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ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
すずひのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、
葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 
少ない持ちモノになっていたい。


 *** 読者のみなさまの おかげで ***

* すずひのブログが 1冊の本に なりました *


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2019.08.20
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カテゴリ:ミニマルに暮らす
あの。

どこに、一体どのように、このようなアナウンスをしたら良いのかがわからないのです。

素人ブロガーのすずひです。

このブログをお読みくださって。
時々、インタビューや取材のご依頼や、
執筆、コラム、その他 WEB媒体への進出のご依頼をいただくことがあるのです。

もったいないお話を、ありがとうございます。

わたしのブログにお目を留めてくださり、
そしてお声がけをくださりましたこと、本当にありがとうございます。




 






インタビュー、取材、その他のご依頼は、ご遠慮させていただきたいと思っています。

このブログが、わたしにとっての、今は、精一杯です。



お取り継ぎくださる方にも、いつもお断りをお願いするばかりで、
とても心苦しく、わたしがこんな風なために、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。











長く書けば書くほど、何を言っているのかわからなくなりそうなので、短く書きます。


このブログが。

読者さまとお逢いできるこの場所こそ、わたしにとって、かけがえのない場所です。 






著者です、と小さな声でお願いしたら、どうぞ!どうぞ!と撮影を許していただけました。
この書店さんは伊藤まさこさんのご本のそばに並べて下さっていて、嬉しかったなあ(;_;)



  ************************************


発信の場を これ以上広げることは、考えていません。  本当に、申し訳ありません。


どうかご理解いただけますよう、


どうか、どうか、よろしくお願い申し上げます。




              
                                    すずひ






本を出版させていただけたことは、一生の宝物です。
人生で、こんなに頑張ったことは、出産と、出版だけ、です。

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こういったことを全く厭わない、出版も、取材も、メディア露出もウェルカム!! な、
むしろそこを目指しておられるかもしれないパワー・ブロガーさんは大勢いらっしゃるのに、
わたしはこんなで・・・ ごめんなさい。

読者さま。 いつも、本当に、ありがとう。






最終更新日  2019.08.20 23:06:31
2019.08.19
全国的に。 お盆休みがあけたかと思われる今朝です。 





そんな今朝。こうすればよかったのか!というクロワッサンの焼き方に関する発見がありました。




おとーさんは。 

昨日の午後あたりから 次第に笑顔が失われ、この世の終わりみたいな顔になり、
今朝は、うなだれ気味に、小さめのお弁当をたずさえて、しょんぼり出勤してゆきました。
今日も暑い1日になりそうです。


働くおかーさん方は。
長い連休中も家族のことや食事のことをあれこれすごく頑張って、
休んだ気もしないまま 今日からまたご出勤、「THE 平日」、ということで

そのお疲れはいかばかりか、と (;_;)
行きの電車から 爆睡してしまうのではないかと。 
今朝のご出勤はどれほどしんどいものなのか、と想像するのですが、


「家政婦みたいに 1日中 無償でこき使われるくらいなら、
                    仕事に出かける方がずっといい!」


というお気持ちがあるのだ、と 知りました。 すこぶる納得。 すこぶる仰せの通り。
 


割りに合わない、という言葉がありますが、「家事」がきっとそうで、
社会で働くことはとても大変なことだけれど、
どこまでも「無償」の家事と比べた時、それは はるかに「割に合うこと」なのでしょう。



お休みの日に、本当に「休めている人」って、一体、誰? 



そんな人、いるんかな (;_;)






クロワッサンだけは、トースターかオーブンじゃないとうまく焼けないと、決めつけていました。 今日のこれは・・・「魚焼きグリル」で焼いたんだよ!!





たとえ ご主人が出勤なさっても。 世の中は、まだまだ「夏休み真っ只中」です。

自分1人なら適当にサボってしまえるお昼ご飯も、夏休みですと、そうもゆかない。
元気の有り余ったお子さんと ひとりで対峙する おかーさんは、
昼間に静かなお茶の時間を ほんの30分 得ることすらも、困難なのでありましょう。
宿題が片付いていなければ、それも気になるし、お子さん本人もそざや憂鬱でありましょう。



お休みに、本当に「休めている人」って、ねぇ、一体、誰? 



そんな人、日本に いるんかな (;_;) (;_;)







暑くて、オーブン稼働したくなかった。
初めから半分に切って、断面をメインに弱火で。最後に ほんのちょっと表面も焼く、の作戦。





どの立場の人にも、それぞれの大変さが。


みんな、頑張っている。


お盆休みが終わっても、「真の平日」は、まだまだ先です。


ひとりになりたい病が、疼き出す。


みんな頑張っているんだから、頑張ろう。


ここにいるのはわたしだけですけれど、見えない「みんな」を、いつもどこか勝手に頼っている。


見えない連帯感に、実は 支えられている。


「ひとり」が すこぶる好きだけれど。


「みんなも頑張っている」という気持ちに 本当は支えられていること。
「みんなあってこそ」の、「ひとり」、なんだ。


本当に宇宙にひとりだったなら「ひとりになりたい」という概念すら 存在しないのだから。







焦げやすいクロワッサンも、高さを半分にすれば、焦げなかったよ!燃えなかったよ (;▽;)
もはやクロワッサンのためだけに必要だったウチのオーブン・・・これ、捨てられるのでは!?






そっか。 そうだったのか。 「ひとりになりたい」という気持ちって、

本当にひとりでは感じることもできないのか、って思うと・・・ なんだか 不思議。


「ひとりになりたい」や「ひとりの時間が嬉しい」という気持ちの正体。

それは、日ごろ誰かがいてくれるからこそ感じられる とても特別な、恵まれた感情。
 
むしろ他者が。 一緒にいてくれる「誰か」がいてくれないと 成り立たない感情。


「誰かにいてほしい。」 と 「ひとりになりたい。」  は。



どっちかだけは 存在し得ない。 「ふたつでひとつの感情」なのかもしれないですね。









                                    おわり








次に買い替える時は オーブンレンジじゃなくって「元祖・電子レンジ」でOKかもしれない!

↓ 祝!平日! 昨日はたくさんのポチッと、ありがとう ( ´▽`)ノ
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長かったお盆休み。 みなさま、本当に、本当に、お疲れ様でした ヽ(;▽;)ノ
お休みに対し「お疲れさま」なんて本来ならおかしいのだけれど、めっちゃ疲れるよね(泣)!













最終更新日  2019.08.20 11:48:56
2019.08.18
カテゴリ:ミニマルに暮らす
わたしの暮らしに必要なものだけを選ぶのは得意なのです。 とても、得意。

ですが、SNSの世界において。

わたしに必要な情報だけを選ぶのは、かつて、苦手でした。 とても、失敗しました。


まるで興味のない情報には反応しませんが(投資をしていないので、トレード系とか)
そうではないもの、例えば わたしは服が好きですから「ワンピース買いました!」とか
スッキリしたお部屋が好きですから「捨てました!」とか。
そういうのには、反応してしまう。 あっさり興味を持ってしまう。


そこで、設けたのが、わたしなりの「3回ルール」です。






いただいた立派なぶどう ヽ(;▽;)ノ こんな立派なの、自分ではなかなか買えないから嬉しい!




SNSやブログには。 WEBの世界には。

楽しかったり、知らなかったことを知られたり、わたしも頑張ろうと思えたり、
そういうポジティブな情報が、たくさんあります。


そういうことを知りたくて、知ることができるのかな?と思ってたどり着いたのに、
読んでみたら、なんか違った、という気持ちになったことのある方は多いと思います。


そんな時って、その気持ちに、読者さまはどんな風に対処しておられますか ( ´▽`)ノ ?


思っていたのと、期待と異なった記事。
相容れないような、共感しにくい記事。
考えを押し付けられたような気持ちになる、後味の良くない記事。
もう、それは知ってます。というような記事。


書き手側からしても、
そういう記事にならないように 気をつけて書くのは、とてもとても難しいです。


ものの少ない暮らしでも、
服の少ない暮らしでも、

家族や子どもとの関わり方や向き合い方、現状の捉え方でも、
友人、親戚、ご近所さん。 その他人間関係に関する考え方でも、
毎日いただく「食品」の選び方でも。



発信していると。

これは! という自分なりの気づきや、何かを掴んだぞ! という気持ちになった時って、
ついつい熱くなってしまうところがあります。

伝えたい、という気持ちが急いてしまう。 
言葉や経験が追いつかないのに、見切り発進してしまう。




  

若い頃は赤青黄色の食材から元気をもらっていたけれど、今は「紫」です。 元気になる!




