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ご訪問 ありがとうございます。
しろくろ、シンプル、すくないモノで暮らす 
すずひのブログです。3人家族。ミニマリスト。

人生のさいごには、
葛籠(つづら)ひとつにおさまるだけ、の 
少ない持ちモノになっていたい。


 *** 読者のみなさまの おかげで ***

* すずひのブログが 1冊の本に なりました *


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2019.05.03
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G.Wですよ! 10連休ですよ!
みなさま、はりきって世界一周旅行してますかーっ? ( ´▽`)ノ  (笑)

・・・・・・・・・・・・・・。

この10連休を「喜んでいる人」に、まだ1度もあったことがありません。
わたしの周りだけでしょうか。 みんな、疲れています。 長すぎるわ!と 怒っています。



さて。


今日は「お花」のお話です。

長いこと、お花をいただく機会のない・・・お花をいただくことのない種類の人生、でした。


ところが。

ここ数ヶ月で・・・ わたしのそんな人生の風向きが ちょっとだけ変わったのです。







ブーケやアレンジは 小分けにして楽しむのが大好き!小分けにすると、うんと長持ちします。




お花をもらえないのは。 自分のせいだと思っていました。


だって、素敵でキラキラした人(のSNSとか)を見ていると、
大切な記念日などには、必ずといってよいほど お花をもらっているでしょう?


お花をもらえないのは。 わたしが(この人みたいに)素敵じゃないからだ。

わたしが(この人みたいに)優しいお母さんじゃないからだ。

わたしが(この人みたいに) お花もらうのにふさわしいような美しい女性じゃないからだ。

(この人のような)魅力が、わたしには ないからだ。  どうせ わたしは、と。








花器はひとつも持っていません。 家にあるマグやコップで楽しみます。
背の高いグラスはこないだの「すずひフリマ」で売れ残っちゃったやつ。残ってよかった(笑)!






それはね。 残念ながら 今も、相変わらず そうなのかもしれない。
わたしが急に素敵になったわけではない。
急に花の似合う、花をプレゼントされるにふさわしい女性になったわけではないのは、確か。



なのに。 お花をいただく機会に恵まれるように、なれた。








「4刷のお祝いに」と贈られたお花は、白とグリーンのアレンジ。 初夏のイメージ ( ´▽`)




お花をいただくようになって、わかったことがあるのです。



まず その前に、そうだ、 このお話をしなければ!

あのね、

わたしがお花欲しいと思っていただなんて、まったく知らなかった、と ある時言われました。
ミニマリストだから、何にもいらないんだと思っていた、と。
花とかあげちゃったら むしろこの人困るのかな、迷惑なのかな? と思っていた、と。


そ、そんなわけ あるはずないじゃないですか (;_;)!!!!


花をもらって悲しい女性が、いったい どこにいると (;_;)?????

でもね、これって、本当にそうらしい。わたしが悪い。 言わなかったわたしが悪い。
「察してくれ」の病、というか、ミニマリストというイメージの弊害というか・・・

伝えるべきことを、何ひとつ伝えられていなかった、ってこと。

「お花が大好きです。」「お花もらうことは、わたしにとって、とてもとても嬉しいことです。」
そういう気持ちを 日頃からちゃんと正直に言葉に出すことで・・・だから、流れが変わった。

ものだらけで暮らしている頃って、そういうこと 言えなかった。
言葉で伝えることを、いつも おざなりにしていた。 苦手だった。
そんなこと、言わなくたってわかるでしょう?!と。 

ものが多すぎるとね。 コミュニケーションが足りていないことに 気づけないのです。
ものが多くて、目にやかましいから、「もの」がやかましいから、人間が、黙っちゃう。

そんなバカな、って思うかな? 
いや、ほんと、そうなのです。 やかましい中では、喋る気って、起こらないでしょう?
声張り上げないと、伝わらない。だったらもう、面倒くさい。
ものがうるさい。黙ってくれない。 24時間、ずっとうるさい喧騒の中にいるみたい。

ものだらけで暮らしていた頃は、「察してくれ星人」だったのです。
そんなこといちいち自分から言うなんて、
そして自分の気持ちを素直に話すだなんて、そんなの「恥」、というか「負け」というか。


恥?  負け?  
 

