘いの日々「ユーロ・マイダン革命」を描いた作品で、革命によって新たな政権の発足や以前の憲法の復活など大きな成果をあげながら、これがロシアの猛反発を招き「クリミア半島のロシア併合」と繋がっていくという辛い歴史があるようです。



 残念ながらシンガポールの映画館では上映がないためネットで予告編を見てみました。バリケードとして使われそうになっていたピアノが音楽を学ぶ地元の大学生に救われ、機動隊に囲まれながら武器ではなくウクライナ国旗の色に塗られたピアノを演奏することによって抗議の意思を突き付ける女性の姿から映画が始まっていました。雪が舞う極寒の中、旗を持ちウクライナ国歌を歌う人達の姿が胸を打ちます。
 
 ネットの記事にはこの映画を見た人の「戦争が行われる中で音楽の力、国家の力を感じました」という感想もありました。そしてやっぱり「早く戦争が終わって欲しい」と結んでいます。島国の日本では想像が出来ないような陸続きの隣国との長い闘いの歴史を考えるとただただ辛い気持ちになりますが、映画が見られない分もう少しロシアやウクライナの歴史を自分なりに調べてみようと思います。









最終更新日  2022.06.17 23:39:31
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2022.06.12
 「今日は何の日?」の記事を見ていたら今月2日に「本能寺の変」があり、未だ未だ記憶に新しい一昨年の大河「麒麟がくる」を思い出しました。昨年1月に書いた日記を修正してアップします。因みにウィキペディアでは本能寺の変は天正10年6月2日(グレゴリオ暦では1582年6月21日)となっています。



 「麒麟がくる」も終盤になって朝日新聞ネット版で「光秀は本能寺に行かなかった説がある」という記事を読みました。以前に「本能寺の変」を推理、分析する番組で光秀が宿泊した寺から何時に出発しどの経路で本能寺に向かったのかというのを見ましたが、それは光秀と交流があった公家が書いた日記から推測し、その日記も「噂」を書き記した可能性があるということでした。

  記事の内容は本能寺の変の総指揮を任された斎藤利三の3男の利宗が加賀藩の藩士に「光秀は本能寺には行かず京都南方に控えていた」というものです。そして江戸時代の1669年に加賀藩の兵学者「関屋正春」が成立させた資料にもこの件が書かれているそうです。関屋は息子にはきつく口留めをしていたことから信憑性もあると考える学者が少なからずいるようです。

 光秀が本能寺に行ったとしても行かなかったとしても首謀者は光秀には変わりなく、大河の中では信長が室町幕府最後の将軍「義昭」の暗殺や「知の人」として光秀を信頼していた「正親町天皇」の譲位を画策するシーンに苦悩する光秀の姿が印象的で、苦悩の末に決断というのは私には説得力がありました。

 余談ですが、最終回で光秀は生き延び「南光坊天海」として「徳川家康」の側近として仕えたという説に従ったようなシーンが流れ、新説も交えた「麒麟がくる」は本当にワクワクさせられました。その後ネットで信長を演じた「染谷将太」さんに是非「南光坊天海」を演じて欲しいという記事を見つけ、思わず笑ってしまいました。来年の大河「どうする家康」にもしかして登場するのかと今から楽しみです!








最終更新日  2022.06.14 09:22:02
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2022.06.03

​​ イタリア料理の代名詞のような「ピザ」が南イタリア発祥で北イタリアの料理ではないというのを「チムドンドン」で初めて知りました。



 すぐ思い出したのは我が家から徒歩10分ほどのところにあるイタリアンレストラン「Da Luca
Italian Restaurant」です。友達がこのレストランの口コミを見て一度ピザを食べに行ってみたいと連絡があり、近所なので下見と予約のためレストランに行って、今思えば予感があったのか「ピザはありますよね?」と聞くと「ピザはやっていないんですよ~」と言われ、そういうお店もあるんだぁとずっと記憶に残っていました。

 もしかしたらオーナーが北イタリア出身なのかもしれません。改めてお店のホームページを見ると「隠れ家的ちょっと高価なレストラン」という感じで、ランチは少し手頃な値段なので行ってみようかなと思っています。イタリアの高級ワイン「アマローネ」をグラスで出しているようです。

 今週の朝ドラはイタリア人シェフ(北イタリア出身)の「最期の晩餐」に選ぶ料理が「ピザ・マルゲリータ」である理由を新聞の読者投稿欄から探すという内容で、ちょっと切ない恋の話でした。

 そして何だか「マルゲリータ」が気になって調べてみると、19世紀のイタリア王妃「マルゲリータ」が気に入ってから一般に広まり、この名前になったということでした。次回レストランで食べる時には「王妃」の気分で・・・。

      
「マルゲリータ王妃」1851-1926        ​「マルゲリータ王女」1654年 ベラスケス作​

 一瞬「ルーブル美術館」蔵の「マルゲリータ」を思い出しましたが、時代が違いました。

 ピザと言えばもう一つ中国出身で仕事の付き合いのある方から「イタリアのピザはマルコ・ポーロが中国で餃子を見てイタリアに伝えた物という話が中国にあるんですよ」と聞いた時は、俄かには信じられないというか「あっ、でも面白い話ですね~」で終わってしまったのですが、真実はどうなんでしょう。