このブログをはじめさせていただいて、
初めの2年間は、ほぼ毎日更新していたのがわたしでした。

初めの2年間って、書きたいことが次々溢れてきますし、
どんどん書いて、どんどん発信する、すごい「疾走感」みたいなものがありました。


けれど、それと同時に、振り返ったり、立ち止まったりすることがおざなりになりがちになったのがわたしでした。

ああ、こんな言い方するべきではなかった、とか、

この表現は適切ではなかった、とか、

お読みくださった方の気持ちを考える余裕を欠く、というか・・・


そういう失敗が、後悔が、わたしには ありました。

 *************************************


何かを好きだったり、伝えたい気持ちが溢れてしまった時、
勢い余って、反対側にある何かを否定しまくってしまうことが あった。 多々、あった。


反対側にあるものを否定せずに、自分の考えを話すことって 難しいです。



例えば、3回ルールだって。

昔はね、「無印良品」と題されているブログには、そのタイトルに、わたしはすぐに引き寄せられました。 喜んで読みにいった。

そのうち、なんか、「あれ?」って感じるようになりました。
楽しくないのです。 無印良品のことは大好きなのに、誰かが購入された何かの紹介を見ても、
「こころ」が 全く反応しなくなった。 もう、なんとも思わなくなってしまった。

それは すなわち おそらく 「つまらない」と思った、ということ。なのでしょう。


これは、その記事がどうだ、ということでは決してなく、わたしの側の勝手な変化です。


そういう時は、そういうことが「3回」続いたなら・・・


SNSの場合、それは、「わたしの方が去るべき時が来た」 ということなのです。


書き手さんには、何の責もない。 一つも悪くない。 わたしが変わったのだ、ということ。


その人に張り付いて、不平不満や物足りなさを感じたりするのは、お門違いなことなのです。
気が合わなくなってしまった人と、そっと離れる。 喧嘩したり、傷つけ合う必要はない。


人間関係と、同じですね。





  

DEAN&DELUCAの紙袋。 わたしも、ちょっとくしゃくしゃになっちゃった!




気が合わないSNSに関わると、たいそうネガティブな気持ちになることがあります。
叱られたような気持ちになったり、自分の暮らし方や子育てを否定されたように感じたり。

気の合わないSNSには、人が落ち込むのに必要な情報が 基本、全て揃っている(笑)

そこに、立ち向かいすぎると・・・ 心が、参ってしまうでしょう?

そうじゃない、優しいSNSだって いくらだってあるのに、
なぜが、そこにこだわってしまうことって、立ち向かってしまうことってありますね。

落ち込まされたり、傷ついたり、
そう言う目に遭う可能性が高いSNSを なぜかのぞいてしまうところって、ある。

見れば傷つくかも知れないのに、今日も見ちゃう、謎。  何なんだろう、あの心理。

目をそらすことができない、謎(笑)  「どM」としか、もう(笑)



3回ルール。


そのSNSで 3回違うな、って感じたら、悲しい思いをしたら、もう、見ない。

ちょっと意見や考え方が違うからって すぐに遮断してしまうのではなく、
わたしなりに、3回は、頑張ってみる(笑)

でも、無理だった。 そういう時は、もう、ね。

いいお話も聞けるんだけれど、なんだかんだトータルして、3回複雑な思いをした。


そしたら、そこで、おさらば。  もう読まない、2度と、読まない。 (← ここが大事)


SNSは、向こうから追いかけてくることはないのです。

多くの場合は、自分から寄って行っちゃうものでしょう?


それを、やめる。 培って来た「捨て」の能力を、ここに発揮する。



精神衛生が守られる。時間も生まれる。 情報は、本当は、いつも自分で選べる。


気の合わないところに自ら飛び込んでは、不快な思いしたり、怒ったり。
真面目に向き合ってしまう人って、意外と多いと思うのです。 

まともに受けて、傷ついてしまう。 時に、怒りすら感じてしまう。


3回ルールは、おすすめです。 なんていうか、自己責任でしょう?(笑)


リアルでも。 3回嫌なことしてくる人って、4回目も、必ずしますでしょ(笑)?


仏の顔も3度まで。

逃げるが平和。 離れるが平和。  気にしたら負け。 すがりついたら、「M」(笑)





くらためちゃんが、いつか買っていたバナナマフィンをすずひも買ってきました!
くらためちゃんも、紙袋、確かくしゃくしゃになっていたから、そこも一緒だね ( ´▽`)ノ




 

SNSに関しては 多くの人は皆「Mっ気」寄りな気が。

現実ではものすごくさっぱりとした人でも、ネットって、なぜか人を別人にしちゃう。

また読みたいな。 次も楽しみだな。 

そんな風に思ってもらえるブロガーになりたい、といつも思って書いています(これでも)



  ************************************


勝間和代さんのインタビューを読んだのです。


すごく時間や労力を費やして、不得意なことが人並レベルになったからって、
果たしてそれが「成長」なんでしょうか? 

お互いに疲れません? いつまでもできないことを教えたり教えられたりするの。 



「すごく苦手なことが人並みになることなど、成長とは言えない」って仰っておられて、

インタビュアーさんが、???? となったので、勝間さんは、こんな例え話を。


100mを10秒台で走る人が9秒台で走れるようになったら
オリンピックに出られるけれど、
14秒で走る一般の人が13秒台で走れるようになったところで、
社会には何の影響もない。



なるほど。 勝間さんらしい。 流石のお考え。

インタビュアーさんは 「おおお!なるほど!」と唸っておられたけれど。


全体としては「うまくいくことって努力しなくてもできるんですよ。」
その方が合理的なのよ、というお話ではあったのですが。
そこへ繋げるための、前哨?のような部分ではあったのですが。


そういう小さな成長って・・・わたしはとても素敵だと思うのです。 
苦手に向き合うことって、得意なことを伸ばすよりも、もっともっと勇気や努力が必要ですし、
大人になってからも何かをがむしゃらに頑張るのって、すごく泥臭くて格好いいじゃないですか。


社会的には、組織的には、何の影響もないことでしょう。 確かにおっしゃる通りなのです。
でも、個人の小さな成長や苦手の克服って、とても素晴らしいと、わたしは、思う。 わたしは。

勝間さんは立派な方です。 気が合う。合わないって、多分、こういうこと(笑)

お相手の考えを否定することなく、ただ 離れる。 わたしは違うと思います! と怒らない。

一生会うこともない人なのだから 何を仰られておられようと自分とは関係ないことなのに、
そういうことにいちいち無駄に腹を立ててしまう。 許せない!ってなっちゃう。


そういうところ、わたしにもあったから。


もう、捨てようと思って。


いい気分で暮らすことって、簡単だった。


自分から、離れる。  いつからだって、今この瞬間にだって できることでした。







                                  おわり






【吉報です!】 すずひ家のベランダに、蜂がこなくなりました!

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巣が撤去されたのかもしれません。 それか活動が一段落したのでしょうか。
とにかく嬉しいです。ご心配をくださった読者さま、ありがとうございました ヽ(;▽;)ノ


そして。 Q輔さん、ありがとう。










最終更新日  2019.08.18 12:12:17
2019.08.16
少ない服で暮らすことって、

管理が簡単だったり、着るものを迷わなかったり、収納スペースが小さく済んだり、

そういう実用的な、合理的なところを特に重視して、と思われがちなのですが。

もちろんそういう点を第一にして、服の数を増やしすぎないようにしておられるミニマリストさんは多くおられることと思いますが。





グレーのワンピースを着ている日には、服のラックは、こんなことになります。これぞ、悦!




わたしの「少ない服」が、12着ラックにかかっていた あの当時の画像をね。
なんと、「スクショ」してくださって、
それをよく眺めています、と仰ってくださった読者さまがいらしっゃいました。

スクショ。 「スクリーンショット」ですね。

わたしの少ない服の画像を、ご自身のスマホのギャラリーとかアルバムか何かに保存してくださった、ということのようなのです。





手持ちの服を大集合させても、この景色。なんて素敵な、我好みの景色なのでしょう (;_;)




そのお話をうかがった時。

わたし、そのお方さまは さぞかし服の数を減らしたいんだろうな。
それで、わたしの「少ない服」の画像を、「物欲封じ」のお守りみたいにしてくだっさているのかな、と、そう思ったわけです。

もう買わないぞ! これ以上増やしてしまわないように! と。

例えば、余計な服を つい買いそうになってしまった時に、その画像をみる。
「いかん!いかん!買わないぞ!」って 思いとどまる。

あるいは 新しく買う予定のスカート。 明るい色と黒とで迷ってしまった。
そんな時にもその画像を見る。「いかん!いかん!ベーシックなカラーで統一だ!」ってなる。

そんな風な、
増やしすぎそうになったり、カラフルにしてしまいそうになった時の戒め、と申しましょうか、

欲求を制御するような、抑え込む? 抑止力? 
そういう為にご覧になってくださるのかなあ、と、そう思ったわけです。



ところが。



どうやら、目的の在り処は、そこにはなくて。




その画像は、「気分を上げるために見る」 のだ、と。






さっきの画像は、こうして椅子に乗って撮っています。 カメラマンさんの真似っこ。




とても意外でした。 そして嬉しかったのです。


え!? そうなの!?   少ない服の画像を見ると、気分が、「上がる」 の?