ああ、あの頃は。なぜあんなに可愛げのない、そしていじけた気持ちになっていたのだろう。
気分のベースが、いつもそうだった。「どうせ」「どうせ」と。 「わたしなんか」と。

察してくれない人に対し「気が利かない人!」と怒っていたわたしは、ウザさの極み。

そんないじけた人に「お花を贈りたい」なんて思ってくれる人が いるとでも (;_;)?






殺風景さを極めたがらーん部屋だからこそ。 ほんのちょっとのグリーンの、この存在感!!





お花をいただくことの嬉しさの中で、気づいたことがあります。


お花って。


お花をもらえる人が素敵な人 だったんじゃなくって、

ほんとは、実はそれは ちょっと反対で。

「お花を贈ってくれる人」こそが、素敵な人なんじゃないかなってこと。


わたしのことを思って、お花屋さんへ足を運んでくれる。
わたしの喜ぶ顔を想像しながら、その人の大切な時間の中でお花を選び、贈ってくれる。

その思いが、優しさが、

そしてもしも「照れて」くれるなら、その照れた気持ちひっくるめて、なんて素敵なんだろう。








素敵なのは「与える人」だった。  もらう人じゃなかった。

ああ、「お花」だけじゃない。  愛情だって、思いやりだって、みんなそうじゃないか。


わたしのまわりには 素敵な人が いてくれる。


人生には。 誰かを羨んで、自分と比べて、いじけてる暇なんて・・・ なかったんだな。

いじけていると。 いじけた世界しか見えない。 いじけた世界でしか生きられない。










毎日掃除をする。 暮らしを気持ちよく整える。  ただ、それだけ。
G.Wも、それだけです。 他の人にはつまらなくても、それがわたしの幸せ。 



高級エステ通いを始めたわけじゃない。 水素水に 夜な夜な浸かってるわけでもない。

わたしが「素敵なキラキラ女性」に生まれ変われるような日課は、なにひとつ 増えていない。

じゃあ、何が変わったのだろう。

お花をもらえずいじけていたわたしが、お花をもらえるわたしになれたのって・・・ なぜ?










無駄なものと、無駄な感情を捨てると、目の前のおなじ現象の捉え方が 変わる。   


世界の見え方が 変わる。


わたしのまわりには、素敵な人がもともといてくれてた、ってことに、ようやくわたしが気づけただけ、なんだ。


ずっとそこにあった優しさに 気づくことのできるわたしになれた。 



なにも欠けてなかった。  足りないものなんて、もともと ひとつもなかった。


わたしを取り巻く世界の本質は、捨ての前と後とでは、きっとなにも変わっていない。


わたしの「見ているもの」が、変わったんだ。  

わたしから見た世界の見え方だけ、が 大きく変わった。


日本は島国ですから。 
例えば 大きな大陸の国々を旅してるうちに価値観が変わった! なんて話を よく聞きます。

それはきっと 本当のことなのだと思います。 

でも、そんなことしなくても。 世界一周をしなくても。 価値観を変えることはできる。
 
人生を楽しむことは、この家の中で、いくらだってできる。 気づきは、いくらだってある。

精神世界は、現実の世界を超えて、はるかに無限なのだから。


どこまでも自由、なのだから。


捨てることは 生まれ変わること。   これもまた、きっと、そういうことなんだ。





                                    おわり






欲しがる人。 与える人。 どちらが素敵な人かなんて・・・考えるまでもなかった(;_;)

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令和最初のお花が、わたしに気づかせてくれたこと。 今日も読んでくださって、ありがとう。

わたしのPCが やっとこさ「令和」の変換を覚えくれたようです。 
「例話」とか「0羽」で、もう、めっちゃ困ってた。 「0羽」て、もう ヽ(;▽;)ノ(笑)










最終更新日  2019.05.03 09:49:47
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