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2018.01.10
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お金を払って物を買う時、「お金を支払うわたし」と「買ったモノを受け取るわたし」とが、
解離、分離しているような気持ちの悪い感覚が、わたしには、いまだにある。 
支払う側のわたしは、買って貰う側のわたしを いつもどこか冷たい目で見ている。

わたしのなかの もう一人のわたしが 「お金の出入り」を 厳しい目で 監視 している。
こんな高価な買い物、お前には贅沢すぎやしないか。 もっと安い物で充分なんじゃないか。

新しいピンク色のセーターを買ってもらい 無邪気に喜ぶ10歳のわたしを 
どこか冷ややかに、そしてなぜか「悔しそう」に見ていた・・・遠い日の、母のあの目のように。


子どもには なんでもかんでも 好き放題 買っておやり、ということでは 決してないのです。


まだ経済力のない年齢の子どもに、普段でも、誕生日でも いざ何か買う、となった時には、 
どうか子どもの決めた、子どもの欲しがっているものの方を 気持ちよく買ってあげて欲しい(買って欲しかった)と、わたしは思うのです。

マンガを欲しがっているのに、勉強になるからこっちにしなさい、と「いきもの図鑑」を買う。
親は「ちゃんと買ってあげた」と思っている。
図鑑の方がずっと高いし、ためになるし、親らしい立派なことをしてあげた、と 満足している。

けれど子どもにしてみたら・・・「なんにも買ってもらえなかった」って、きっとそう思ってる。


そっちよりもこっちの方が長く使える、とか、もうちょっと為になるものを、と 思っても、
子どもの気持ちを 優先してほしい。
「こんなくだらないもの買って!」と思っても、それは口に出さず、お金を払ってあげてほしい。
子どもの「喜ぶ気持ち」と「笑顔」を最優先に、気持ちよくお金を払うことのできる 幸せ。











自分の欲しいものを買うための「お金」を 親が出し渋った、嫌な顔をした、という記憶は・・・
親が思う以上に 子の心に暗い影を落とします。
自分は欲しいモノ買ってもらう価値のない子、だ、と。 親から見て、それに値しない子なのだ、自分の欲しがるものは「くだらないものばかり」なのだ、と・・・

少なくとも、わたしは そう思った。

本当にお金が無かったのなら、仕方ない。実際はそうではなかった、と知った時には なおさら。


欲しかった「キティちゃんのハンカチ」や「伊代ちゃんのスカート」を 今、何百枚買っても 
意味はないのです。
4年生の運動会の日や、6年生の修学旅行の 「あの時」で なければ。


わたしは社会に出てからも、自分自身に対してお金を出し渋るように・・・貧乏性になりました。
本当に欲しい物を買うことが苦手で、安物や偽物を買うとホッとするような そういう気持ち。

自分が稼いだお金なのに、それを自分自身に費やすことを なぜこれほどまでに「勿体なく」「申し訳なく」感じるのか。 自分の「お金」に対する そんな思考・習性が・・・「謎」でした。

ちょっとでも「高価」だと感じるようなもの買う時には・・・
服を買うのでも、靴を買うのでも「ごめんなさい」というような・・・罪、の気持ちが あった。




一方、うちのミニマリストお父さんは、と申しますと・・・
「自分自身」へはもちろんのこと、
「親が子どものためにお金を費やすこと」に関する感情が すこぶる健やか、かつ「純粋」です。


塩息子に何か選ぼうとするとき・・・
いつも いちばん良いのを、一番欲しいというモノを買ってやれ、と 真っすぐに 言います。

恐怖さえ感じる「真っすぐさ」です。  

そ、そ、そんなことして 良いと思ってんの!?!? と、 わたしは 怖くすらなってしまう。



お父さんが子どもの頃のご実家の経済状況は、聞くところによると、ウチと似たり寄ったりか、
若干厳しかった様子が想像されます。(お義母さんの闘病生活が長かったこと、などを思うと)

ところが、お義父さんは・・・豪快だった。 子に お金を 惜しまない人だった。

修学旅行の時には「この店の中の好きな服をどれでも買え。」と、選ばせてくれたそうです。
全部新品の、真新しい下着や靴下、持ち物などを 喜んで揃えてくれたのだそうです。
普段は節約したり厳しい父親だったけれど、「そういう時の惜しみなさ、豪快さ、愛情は・・・
とても頼もしく、誇らしく、自慢で、嬉しかった。」 と、お父さん。



ああ・・・・・・・



経済的に厳しいなかでも ここぞという時には 自分のために気前よく払ってくれた、親の記憶。
実は豊かだったはずなのに、いつも出し渋られ、気持ちよく払ってくれなかった、親の記憶。


ああ、 「明」と「暗」。


夫婦の組み合わせって、本当によくできていると思います。
結婚相手に求める条件に、こんなこと 思いもしなかった。けれど、ちゃんと そうなっている。



塩息子が中学生の頃のこと。 「自転車」を買う、となった時のこと・・・
わたしはね、まっしぐらにね、だいたい2~2.5万円くらいの いわゆる「シティサイクル」を買おうと、勧めようとしました。 てか、中坊の自転車なんて それで充分だろ!?!?