物欲を抑え込んだり、購買意欲をダウンさせるのではなくて・・・そうか、上がる↑のか!



それ、わたしも一緒だ!!!  その読者さまと、おんなじ気持ちだ!!











いっぱい所有することで気分が上がったり、豊かな経済力を実感できるような感覚があったり、
そういう人を羨望したり、自分と比較して落ち込んだり、という時代は、もう終わったのかもしれないですね。


「盛る時代」がすでに終焉を迎えはじめているのと一緒で。


少ない服を見て、気分が上がってくださる方が、いてくれる。


暑すぎるから、あれこれ色々と着られない。 
とにかく涼しく、少ない服で。 そして とびきり似合う、わたしらしい服で。

わたしの、今のライフスタイルにあった服で。

そういうところを目指して、服を買い、手放し、成功し、時に失敗し、
その一部始終を説明してみたり、数えてみたり、あれこれ言葉を尽くしておりますわたしですが、
これって、これが「ブログ」であるから、ここではこまめに言語化しているだけでなのであって、


ふだん、自分が。 わたし自身が個人的に感じているのは もっと「感覚的」な喜び、です。



この景色が好き!!! という とても単純な気持ち。



この 「少ない服」の景色を毎日見ているだけで、気分が、「上がる」。 まじ 上がる。


いや〜、少ないわあ。 ほんと少ないね〜。 うんうん、いいわあ〜↑↑↑と。


スクショしてくださった方と、きっと、これは、同じ効能。



おとーさんもね。 あれ? 姿が見当たらないぞ? と 思うと、
ときどき自分のクローゼットの前に座って、自分の服を、ただただ無言で 眺めているんです。
あれも、きっと。自分の好きな景色を眺めて、満足して、気分を上げ↑て いるんだと思う。



日常を離れ、どこか遠くまでお出かけして、絶景を見て、気分を上げる。(SNSにも上げる)


それも、わかる。 もちろんすごくわかります。 


でも、自分の暮らしの中に。 というか 「自宅の中」に。 一番好きな景色がある幸せ。



これこそミニマルライフの醍醐味のひとつ。 自分の家の中にいて、ただ、うれしい。

そういうミニマリストさんって、とても多い。 

みんな「自分の家が大好きだ!」って おっしゃってる。











ものや服だらけ。情報だらけの景色は、多分わたしは、好きじゃなかった。
長い長い間、好きだと、それが「豊か」なのだと 錯覚を起こしていただけだった。
だから、当時は・・・何にもないホテルや旅館などの「非日常」の空間を、定期的に求めた。


「何にもない」も、「気分が上がる」も、どこか他所にいかないと、体感できなかった。


今は、ここにある。  「気分が上がる↑」の景色が、毎日、目の前にある。


どこに出向いても見られないだろう、この「少ない服」の・・・「しろくろ」の景色。



ここにあるから。 何処か遠くまで探しにゆく必要は、もう、ない。


まるで「青い鳥」のお話みたいですね。 











少ない服で暮らすことが大好きですが、
それ以前に、この「少ない服の景色」「少ない様子」を 見られることが ただ単純に好き。


ずっと、見ていたい。


「常に100%のお気に入りを求めるところ」が わたしにはあるから。

たくさんあると、把握できてないと、100%って、 叶えられないんですよね。


自分の「好き」が。 わがままが叶うのって・・・「少ない」からこそ。



服だけじゃなない。 食器だって、生活雑貨だって、食べ物だって、なんだってそうです。


少なければ、叶えやすい。 多くを求めると、叶えにくい。


「少ないもの」。 「多くのもの」。


どちらの方が、より小さなエネルギーで、
より現実的な予算で「理想を実現すること」が 可能か、否かは・・・


もはや。   考えるまでもありませんよね  ( ´▽`)ノ






                                      おわり





台風一過の朝。
この辺りは、すごい暴風でした。読者のみなさま、ご無事でいらっしゃいましたでしょうか。

↓ 今日もすずひに会いにいらしてくださって、ありがとう。 
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「母を嫌いな息子なんていませんよ。 いるもんか。」

楽天ブロガーさんの。 昨日、寝る前に読んだ、男性ブロガーさんの日記。温かい日記。 
まっすぐなこの言葉が強く胸に突き刺さり・・・心が震えて、昨夜は 眠れなくなりました。 

頑張って生きよう、と思った。

そして寝坊しちゃった!!   起きたら9時だった(笑)!!











最終更新日  2019.08.16 19:24:15
2019.08.14
気温38℃とも39℃とも囁かれる日に「着よう!」とウキウキ思える服は、少ないです。

もともと少ない服しか持っていませんが、その中でも、いまはとりわけ少なくて、
わたしの服の数、というのが、今、一時的に「6着」なのですが、

たった6着のうちの、そのうちの、これら3着は・・・8月中は、暑くて着られない。

この夏着るつもりで買ったのに、「地獄のように暑すぎる」という理由でもって着られない、
失敗した!という服って、特に今年の夏は、どなたさまにもおありかもしれません  (;▽;)


わたしの失敗服は、「着てると脱げちゃう服 → 」 だったですけれど  (;▽;)









先日、きびしき「お洗濯審査」を見事通過した、ボーダー柄のスカート。

シャリっとした、ポコポコした張りのある生地で、決して暑苦しいことはないのですが、
だからと言って「涼しい」ということもない為、今はまだ、とてもじゃないが、穿かれない。

少数精鋭服入りが決定しているあなたですが、本格デビューは秋以降です。

もうしばらく、待っててちょうだい。



こちらも、暑くて、着られない。
去年の夏には、わりとしょっちゅう着たのです。お出かけ先の冷え方が強そうな時の冷房対策で。







でも、今年の8月は なかなか着られていないです。 
お出かけ先が、仮に凍えるほど冷えていようとも・・・
もう、むしろそれでいい。 凍えないと生き返れないくらい、屋外が暑すぎる。





こちらも、暑くて穿かれない。







てろんと、さらっとしているのだから、穿こうと思えばきっと穿けるのですが、手が伸びない。
大好きなのに、手が伸びない。




なぜか。



これら3着が快適すぎるからです。








3着ともなんども着て、がんがんお洗濯しています。
3着とも、干して30分もすれば乾きます。
アイロン全くいらず、です。

そこらへんもうろつけますし、
ちょっと美味しいお寿司やランチをいただくようなシーンのお出かけも、可能です。

カットソー素材ですと、わたしの中で、どうもそこのあたりが叶いません。 
わたしの感覚ですと。48歳の感覚ですと。
ラーメンは行けても、お寿司に行くにはときめきが足らない。 それが「カットソー」。
イオンには行けても、三越や高島屋には極めて行きづらい、それが「カットソー」。

着ている服によって、ありつけるお食事が変わる。 気持ちよく過ごせる場所にも、変化が。



涼しくて。 快適で。  着心地の良いものが「3着」あれば・・・


そして、お手入れがこんなに簡単なのであれば。

もうね、当然 そっちを着たくなるってものです。 この3着に手が伸びるってものです。
この3着を順番に着ない理由が 見当たらない。


1着しかなければ、ちょっとつまらないし、心もとないでしょう。

2着ですと、いかにも代わりばんこ感が拭えない。 
毎回お洗濯をする場合には、ちょっと忙しい感じがすることでしょう。


3着あると、良いですね。



人間って「3択」が好きらしいです。 4択や5択あると悩む。 決めにくくなる。

逆に1択や2択ですと、選択の幅が少なすぎて ちょっとつまらない。


心が喜ぶ「3択」。


3着のワンピースから、その日着るものを選ぶときのわたしは、
「選択」というよりは・・・「洗濯」の順番。 ( はっ!今、うまいこと言うたよ!・笑)

その日着る服を選ぶことに、ストレスを感じ、
これまでの人生において、本当にたくさんの無駄な時間を費やしてきたから。
そのせいで、約束の時間に遅れてしまったことさえあるから。

どうしてもっと早くこうできなかったのか、と・・・ ちょっと 悔しい。 

こんな簡単なことなのに、どうして誰も教えてくれなかったのか。
お手本やサンプルがなかったのか。


複雑なファッションの提案はたくさんあって、プチプラ着まわしの提案もたくさんあって、
MUJI情報も、ユニクロ情報も、セリア・キャンドゥ情報も、ダイソー情報も、
節約情報も、イケア情報も、ニトリ情報も、コストコ情報も・・・