 「東方見聞録」を書いたマルコ・ポーロ(1254-1324)がペルシャから中国(当時は元)を旅した時から、ほぼ3世紀ぐらい経ってスペイン人が「インカ」から持ち込んだトマトで現在のようなピザの形になったそうです。

 一口にピザと言ってもいろんなこぼれ話や歴史があるのだなぁとしみじみ思い、次回ピザを食べる時はあれこれ思いを馳せながら味わってみたいなぁ・・と。







最終更新日  2022.06.03 15:33:20
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2022.06.02
​ ちょっと高めのカリフォルニアのピノ・ノワールを見ると、思い出す映画は2004年の
「Sideways(サイド・ウェイ)」です。葡萄畑やワイナリーがふんだんに出てくるワインのロードムービーで、有名な俳優さんが出ている訳ではないですが、アカデミーの
5部門でノミネートされ「脚色賞」を受賞しています。



 右端の主人公「マイルス」はバツイチで小説家志望の中年教師でワイン通でもあります。彼が小説を書き上げたお祝いと悪友の「ジャック」の独身最後の数日間を祝うためカリフォルニア南部のサンタバーバラを旅します。

 ジャックの相変わらずの女癖の悪さでトラブルに巻き込まれたりしますが、マイルスの隣に座る「マヤ」との出会いでマイルスは更にワインの深みに触れ、最後はハッピーエンドです。確か映画の中でカリフォルニアのピノ・ノワールがよく登場していたと思い(ピノ・ノワール100%のロゼもしっかり覚えています)ウィキペディアを見るとワインのリスト(15本)のうち5本がピノ・ノワールでした。

 そのうちの一本「Kistler Sonoma Coast Pinot Noir(キスラー ・ソノマ・コースト)」を楽天市場で調べるとヴィンテージに関係なく大体2万円台でした。やはり高級ワインです・・。

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2020年 アルコール度数14.5%  テーブルの上にはディスプレイ用としもたくさんの葡萄が。
 
 先日ワインコネクションの2本で99ドルで買った1本「Castle Rock Pinot Noir
Sonoma County」は初日は「熟成肉」で翌日はラベルにサーモンとの相性が良いとあったので、サーモンカツを作って合わせました。

 もう20年以上前ですが、日本の語学学校の元同僚がアメリカに帰国した後、結婚パーティの招待状を送ってくれました。サンフランシスコからプロペラ機で1時間ぐらい(ナパ・バレーに近いと思います)の小さな、小さな町での賑やかで心温まるパーティ―で今でも良い思い出です。夕方から始まったパーティーは深夜近くまで続き、ワイン・ワインのオンパレードで至福の時でした。一度映画のようにカリフォルニアのワインロードを旅してみたいと夢見たまま結局実現出来ずにいるので、「Sideways」で葡萄畑の景色に酔いしれたいと思っています。



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最終更新日  2022.06.02 12:19:30
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2022.05.29

 「百田尚樹」著「新版 日本国紀」の第三章が「平安時代」で、ちょうど2024年の大河が「源氏物語」を書いた「紫式部」が主人公の「光る君へ」なので興味深く読んでいます。



「紫式部日記絵巻」の中の「2人の公暁が式部のいる局を訪ねる場面」で格子越しに顔を覗かせている(右側の公暁の前)が「紫式部」です。1005年、30代前半の子連れ未亡人(夫とは死別)だった彼女は「藤原道長」からの強い要請で道長の長女で当時17歳の「彰子(一条天皇の2番目の中宮)」の家庭教師として出仕し、そこで「源氏物語」を執筆、完成させることになります。

 百田氏は「中国やヨーロッパでは当時女性が文字を読めるという事も稀で、多くの女性が書物を著すのは近代(ヨーロッパでは15、16世紀から20世紀中頃)になってからで、平安時代の文学が女性によって紡がれた事は実に素晴らしい」と書いています。

  そして源氏物語完成の大きな立役者が「仮名文字の発明」と解説しています。894年に中国への遣唐使が廃止された後(百田氏は中国から学ぶことはあまり無くなったのも一因としています)徐々に国風文化が確立され、漢字から「仮名文字」が作られ特にひらがなを宮中で働く女官達が好んで使うようになったようです。

  
​「国際交流基金 日本語国際センター著作権」「日本語かな入門 英語篇」​

 私が仮名文字の基になった具体的な漢字を知ったのは社会人になって日本語を教えるための学校に通っている時で、ちょっとしたカルチャーショックでした。百田氏は特に『「女手」と呼ばれる「ひらがな」の発明によって日本語の表現力が飛躍的に発展し、同時代の清少納言や藤原道綱の母による文学作品はひらがなの発明なくしては生まれなかった』とも書いています。