そしたら、お父さんは 違うんですよね。

すっと、息子を 7~8万円もするような ロードバイクタイプの自転車の方に いざなう。


こっちも見てごらん。 どう? せっかく買うなら、本当に格好良いのを買いな、って。


で、ロードバイクの方を買うことになって・・・ 
「買う」となってからも わたしは「動悸」が止まらないんです。( 救心! すずひに 救心っ!)

し、信じられん、子どもに、こんな・・・ こ、こんな高価な・・・ って、震える感じ (笑)







買ってからも、続きましたよ、動悸は。  自転車見るたびに、苦しいのです。
どうして。 どうして。 わたしはこんなことしてもらったこと、一度も無かった。
こんなことがあって良いのか。 この心のざわつきは、一体どうしたら鎮められるのか、と。


これで良かったのだ、と 思えるのに 1年くらいかかりました (ほんと根深い・笑)

息子が、本当に気に入り、そして 今も駅までの通学に毎日使っている「GIANT」のバイク。
ああ、良いモノを買って 本当に良かった、と。
2万そこそこのシティサイクルだったなら・・・もう今頃は廃車だったかもしれないし、この距離を毎日往復で通うのも さぞしんどかっただろう。 
あの日、お父さんと息子の意思を(動悸に負けず)尊重することができて・・・
これを買うことができて・・・ 本当に良かったなあ、と。












なにが言いたいのかわからないブログになってしまいましたが、
何を申し上げたいのか、わたしには何がわからないのか、というと・・・

お金の「有無」の如何にかかわらず、
お金の使いどころ、使いどきって・・・ 本当に 難しいな。っていうこと。
子の・・・ その後何十年先までの人生観まで左右させてしまうこともあるんだな、ということ。


わたしの親と、お父さんの親。 
どちらの親の「使いどき」が 子の心に「嬉しい記憶」として刻まれ、
その後の人生において より望ましく 幸せな方向に作用し続けているか、ということ。


親は、どの親も「良かれ」と思って そうしている。
「自分で稼ぐしかない」と思わせたわたしの両親も、そういう意味では 教育的に成功している。

人生は「トータル」なのだから、その時 その時の瞬間を切り取って ああだった、こうして欲しかった、などと あれこれいうのは この上なく愚かな事だと、充分わかったうえで・・・ 


それでも その上で・・・

初めて選手に選ばれ、上級生に混じり、とても緊張していた。
運動会のあの日「キティちゃんのハンカチ」を だから「お守り」にポケットに入れ・・・
通学団代表のリレーを走りたかった。  


その思いは、多分、一生 消えない。


ずっと続くと思っていた「子育て」なのですが 
経済的な意味での「子育て期」は・・・順調にゆけば 思えば、もう あと 5年か そこら。
ここから5年間の、恐らくもっとも重たい ドカン! 乗り越える 覚悟(笑)
親が子を「経済的」に支える期間って・・・けれど 思っていたよりも 意外と 短いのですね。
親の望み通りに順調にゆけば、の話 ですが (笑々)



この齢になりますと、人生の中で 心配事のない時って けっこう貴重です。
例えば 家族の誰かが入院中でいつ亡くなるかもわからない、とか、介護が大変で自分の暮らしが乱されてしまう、とか、自分自身が病気だ、とか あと 子どもが受験の年だとか 諸々・・・

なにかしら「気がかりなこと」や「心配な事」「ストレスフルなこと」がある時の方がほとんど、なのが「40代」であり「人の親」なのです。



いま、たまたま ぽかん、と その合間にいるわたし。
束の間の「休息時間」を与えられている、わたし。
自分と向き合える 人生の中での かけがえのない時間。 とても貴重な、有り難い時間。


こんなときだからこそ・・・ じぶんのことや これからの生き方を、ちゃんと、考えたい。



豊かな金銭感覚をもち、お金を純粋に愛し、そして お金から愛される人。 困らない人。
お父さんの中にしっかりと備わった「健やかなチカラ」を受け継ぎ・・・
塩息子には、そっち側の人間になってもらえたら うれしい。  



わたしも、これから 一生をかけて・・・ 自力でゆっくり「育ち直す」ことを・・・ 
今さらだ、とか この歳からもう遅い、とか思わずに、少しずつ、少しずつ、目指したい。


過去は変えられない。


けれど、「いまここから」は、いつも わたしの 手中に。   そう 信じている。





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  前編・後編にわたる、すずひの 長い長い日記。
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最終更新日  2018.01.10 16:31:07


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