今のわたしがほとんど必要としていないたぐいの情報は、
世の中に、ブログ界に、SNS界に、いつも、いつも、いつも 溢れかえっているのに。


「フランス人は服を10着」という情報にはネット上で500回くらいは出会いましたけれど、
「日本の地獄のような暑さにはワンピース3着」という情報は、これまで見つけられなかった。

相当な奇を衒う目的で、世界中の人をあっと驚かす意図を込めてつけられたタイトル
それが「フランス人は10着しか服を持たない」なのだと思うのですが、
わたしは、今時期に限って話せば、「3着」で着まわしている。  
日本人だけれど、 ふつうに、大丈夫だ。


だから、わたしは発信する。 わたしが見つけた「快適さ」を。









「ファーストペンギン」という言葉が好きだ。

氷山の群れの中から、
天敵のいるかもしれない海へ、いちばん最初に飛び込む あの勇敢なペンギンのことだ。


最初のペンギンが飛び込むと、その後、みんな次々と飛び込むんだけれど・・・
日本って、「ファーストペンギン」に対し、特に厳しく、応援したがらないお国柄なんですって。


ミドリムシの研究している先生がおっしゃってました。
(先生の研究は、初め全く応援も支持もしてもらえなかったそう。「前例」がなさすぎて。)


「みんな一緒」が もっとも受け入れられて、正しくて。 珍しいことは悪。 
理解しにくいような変わったことは なるだけ始めないでくださいよ。 そういうお国柄。 

そう思うと。

ウニとか タコとか。見た目がだいぶアレなものを初めて食べた人って、すごい勇気ですね。
大丈夫だぞ!めっちゃ美味いぞまじで!って、ウニ初めて食べたその人が言ったから、
みんな安心してあのトゲトゲを割り、怪しい見た目のだいだい色のところを、
うまい!! うまい!! と 臆することなく食すことができたのでありましょう。

月刊誌「ムー」によりますれば、タコは「地球外生命体」なのだそうです。 
                        (茹でちゃったし、食べちゃったよ!)


ああ。 ファーストペンギン・スピリッツ。








  *********************************



少ない服での暮らしを、わたしは、いろいろ試します。 これからも果敢に挑戦してゆきます。
挑戦ですから、成功することもあるし、失敗することもあるんですけれど、

その全てを発信することができる幸せ。(成功だけ発信するのって、逆につまらないです)

楽しみに読んでくださる方がいてくれて。

時に、ご自分の暮らしの中に ちょっとだけ取り入れてくださる方もいてくれて。


本当に、嬉しいなあ、って思うのです。


最初にウニを食べたひとの挑戦の偉大さには遠く及びませんが、わたしなりの、暮らしの挑戦。



発信って。 「自己顕示」なのだとばかり思っていました。 それか「承認欲求」? と。

そういう時期も 確かにあったと思います。 
それが全くなかったら、完全にゼロだったりしたなら。 ブログって、始められないでしょ?


いまは・・・ 自己確認。 自己の記録、という気持ち。  ほんと、ガチの日記。
忘れたくないことを、ここに綴っている。 ほんと、なんでもすぐ忘れちゃうからさ(笑)

このブログが「仕事」になってしまったら、わたしは、さぞかし苦しいだろうな。
いいことや、耳当たりの良いことしかかけない不自由さを抱えたら・・・発信をする意味を、
わたしはおそらく見失うだろう。


近頃は。 本当に、わたし「日記」を書けているなあ、って、嬉しくなります。


3年続けられたから。4年目に突入することができたからこその境地、なのかな?


もっともっと長く続けている人って・・・ だから、やっぱり すごい。 
5年目。6年目の その「目」には、どんなものが見えているのだろう。


わたしも1歩ずつ。 思いを、言葉を積み重ねて。 そこまでたどり着けるといいな。





                                   おわり








昨日は母とわたしたち家族3人とで、お寿司に行きました。母の笑顔が見られて嬉しかった。
たくさんお話しできて、お仏壇にお参りもできて、とてもいいお盆でした。

↓ お盆休みにも読みにいらしてくださって、ありがとう

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お仏壇に。 ご先祖様に「おとーさんの昇進報告」も、実は、できたよ(祝)!
お盆休みがあけたなら・・・ おとーさん、ますます 一層、頑張ってくださーい!







↓ 「2019・敬老の日」の候補。 これ以上のものは、おそらく、ない ( ´▽`)ノ




↓ もしくは、うなぎ。 うちにも買いたい ヽ(;▽;)ノ
















最終更新日  2019.08.14 16:51:44
2019.08.12
カテゴリ:ミニマルに暮らす
「神さま」とか、「感謝」とか、そういう話全般を苦手な方は多いと思います。

まじ胡散臭いわ、と。

感謝ごときで物事がうまく行ったり、
お金持ちに、ひいては幸せになれるんなら・・・苦労はないわ! 笑わせるな! と。

十数年前までは、わたしもそうでした。 
そういうことを話す人はどこか独特な感じがして苦手だったし、とにかく信じられなかった。


もしも あなたさまが、いま、そう思っておられても。 
今日は、ちょっとだけ わたしの話を聞いてください。

少しだけ、あなたさまのお時間をください。 

長くなりすぎないように、すずひ、頑張って書くから!

  



今日頑張れば、おとーさんはお盆休み。 あと1日、炎天下で倒れないで、頑張って!





わたしは、抱え込んでいたものすごくたくさんのものを4年前の夏に一気に捨て、
今に至るんですけれど。

「4年前に捨てて良かった」と・・・ 日々、つくづく思うのです。

4年前の夏って、確かに暑かったですけど、ここまで暑くはなかったように記憶していますし、
44歳の時のわたしは 当然のことながら 今よりも4歳若い。


確実に、今よりも、動けたのです。 ← とにかく、ここ。


わたしはまだ40代ですけれど、それでも年々動けなくなってきていることを実感します。
ふつうのことはふつうにできるのですが、あともう一歩、ここぞいう時の馬力が出ない。

普段していること +α の行動を起こすための気力、体力が・・・ない。

生きてるだけで精一杯、みたいな、ね(笑)






おとーさんは「外仕事」なのです。暑くても喉を通りやすい「ころうどん弁当」+おにぎり2個。DEAN&DELUCA のスープポットの中身は、冷たい「めんつゆ」です。






大掛かりな片付けや、捨てを。  

50代、60代、そして70代に突入してからやろうとすれば、それは、あまりにも過酷だ。
その 肉体的、そして「精神的しんどさ」は、40代の比ではないと・・・そう思うのです。


1日も早く、やる。  どんどん疲れやすくなってゆく自分が、後々困らないために。





真夏の唯一の良いところは、厚いものが速攻乾くこと。蜂を見張りながら、家族の寝具を干す!





昨日ね、熱中症だかなんだかわからないのですけれど、洗面所に立っておりましたら、
急に気持ち悪くなって、手が震えてきて、顔面蒼白になったんですよ。

立っていられなくなって、すぐに横になって、そんな時、ふと 考えるのは・・・


あれ? わたしこのまま死ぬのかな?   ということです。

       (大げさでなく。そんな時って・・・そう思わないですか? わたしだけ?)




そんな時。

「あ、大丈夫」って。 もしもいま死んじゃっても、多分、色々と、大丈夫だ、と。

そう思えるんですよね。 暮らしが片付いていると。(無事生き長らえましたけど、ね・笑)


そりゃあ ちょっとは不便だと感じたり、
ちょっとは悲しいと思ってもらえたりするとは思うんですけれど、(思ってもらえるのか!?)

わたしが忽然と消えても、この家の、いまの暮らしなら、大丈夫。 
残った家族を困らせるようなものや仕組みは、何一つない。
家族が片付けなければならない「遺品」は、わたしのちょとだけの服と靴をバッグくらいだ。


すーっと気が楽になるんですよ。  ああ、大丈夫だ、と。
倒れこみながらも、謎の安堵、というか・・・ 笑顔。 いい「死に顔」、ってやつです。


ものだらけで暮らしている頃に、
突然、何の準備もなく最期の時を迎えてしまったら、さぞ「苦悶の表情」となっただろうな。






暑すぎて、昨日サボってしまった水拭きのモップがけを・・・今日は、ちゃんと頑張る。




おとーさんのお母さん(義母です)は、おとーさんがまだ幼い頃に体が不自由になられて、
その後もなかなかご回復が叶わないまま、おとーさんが21歳の時に、亡くなられました。
ですから、わたしは おとーさんのお母様とは、お会いしたことがないのです。

幼い3人兄弟。  可愛い、可愛い、男の子3人。 そして旦那さん。

どんなにか。家族のことを、もっとなさりたかっただろうと・・・胸が締め付けられるのです。


わたしが、今、暑い、暑いと ひーひー言いながらやっている 夏の家事の全てのことを。
お盆休みだよ・・・ 一人の時間がなくなるよ・・・ などと ぶーたれていることを。