 そして私の長い間の疑問であった「紫式部と清少納言は直接会ったことがあるのか?」について百田氏は「宮中に仕えていた時期が異なり面識はなかったと言われている」と書いています。ただ「紫式部日記」には「清少納言は得意気に漢字を書き散らしているが、よく見ると間違いが多い」と酷評し紫式部がライバル心をむき出しにしているエピソードも紹介し、これは私には新たな紫式部の一面です。

 元々「紙好き」であった紫式部が宮中で紙が自由に使えるということに惹かれて出仕を決めたという話もあるようです。中国から伝わった紙にならい平安京の中で工場のような場所で上質な紙が作られるようになっていたのも、優れた文学作品の誕生に大きく関わっていたようで、大河「光る君へ」でこれらの事をどんな風に視聴者を引き付ける脚本で描いてくれるのか今から楽しみです。


 

 




 

 

 







最終更新日  2022.05.29 12:05:38
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2022.05.23
 昨日の「鎌倉殿の13人」では大きな山場の1つ「義経(1159-1189)の死」が描かれました。番組最後の「紀行コーナー」で江戸時代の俳人「松尾芭蕉(1644?-1694)」が奥州平泉で詠んだ「夏草や兵どもが夢の後」が流れ、義経の死を悼む余韻に更に浸りました。調べてみると芭蕉がこの句を詠んだのは1689年5月(新暦6月20日)でちょうど義経の死から500年という月日が経っていました。



 「三谷幸喜」氏の脚本は的を絞って理解しやすく、最終的には平泉に逃れた義経を「藤原秀衡」の息子「泰衡」と「国衡」の兄弟仲たがいを利用して義経を自刃に追い込むという自分の手を汚さない頼朝の練りに練った策を丁寧に描いていました。

 弁慶の善戦で時間を凌いでいる時に「北条義時」に鎌倉を攻める作戦を地図を広げて嬉々として説明する様子は正に義経が「戦うために生まれたきた」を実感させました。その奇策に義時も驚き、義経の依頼で後に作戦図を受け取った「梶原景時」も「この作戦なら鎌倉は陥落・・」と唸ります。

 番組の後すぐネットには記事がいくつか投稿されていて「この作戦は新田義貞の~」とあり、調べてみると1333年に鎌倉幕府を滅亡に追いやった戦いで「南下して鎌倉を包囲し、海からも侵攻する」という作戦と似ているということでした。義経の死の直前に既に鎌倉幕府の滅亡を暗示するという心憎いストーリー展開だったようです。

 余談ですが、以前に「松尾芭蕉は忍者だったのでは・・」という記事を見た事があります。旅をしていたり何かを売り歩いている人達は各地の情報を得ることが比較的簡単で忍者の可能性があるということでした。確かに「麒麟がくる」で岡村隆史さんが演じた薬売りの「菊丸」も忍者でした。芭蕉が生きていた時代は江戸幕府成立から40年~90年ですが、まだまだ忍者の需要があったのかなとか思ったりします。
 







最終更新日  2022.05.23 15:02:58
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2022.05.12
 昨日、2024年の大河は「紫式部」の半生を描く「光る君へ」と発表がありました。主演は朝ドラ「花子とアン」のヒロイン「吉高由里子」さんです。個人的には昨年のNHK夜ドラ「いいね!光源氏君」で現代にタイムスリップし和歌の講師を勤める「壇蜜」さん演じる「紫式部」の妖艶な演技が記憶に新しいです。
 
 
田辺聖子著「新源氏物語」と漫画家大和和紀作「あさきゆめみし」を読んで感銘を受けた自称「源氏物語」ファンですが、改めて紫式部のウィキペディアを見ると誕生は970~978年、死亡が
1019年以降と詳細は分かっていないようです。

 中国への遣唐使の廃止(894年)と平氏が台頭するまでの間の平安時代に天皇家と深い繋がりを持つことで宮廷貴族の地位を固めた藤原氏は「藤原道長(966-1028)」の代に娘の「彰子」を
一条天皇に嫁がせます。そして「彰子中宮」に家庭教師役として仕えた紫式部は藤原道長のアドバイスを受けながら、また道長をモデルにした
「光源氏」を主人公にして「源氏物語」を描いたと言われています。2024年の大河「光る君へ」で紫式部が慕う道長の配役が今から気になるところです。


「紫式部日記絵巻」から「夜陰に紛れ式部の局の戸を叩く道長」 雑誌「再現日本史」からの画像

 藤原道長と言えば「この世をば 我が世とぞ思う 望月の欠けたることも なしと思へば(自分としては一つも叶えられないものはない。満月のようにすべてが満たされており、この世は自分のためにある」の和歌で有名な人物です。源氏物語を貫く深い仏教思想は道長が仏教(特に浄土宗)に帰依したことの影響は大きいと思うのですが、それでも栄華を極めた時は「慢心」してしまうというのは人間の愚かさなのかなぁとしみじみします。

    

 手元に雑誌「再現 日本史」があって、ブログを始める前はいろんな雑誌もさっと目を通す程度だったのですが、ブログ効果か最近は内容をじっくり読むようになりました。2024年1月スタートまで一年以上あるので、これはじっくり読んでみる良い機会だと思っています。





 






最終更新日  2022.05.12 12:12:20
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