「そんなに嫌なら 代わってほしい」と きっと 天国のお義母さんは、思うだろう。


「私にとっては、それが、命に替えてでもやりたかったことなのよ」と。





「モップがけが済んだ後のすずひの様子」を、こぐま でご想像ください。 至福の大の字。




動けるのだから。 命がいただけているのだから、やろう! そう思えるのです。

大げさですけれど、モップがけだって、お料理だって、トイレ掃除だって、みんな、そう。


お義母さんが、天国からご覧になっていて。  
ああ、これなら安心だ。息子はどうやら幸せそうね、と。 そう思ってくれていたら、嬉しい。
ああ、あんな嫁に捕まってしまって、息子よ、なんたることだ! 
どうしてこんなことになってしまったの!お前はなんて見る目がないの!って 悲しませてしまわないように。


お盆だからでしょうか。

亡くなった方ほど、いつもそばにいるようなイメージを わたしは感じます。


いつも守ってくださっているのを、感じます。


そうでなければ考えられないような、間一髪で助かったようなことが、救われたことが、
これまでの人生において、たくさん たくさん あるのです。


うわ、また すずひの奴がうす気味の悪いこと言い出した、と、どうか思わないでね(笑)

説明のつかないような助かり方をしたことって・・・どなたさまにも、きっとお有りでしょう?

そう。 まさしく「奇跡」みたいなこと。

本当は、生きているだけで、毎日が奇跡の連続なんですけれど、ね。











神さまの存在を信じられない人や 信じたくない人は 大勢いらっしゃると思いますが、


「ご先祖」のいらっしゃらない人は、この世には 1人もいません。


良い行いも。 良くない行いも。 

今、わたしのしていることも。  さっき、あなたのしていたことも。

誰も見ていないからいいや、と、ついやってしまった、あんなこと。 こんなこと。

本当は、みんな、みんな 「見られて」いるのだと思う。



「見守られている」のだと思います。



良いことばかりがたくさん起こる時と。  
逆に いつもついていない、全然良いことが起こらなくて、他人を妬んでばかりいたときと。


わたしには、その両方があったから。(どなたさまの人生にも、そういう時はありますよね)


そういう視点で 己の行いを振り返ると・・・ 悲しいほど、納得のゆくことばかりなの。


ぐうの音も出ないの。  不公平って、何にもないの。


上司や、近所の人の目や、ママ友や・・・そういう俗的な人に認められるのって、まじ小さな話。

生きている人の目は誤魔化すことができても、ご先祖さまを騙すことだけは 絶対にできない。


ご先祖さまに恥ずかしくないように生きることこそ、幸せな人生の、これは、きっと、秘訣。



48歳の今。  すずひは、そう確信しているのです。






                                    おわり







息子の受験も 大切な大会も どこかで祈願したことは わたしは(おとーさんも)1度もないの。
神頼みのお守りも一切 買わなかったです。そんな時、神社よりも わたしはお墓参りにゆきます。

↓ お墓参りは早朝がおすすめです。お盆も読んでくださってありがとう。
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ふとした時に先祖を思う。そして時間のある時にお墓にお参りして、草を抜き、お花を供える。
命あること、ご先祖のご加護に感謝するだけで、一番いいことばかりが起こってきた気がします。

いつも味方でいてくれる「ご先祖」こそ、その人にとっての一番の「神さま」なんじゃないかな。















最終更新日  2019.08.12 20:09:41
2019.08.10
カテゴリ:ミニマルに暮らす
ふと目にしたテレビドラマの「実家」のシーンが。

居間も、台所も、玄関も。
完璧なる「実家感」に溢れていることにたいそう感心し ← そこ?・笑
うわ、これすごいな・・・ と 感動しながらみていました。

その実家は、無論そのドラマの主人公さんの実家なのであって、わたしの実家ではないのですが、

わたしの実家そのもの、だったのです。

何だろう、この既視感。
わたしの実家だけではない。昔遊びに行った友達の家も、そういえば、殆ど全て、こうだった。

この完璧な「日本の家庭の実家感」というのは、果たしてどこから来るのか。

注意深く観察しておりますと・・・

「壁沿いに隙間なく家具が並んでいること」に 気づきました。

それらの家具は、雰囲気が揃っていてはいけないようです。

統一感が、決して あってはならない。


色も、質感も、高さも、バラバラのちぐはぐであることが、どうやら秘訣のようです。
オークのようなこげ茶の天然木タンスの隣に、明るい茶色の合板のタンス。
そうかと思えば食器棚は唐突に真っ白で、その横には黄緑やオレンジのカラーボックス。
プラスチック製のA4サイズの書類引き出しみたいなのが、無数に設置してある。
余白という余白は、全て「埋め尽くして」ある。



窓のところ以外。 壁面という壁面には、全て、「家具」。



腰高の窓の下には「藤製3段チェスト(引き出し)」が どうやらちょうどいいらしい。
窓を塞がない高さ、という条件を満たすのに、あれがいいみたい。軽くて一人で動かせるし、ね。

いわゆる「掃き出し窓」以外の壁沿いに・・・いろんな高さのタンス。 テトリスのようだ。

家中の壁を、後先考えることなく「間に合わせの家具」で 隙間なく埋め尽くす。

そうすることで出せるのが、この「実家感」なのか!


何だろう。

あの いっぱいあるのに 全ての壁が埋め尽くされているのに「豊かさ」とは真逆な感じ。

毎月のやりくりが大変です。という風にしか、なぜか見えない、あの感じ。

お金はちゃんと、しかも相当あって、貯蓄もわたしたち世代よりも絶対にしっかりしていて、
日々の暮らしには、何も困っていないはずなのに漂う・・・そこはかとなく貧困な感じ。

飾られた額や、絵や、花や・・・
せっかくのそういった装飾品の全てが、見事なまでの逆効果を発揮し、ことごとく残念な感じ。


なのに、なぜだかちょっと懐かしいような。 愛おしいような。


自分のルーツを感じるような。


みんなが「これぞ実家だ!」と感じるであろう、間違いのない感じ。 「正解」な感じ。


なんかね、「匂い」を思い出したんです。
テレビからは何も匂ってこないのに。 実家の匂い。 懐かしい、匂い。


キッチンじゃなくて、なぜか居間に「ポット」があるんだよね。 お湯のポット ( ´▽`)ノ

ドラマにおける、そういう「再現」ってすごいな。 

それより 何がすごいって・・・「みんなが同じ光景を知っている」ってこと。


親の世代のみなさまが、揃いも揃って「似た感じ」の実家を作り上げていたのって、
あれは、本当にご自分たちがそうしたくて、ご自分の趣味で、意思で、選んでいたのだろうか。

なんか、どの家もどの家も、みんなそうだから「そういうものだ、」みたいになって、
「皆にならえ!」「前にならえ!」みたいになって、
腰高窓の下や 玄関に続く廊下といえば「藤のチェスト」だ! みたいになって、

それで、日本全国津々浦々に「おんなじ実家」が 大量に生まれたのではないだろうか。


お盆にご実家に帰られて。
「タンスにぐるりと囲まれた中」で過ごされる方も多いのかなあ、と想像するのです。


何のドラマだったのかは覚えていません。 登場人物もストーリーも、全く記憶にないです。

なんか、その1点のみに 心を奪われました。

そのドラマに携わった方々。  こんな視聴者で、すみません。


  *************************************










そんな反動で、我ら世代は「統一感」が好きなのかもしれません。

自分の意思で インテリアを揃えられるんだ! ってなった時に、
わたしが目指したのは、やはり「統一感」でした。 なんか、とにかく「揃った」感じ。


壁を埋め尽くしたいのは、なんか DNAに刻まれたような威力があって、
嫁入り時は、必要以上に家具を本能的に買ってしまったような気がしています。

いるかどうかもわからないのに、中に入れるものも そんなにないのに、とりあえず、家具。


壁の幅を測って、ぴったり収まるように 家具を買って、並べた。


なぜ家具を置くのか?  そこに壁と床があるから。




理由など、ないのです。
今となっては理解できないのですが、そんな気持ちでした。 壁? じゃあ家具を、みたいな。

いっ時は、「メジャー」を 常に持ち歩いていましたよ。

部屋の余白をぴったり埋めるために。3ミリでも大きければその隙間には入らない訳ですから。


部屋が「がらーん」 であれば。「寸法」という概念など、どうでもいいとのだと知りました。
家具の「寸法」というものを ほとんど気にしないで暮らしていることに気づきました。

今は、余白の中で暮らしていますから、ね。

寸法を心配して測ったり 確認が必要なのは大きな家電くらい、ですね。









わたしは こういった 「しろくろ」のものが好きなんですけれど。

白地に何らかの文字やら数字やら、こういったものが好きなんですけれど。


じゃあ なんで真っ白じゃダメなんだ。 逆に真っ黒じゃつまらないのだ、というと。


何かがちょこっと書いてあることによって生まれる「白い余白」が好きなんだと思う。






「余白」に、トースト。 




「余白」に、目玉焼きとチーズのイングリッシュマフィン。






これ、全部「真っ白」の中においてあったら・・・ おにぎりも、きっと、引き立たない(笑)













ものがいっぱいある頃は、好きなものがコロコロ変わって、
その都度買い直すのが、とにかくもう、大変でした。 アホらしいのに、やめられなくて。


どうせすぐに飽きることを自分で分かりながら買っているから、ケチって買ったり。妥協したり。



好きなものが変わらないのって、安心です。


もっといいものないかな、と探さない目になることができるし、
他の人の持ち物をチェックしたい気持ちも、本当に薄れます。

他の人がどんなもの買って どんなもの使っているかが あまり気にならなくなるのです。


自分の持ち物を 自分が気に入って買って、使って。

壊れたら 手放したり、買い替えたり。  すごく当たり前のことなんだけれど。


淡々とそれができるようになったのは、本当に、ここ最近のこと。


ミニマリストを知ったばかりの頃は、他のミニマリストさんの持ち物や、
引き出しや食器棚の中や、使っておられるものが、むしろ気になって気になって仕方なかった!


究極に気にならなくなってきたのは、だから、ほんと、ここ半年くらいのことです。


何かを選ぼうとするとき、「他者の存在」が、まるで必要なくなった。


こうなってまいりますと。

わたしがものを選ぶのに。 ひいては「生きて」ゆくのに。
他者ってどこまで必要なのかな、という疑問。 他者への関心のなさに、拍車がかかる(笑)


もちろん お友達は大切ですし、家族も大切です。


けれど。


「ものを選ぶことに」関してだけは・・・ 
他人ってもう、自分には必要ないんじゃないかな、っていう気持ちになりました。






真っ白のお皿だと、こうして何かと乗せすぎる(笑)  余白の失われた @おとーさんの朝食。




こうしろ、ああしろ言われても、結局自分の好きなものを選びますからね。

昔もね。
ものをいっぱい持っていた あの頃も、自分で選んでいるような気になっていましたけどね、

あれは。 違ったです。

誰かが選んだものをどこかで見ては、それを「脳内買い物リスト」に記憶していて、
後日、まるで自分で選んだような気持ちになりながら、エンドレスに真似ていただけ、でした。


短期間で飽きるものって、大抵そうです。


こんなに情報が溢れかえっていると、マグカップひとつ、食べ物ひとつ選ぶのだって、
それは本当に自分で選んだのか、はたまた誰かがいいと言っていたから選んだのか、
わからなくなることだらけです。 


自分で選べないんだから もう何にも買わなきゃいいのに、必死で真似して買っていました。


生き方や考え方を真似するなら素敵ですけれど、
「買ったものを真似るだけ」ですから。 そんな真似っこは、お話にならないです(泣)


すぐに飽きたか。 何年も飽きなかったか。

ものも。 生き方も。 それこそ「ミニマリズム」も。


本当に自分の意思で選んだものって、飽きないものって、あとから、あとから、わかるもの。



先にわかると・・・  無駄がなくて、 だいぶ 嬉しいんだけどねー ヽ(;▽;)ノ





                                     おわり









内向的なタイプのミニマリストさんって。(わたしもガチでそうです)

↓ こんな玄関を「好きだ」と言ってくださって嬉しい。いつもありがとう。
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他人を遠ざける傾向にあるように思われがちですが、決してそうなのではなくって、
遠ざけている、というより、もともと他者をそんなに必要としていない人が多いのだと思います。
そういう人。 わたしは好きです。 大好きです。
ぐいぐい踏み込んでこない人となら・・・わたしは安心して、何時間でもそばにいられます。











最終更新日  2019.08.10 18:29:07
2019.08.09
カテゴリ:ミニマルに暮らす
とあるお友達が。

ここ半年ほどを費やして、少しずつ体を引き締めたことで、
痩せたら穿こう、いつかこのスカートを穿きたい、と思って手放せずにいたスカートが、
ついに、はけたのだそうです。
痩せたら着よう、絶対に着るんだ!と思ってしまっておいたレザーのライダースジャケットも、
すっと着ることができるようになったのだとか。


そうだったの(;_;)! すごいね、やったね! それは嬉しかったね ヽ(;▽;)ノ !!


その2着は。 つい1年ほど前までは、
スカートの方はファスナーが上がらず、ジャケットには腕が通らず、だったのだそう。

わたしは、その2着の服を彼女が所有していることを実は知っていたのですが、
もう、そういう事情なら とっくに手放しているのだろうとばかり思っていたのです。

ところが。

彼女は、大切に持っていた。 「いつかこれを着るんだ!」という強い気持ちで。


ああ、服の力ってすごいなあ。

彼女は諦めることなく、この服を着た「理想の自分の姿」を 目指したんだなあ、と。


こういうことって。 とかく「無理だ」と 思われがちです。

いつか着られるかも、や、いつか使うかも、の「いつか」なんて、
そんな日は まず やって来ないから。
だから もう、そう言ったものはどんどん手放しましょう!捨ててゆきましょう!って、ね。



けれども。


こんな「素晴らしい達成事例」を身近に拝見する機会に遭遇してしまいますと・・・
その「手放しセオリー」および「捨てガイドライン」も、思わず揺らぐってものです。


「今着られない服は手放すほうがいい」。
「いつか着るかも・・・」の「いつか」など、永遠にやってこない。


いいえ、例外もあるのだよ、ということ。  すずひ、それを知れ、ということ。


「いつか痩せたら」の「いつか」って・・・ 来る人には、くるんだなあ。


本気で結果を出せる人には、そういうことが起こるんだなあ、と。


そういう実行力のある方に向けてだけは、
「捨てろ!」「捨てろ!」などと むやみに言い放ってはいけないのだなあ、と。


結果を出せる人と、出せない人。



着たい服が着られない体型である自分を、あっさりと受け入れてしまう人。
                      
受け入れることなく、目標を達成する人。 自分を磨くことを放棄せず、努力する人。


後者は・・・ やはり 美しい。 

( お薬などの副作用、その他 医学的な理由から生じる事例は、無論 全く別の話です )




 

 




暑くて頭がおかしくなったのではありません。

このニットを、手放したのです。

昨年の9月に購入し、秋、冬と2シーズン着ました。
2シーズンしか着られませんでした。 
わたしの服の持ち方からすると、2シーズンというのは、とっても不本意な、短い持ち方です。


なぜ手放してしまったのか。

それは、わたしが 痩せてしまったから、です。


次のシーズンにも着られることを楽しみに、きれいにお手入れして保管していた大好きなニット。


世の中の夏物セールは、もうとっくに終盤に差し掛かり、
各ショップには、2019ー2020年の秋冬物が 続々と立ち上がり始めていますね。

この灼熱の中で、真冬のコートの予約会が もうあちらこちらで始まっているのです。

ああ、もう 今年もそんな時期か。 
モデルさんたち、暑い中でコートやらタートルやら着ての屋外撮影、さぞ大変だろうねえ 
などと、心配な、お気の毒な気持ちで眺めていて・・・


あ、そうだ。 人さまの心配していないで、自分こそ試着しないと! と 我に返りました。


ニット。 ニット。 ちょうど1年前頃に買った、お気に入りのニット、1枚。

昨シーズンから持ち越したニットは「1着のみ」でしたから、
試着もあっという間の楽々だわー。 今年はうれしいわー。 

去年買ったばかりだし、もう、このニットに関してだけは試着なんてしなくてもいい気がしていたのです。

けれど、そこは「ミニマリスト・すずひ」。

個人試着会をサボることは、いたしません。 今の自分から目を背けることは、しない。

お気に入りの持ちものが、ある日忽然と似合わなくなるあの瞬間を・・・わたしは知っている。












だぼだぼでした。 ガバガバだったのです。

もちろん、元々からしてそういうデザインであり、その「ゆったりとしたシルエット」を
楽しむニットではあるのですが・・・


ゆったりするのにも ほどがある。


かなり大きめのものをダボっと着ていて それが可愛らしかったりお洒落に見えるのは、
うんと若かったり、うんと美しかったり、という場合に限られることを 知っている。

部屋を涼しくして、ウキウキと試着をして、スカートを合わせ、鏡の前に立ちました。


するとそこには。


「サイズが合わなくなって、どう見ても、このニットはものすごくだぼだぼなのだけれど、
去年買ったばかりだし、そして高かったし!! という気持ちを拭うことができず、
確かにちょっと大きいように見えるけれど、手放すのはもったいない! なんとかなるよね!
騙し騙ししながら、もう2シーズンは、せめて次の秋冬までは着られるよね? ね?」

「わたし、これ、まだ 大丈夫だよね? だって高かったんだよ? まだ新しいよ??」


という顔をした 48歳のおばはんが ポツンと立っていました。



手放しました。



もう、査定額も出ました。



発表させてください。



36000円ほど(の10%OFFキャンペーンで32000円くらい)で昨年購入したニット。
2シーズン着て、1年間所有しての その買取査定額は・・・・



「11000円 」 でした。


おお、と思いました。
この「おお」は・・・これは、もうわたしにしか理解できない特殊思考回路かもしれませんが、
ああ、手放して良かった、と 思いました。

損得、じゃなくて。 なんて言ったらいいのかな、「手放す決意のタイミング」として。

サイズが合わなくなって、体がおよぎすぎるニットを、
今のわたしにはベストな選択ではないと、そうわかっているのに、妥協の気持ちで しぶとくしがみ付き もう1年 着たとして。

つまらない、自信の持てない気持ちの秋冬を過ごした挙句、
手放しが2シーズン遅れ、ニットの消耗も毛玉も2シーズン分進み、
2020年の春以降にようやく観念して手放して、査定額がうんと下がってしまうのであれば。

今の時点での試着で「サイズが合わない」ということに気づき、手放す。
おそらく現時点だからこそ提示いただけた、このレベルのニットにおける最高ランクであろう
「11000円」という高額な査定額を見て。


ああ、いちばんよい選択を わたしはできた、って。  そう思った。


  ***********************************


「似合わなくなった服」。

A)好みが変わる。 趣味が変わる。  B) 体型が変わる。 

いちばんどうにもならないのって、そして 一目瞭然なのって、(B)です。

A)は黙っていれば誰にもわかりませんが、B)は、ね。

好みではなく。「体型」が変わって似合わなくなった服を、果たしてどうするか。  

みなさまは、読者さまは、どのように向き合っておられますか?

「太った場合」と「痩せた場合」とで 扱いや考え方は また異なるのかもしれませんが。






バッグを持って、立ってみました。上半身が大きすぎる可哀相なおばはんが、立っていました。





痩せたら着よう!という「前向きな目標」のもとに所有することには、
冒頭の、彼女のようなお話を聞くことで、そこに「意味」や「希望」を見出せますね。


けれども、逆は。


「痩せて、似合わなくなった服」は。

また太った時のためにおいとこ!持っておこ!っていうのって、それは、あまりにも無意味だ。

そこに幸せはない。 目標もない。

またもう一度似合う日が仮に来たとしても・・そこに「それを着られる喜び」は、ない。



   *********************************



7月からの、手放し査定累計額。 ほぼほぼ「100000円」になりました。

頼もしき買い替え資金となりました。

少し痩せた、いまの自分にだからこそ似合う「少数精鋭服」を、

見誤ることなく、妥協することなく、時間をかけて、しっかり買い揃えたいと思います。







@フタバフルーツパーラー。念願の「ベリーのパフェ」をいただくことができました ( ´▽`)ノ




毎日暑いです。  お出かけも延期したくなるほど暑い「今」だからこそ。

お時間のあるときに。
お部屋をうんと冷やし、手持ちの秋冬物の「個人試着会」を ぜひ 開催してみてください。
ニットも、コートも、何もかも。 どうか全て、着てみてください。

眺めるだけではダメです。 ちゃんと、着る。 そして鏡の前に立つ。

次のシーズンに着るつもりで、似合うつもりで保管しているものが、本当に似合うのか、否か。



お手入れをして片付けたのは、もう半年も前のことなのです。



わたしも、あなたも。 

「好み」や「気持ち」かも知れない。  「体型」や「雰囲気」かも知れない。


半年前とは。  きっと、「何か」が。  思いがけないほど、変わっています。


それが、人間です。







                                     おわり








痩せたい!とお望みの方に向けて・・・最後に、とっても下世話な話をしようと思います。

↓ 暑い毎日ですのに。ポチッと応援、いつもありがとう。
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どうしたら痩せられるの?と聞かれたら・・・「ネットで叩かれろ!」というのもある(爆)
心労って、なかなかてきめんだよ。たいていの人は、余計なお肉が落ちると思います(笑)!












最終更新日  2019.08.09 12:15:34
2019.08.08
「見た目」を褒められて喜んでいると、「ほら馬鹿だ」と 嘲笑われてしまいそうですが。

女性でも、男性でも、若い人でも、ご年配でも。
そして わたしのような世代ならば特に。
見た目を褒めてもらえて、それが悲しい人って、不愉快になる人なんて、いるんでしょうか。


誰かから褒められるだけのために大金叩き、めらめらと頑張っているとすれば、
それはなかなかイタい努力ではありますが、

自然に生きていて。

ふつうの暮らしの ふつうの習慣の中で、ちょっとだけ気を配っていたことが、
長年かけて、ある年齢に達した頃に、いつの間にか実を結び、

ふと「きれいだね」って 褒めてもらえた時の嬉しさって・・・ 素直に嬉しいです。

そういう言葉をかけてくださる人、というのもまた、例外なく「素敵な人」です。







昨日のお出かけの功績!全然知らなかった! 期間限定ショップが来てた @名古屋高島屋!!






わたし、手の甲を、褒められました。

ぷにぷにだね。 本当にキレイだ。 シミが一個もないって どういうこと!? と。









わたしは。 「顔の肌」には全く自信がありません。
大きなトラブルこそありませんが、自分の顔面の肌には 全然自信がないです。


けれど、手は。 手の甲 だけは。


炊事の時に手袋なんてしていないですし、めっちゃ家事してます。 酷使している方だと思う。
お手入れも、何にもしてないです。
お風呂の後に、顔と一緒にオールインワンゲルを塗るだけ。
  (というか、顔に塗ったやつが手に残っているのが気になるから、そいつをすり込むだけ)



ただ。



ただ、わたしは。 
25歳くらいの頃から、「アームカバー」をこまめに着用する女、でした。
5月くらいから9月の終わり頃まで。 紫外線が最も強い間だけ、ですけれど。








 ↓わたしのスキンケアは、何年も前から、1年中・・・ そして全身、これ1本!





愛用のアームカバーは、
そこらへんのドラッグストアで買える、お値打ちな、580円くらいのアームカバーです。
これを「美容費」というのなら、1ヶ月100円ほどの美容費ですね(笑)


手の甲の日焼けだけは。 とにかく予防なのだと・・・実感します。
20数年間の時を経て、人体実験として、自分の手の甲で証明できた気がしています。
できてしまったシミをどうにかするのには、費用も、手間も、とても大変だと聞きますから。

わたしは、すぐに日焼けする体質なのです。 
生まれつき色白であるとか全然ありませんし、むしろ「地黒」です。 
透き通るような白い肌は・・・ わたしの一生手に入らないであろう「憧れ」でした。


アームカバーをしていることを、馬鹿にされて、笑われたことがあります。
お子が幼い頃、ウチから自転車で15分くらいの距離にある大きな公園に、毎日連れて行っていたのですが、
顔見知り、というか・・・勝手に向こうがわたしを覚えて、ある日 舎弟を連れて寄って来て、
よくそんな(恥ずかしい)もの つけてるねwww と。暑くないの?めんどくさくないの? と。



はぁ???




そういうものの言い方をする人って、寄ってくるくせに目を合わせないから不思議でした。
決して一人では寄ってこないのも不思議だった。 いつも舎弟を数人 はべらせて。


意地悪発言に屈してしまわなくて、あの時 負けなくて・・・ううう、良かったな ヽ(;▽;)ノ











めんどくさくなかったんですよ、わたし。 わたしにとっては「当たり前の装備」でした。
アームカバーしていた方が、腕が涼しかったのです。 日差しを受けても、ジリジリしない。

自転車乗る時には、条件反射みたいに装着していました。


それを続けていただけなんですけれど。

日焼け止めも 手にはほとんど塗ったことがなかったんです。(こっちは面倒で)


48歳になりましたけど・・・ わたしの手の甲には 今、シミが1個もないのです。
( ※ 顔にはふつうにあるよ・笑)


若い頃にはとてもコンプレックスだった、ぷにぷにとした、子供っぽい手。
指ももれなくぷにぷにだから、指輪のサイズも大きくて、お店で自分のサイズを言うのが恥ずかしかったこともある。(9号です、って言ってみたくて仕方なかったの・泣)

すっと細く、少し骨ばったような・・・ほっそりとした、華奢な手指の女性が、羨ましくて。




けれど。


その 大嫌いだった「ぷにぷに」のおかげで、年齢を重ねた今、手が、ギスギスとしない。
手の甲が、痩せてこない。

若い頃のような張りは勿論なくて、小さな「ちりめん皺」みたいな感じのは多々あるんだけれど、


その手を「キレイ」と、褒められた。  褒めてもらえた。






ああ、嬉しい! 生まれて初めていただきます! 個包もとってもかわいいですよ ( ´▽`)


↑ 楽天にもあるけれど、なかなか購入には至らなかった。自分の「この手」で買いたかった!




中学生とか高校生の頃。  人一倍多感だった十代後半の頃。

美容院に行くたびに「うわぁ、髪多いですねー。直毛で、真っ黒で、硬いですねー。」と言われ。
それはもう「最悪な髪ですねー」と言われたように脳内で変換されて、とても悲しかった。

今井美樹ちゃんのようなロングソバージュにしたいと言ったら、
ちょっと笑って、お客さんの髪だと、めっちゃくちゃボリューム出ちゃって、あんな風にはならないですから www、と。



それが、今では。



「とてもいい髪ですね。柔らかくて、まっすぐで。そしてちょっと猫っ毛ですよ。」と言われる。



今、何つった?  ね、ね、猫っ毛?



このわたしの髪が、猫っ毛ですと!?!?!?



猫っ毛も、「色白」に並ぶ わたしの中での 永遠の「憧れワード」でした。




直毛剛毛呼ばわりされて深く傷ついていた 若き日のわたしよ、聞こえるか。


あなたのその髪は、やがて まっすぐで、良い髪で、そして「猫っ毛」と呼ばれる日がきます。


年齢を重ねて、髪が老いて、今、それが「ちょうどよく」なったのです。


美醜の基準って、若い頃とは 色々と、変わります。 


ほっぺのお肉が落ちなくて悩んでいる若いお嬢さんも、
わたしの年齢になれば、
そのおかげで、若々しい輪郭、ふっくらとした張り感が(何も注入しなくても)きっと保たれる。

頬が「痩せこけて」こないはず。 このほっぺで良かった!! って、きっと、そう思う。

そんな先のこと! 

48歳になるまで待てるか!!って 思うかもしれないですけれど・・・・




大丈夫。




あっという間ですよ(笑)。






                                   おわり







自分の体の嫌いだったところを 歳をとってから好きになれるのって、とても幸せですね。
年齢を重ねてしまったら、肉体は、劣化することばかりしかないのかと思っていました。

↓ 「読んだよ」の合図を、いつも、ありがとう ( ´▽`)ノ
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プレスバターサンドの素敵な箱と、「1日1捨」の表紙の質感が、めっちゃそっくりで。
「紙の質感オタク」なわたし。 すごく嬉しくなってしまいました。


昨日の日記は。

「1日1捨」をお読みくださって お手紙をくださった方が、
「泣きながら、とありましたが、どういう心境で捨てたのか、涙の理由をもっと聞きたかった。
そこの描写が足りなくて、残念だった。」とおっしゃってくださって、 本当にその通りで、
そのことが、ずっとずっと心に残っていました。

本には、書くことができませんでした。 ここにしか、書けませんでした。

暗い日記になってしまったことを、許してくださいね。

振り返れば。あの2週間は、楽しかったのです。 苦しいんですけれど、超絶に楽しかった。
楽しさと、その中で感じる「苦しみ」は、切り離すことのできない1セットなのだと思います。

昨日の日記は、いつか削除してしまうかもしれません。
わたしの中で、言語化するのが非常に難しく、とても苦しかった時期のお話だからです。

そんな日記を読んでくださった読者さま、ありがとう。  ありがとうございました。    


                                      すずひ













最終更新日  2019.08.08 17:05:04
2019.08.07
あなたのためを思って。

あなたの将来を思って。

あなたが のちのち 苦労しないために。



あなたの。 あなたの。  あなたの。  あなたの。



母親は。 

ああ、わたしは。 


「あなたのため」を何万回も振りかざし、お子を自分の思い通りにしようとしたことがある。

お子の幸せを願わない親なんているはずがなくて、
それはもちろん、紛うことなく本当の気持ちだし、決して嘘ではないのだけれど。

親子といえど、全く別の人間である お子の幸せの在り方を、わたしにわかるわけがない。

たとえ親子と言えど。 いいえ、むしろ親子だからこそ。

わたしにわかるのは、わたしの知っている幸せで。わたしから見た、わたし「だけ」の幸せで。

子のために、と思っていたことは、 あの頃、 全部 全部 「わたしのため」だった。





スープが冷えるのを待つ間に、パンの準備をしましょうね。 SURIPUのブール(小)。




わたしが心配したくないから。
わたしが安心していたいから。  わたしが傷つきたくないから。
つらい姿をみることは、わたしが怖いから。  わたしが 耐えられないから。 


本音は、こっちだ。


全てを見破られる時が来る。

早い子と、ゆっくりな子がいますね。

強い子は、思いっきり反発するのでしょう。 (とても健全なこと)

優しい子は、限界まで 我慢をするのでしょう。 親が、させてしまうのでしょう。




何にもわからなくて。 自分はちゃんとやれていると思っていて。  驕り高ぶっていて。


全部全部間違っていた、ってわかった時・・・  わたしは、空虚になりました。


何もかもを リセットしたかった。 


わたしのしてきたことの、全て。 信じていたことの、全て。 溜め込んで来たものの、全て。

捨てた。 捨てた。 こんなもの、こんなもの、すべて、全て、全て、全て、嘘だ!!! 

捨てても、捨てても 出て来るんだよ。  出口が塞がれていた傷口の膿みたいに。 


溜め込んだものは、心の澱。


ごめんね。 ごめんね。 ごめんなさい。  ごめんなさい。  ごめんなさい。


途中からは、ずっと 見えない何かに謝りながら 泣きながら、捨てていた。


ものに? 家族に? わたしの人生に?

わたしがダメな人間だったせいで傷つけてきた、何もかもに。






冷たいスープの朝。盛り付け画には、何やらおしゃんなあしらいが乗っかっていますけれど・・・





自信を失えたことは、本当に、良かったです。  感謝しかないのです。
 
あの時は、もう、
自分など生きてる価値もない、と。
跡形もなく消えてなくなってしまいたいような気持ちしかなかったけれど。



わたしが自信を喪失したところから、家族のあり方が 変わった。


おとーさんがいてくれて、あの時、本当に救われた。
息子は、自分の選んだ自分の人生を、見違えるほど生き生きと 歩み始めた。

自分の意思で選ぶことのできる「家族」って。 誰にとっても、実は「配偶者」だけ、で。
そして、最後まで一緒にいられる可能性があるのも、配偶者。 旦那さんだけなんだ。

そこにも気づきました。


お子の可能性を伸ばしてあげたいと思うのは、
どんなに時代が移り変わろうとも、過去も、未来も、親心の常ですけれど。
わたしも 長いことずっとずっとずっとそう思っていましたけれど。
それこそが親の務めだ! とまで 確固たる信念でいましたけれど。

お子は、「お子の求める」適切なサポートによって お子自身で伸びてゆくのだと思います。

お子本人の力で、伸びてゆく。

親のしてあげたいサポートではなくて。子の求めるサポート。そして、子の求める「愛情」で。

そこが大きくズレていたことに気づくことができたのが・・・ あの、4年前の夏でした。


ずいぶんと、遅かったと思います。 

ごめんね。 ごめんね。 ごめんね。

謝っても、謝っても、謝り足らない気がして、涙が出た。 

泣けばいいとでも思っているのか!

そういう自分も大嫌い。 捨てる! 捨てるんだ! そんな自分ひっくるめて、何もかも。







ごめんなさいね、ガスパチョ。 やっぱりネギしかなかったわ(笑)



ちょうど、こんな暑い日だった。

ふと「捨て」の手を止め、窓の外に目をやると・・・ あれ もう夕方か。 
晩ご飯の支度に取り掛からないと。 続きは、また明日。 そんな日が2週間ほど続いた。

日中、何も食べずに、捨てていた。 空腹なんて、感じない。 1日が、あっという間だった。


夏が来ると、思い出す。


夏は、嫌いだ。  あの痛みが、蘇る。


わたしの「捨て」は、
タレントさんが微笑むカラフルな表紙の主婦雑誌に提案されるような、
爽やかで、ニコニコと楽しい、キラキラママのお片づけ、では なかった。

ノウハウを、順序立てて素敵にお話しできるような、そういう美しいものでもなかった。

自分と物とを引き剥がすみたいな捨て方、だった。 禊だった。

捨てや片付けに関して語り出すと、ほとんどの人と気が合わないのは、だから無理もないの(笑)



あそこから。


わたしは成長できただろうか。 むしろ劣ってしまったのだろうか。


まだわからない。


一歩、一歩、毎日 生きるだけ。  ベストを尽くすだけ。


ものを手放す時がそうなように。  人生の最後に、きっと 全て、わかるんだろうな。






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最終更新日  2019.08.07 08:51:46

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