2019.04.20

【警告!ウイルスに感染しています!】1年前と変わらない部屋が、そこに静かにある、と言うこと。

カテゴリ:ミニマルに暮らす
日差しが「春」です。

冬の間は、どう明るく撮っても、この部屋って ちゃんと「冬」なのです。


「日差し」がこんなに変わる。 これで 充分だ、充分すぎるくらいだ、と感じます。


季節ごとの模様替えって、昔は恒例行事みたいに毎年せっせと取り組んでいましたけど。
あれは、本当に必要なことだったのかな。


模様替えが趣味でした。 と申しますか、模様替えのために新しく何かを買うことが趣味でした。

何でもいいから理由をつけて、何かを買いたかった。
目的が「模様替え」なのではなくて、買ってしまったからには模様替えしなければ!という感じ。

買うことの方が「目的」だったの (;_;) 嗚呼、なんとゆーこと。








今は手放すほうが楽しい不思議。お友達限定「平成最後のすずひフリマ」を催しました。
すずひのフリマは、200円と300円の均一、なんですよ ( ´▽`)ノ








本当にたくさん着た2枚のニットとも、いよいよお別れです。
黒はもう少し、完全に暖かくなるのを待ってから(連休明けかな?)処分します。
グレーは「すずひフリマ」におそるおそる出品してみましたよ。
          (300円にてお求めいただけました。たい焼き2匹だ!・喜)

ここに写っているものは ほんの一部、であります。
この日はその後も勢いが止まらず どんどん後から追加して、キッチンのもの、保存容器、本、コスメ類などを出品し・・・なんと「1日20捨」達成できちゃった!




このグローバルがとにかく喜ばれて、幸せ! わたし、この小さいサイズほとんど使わなくて。




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日差しが まっこと 「春」なのです。

部屋の中の様子を 年がら年中 コロコロ変えてしまっていた頃は、
室内にさす日差しの変化になんて、なんか、あまり気づけなかったなぁ。 
インテリアをいじくり回すことに夢中で、「日差しの変化」なんて、あっさり見逃しちゃう。


何も変わらない部屋だからこそ、「日差し」の違いに はっきりと気づくことができるんだな。







去年の春のリビングと
今年の春のリビングと、変わらない状態で暮らせてる人って、どのくらいいるんだろう。
なんかモノを増やしたり、モノを増やさなくても家具の向きを大きく変えたり。

わたしは 昔は、とにかくいつも変えたかったです。 部屋を。 いいえ、「気分」を。

インテリアの好みが定まらなくて。 (「心地よさ」さえ 誰かの真似、でしたから。)

昔々のわたしのウチのリビングは、古くからの読者さまはもうよくご存知の通り、
もう 何がやばいのかわからないくらい やばいことになっていました。

いっつも何かを変えたくて。 「満足できない気分」や、気に入らない何かを変えたくて。
そのままの部屋、でいることは 当時のわたしにとっては 大いなる「悪」。 
何かしなければ。 春なんだから、何かを買って、どこか変えなければ。

季節ごとの模様替えしないことは、悪いこと。 ダサくて、怠惰で、恥ずかしいこと。

「部屋の模様替え」って、だから 絶好の口実でした。。 新しい何かを買うための。


1年前とおなじ空間の中に身を置くだけで、こんなに心が落ち着くなんて。
その感情を、自分の住まいで感じることができるなんて。

かつては、そういう「ずっと変わらないもの」は、外の世界に求めていました。

例えば、昨年の春 泊まった旅館に 1年後訪れたとき、部屋の変わらなさが嬉しかったり。 
ああ、懐かしい、変わってない。 去年もここに来たなあ、って。
好きで再訪したお部屋が、大々的な模様替えとかされていたら・・・とても悲しいわ。 

そこにいるひと。 そこに暮らすひと。 そこにあるもの。 

空間が変わらないと、
そこにいる「人物そのもの」や「ひとつひとつのものの存在感」が はっきりする。 






立ったとき死角になるここに、ティッシュとリモコン。テーブルは「棚つき」が昔から好き。






かつてのわたしの暮らしは、いつも「もの」が中心で、人よりも「もの」が主役でした。
住む人が脇役、みたいだった 。 
ちょっと!飾ってあるもの動かさないでっ! 触らないでっ! みたいな。(ひどい)

「心が休まる部屋」からは、ほど遠かったです。 部屋にいると、ただそれだけで疲れました。
この部屋に足りないものを感知しようとする物欲センサーは、OFFになることを知らない。
自分の家にいるのに、神経が ちっとも休まらない。
買う物を考えることから、離れられないの。 脳が、一瞬も解放されないの。

何かを買うことをずっと考えているのは、しんどいです。
お料理していても、誰かと会っているときも、ご飯を食べているときも、脳のバックグラウンドで「買い物タスク」が ずっと起動し続けている状態。

ブラウザを、閉じても閉じても 永遠にシャットダウンがなされていない感じ。
まさに「【警告】ウイルスに感染しています!」の状態。 ああ恐ろしき、買い物ウイルス。

家にいる間が、常にそんな風。 
気分的には、だからわたしは寝る間もないほど買い物に忙しく、バッテリーも もたない。

そんな誰からも理解されることのない「忙しさ」の中で 無意味に消耗&疲弊していました。
部屋に何かを飾ることに忙しくて、必死で、
その合間をぬって家事を片付けないとならないから、毎日時間が足らずヘトヘトだったの(泣)

そんなお母さんって・・・(懺)



握りしめていた その「無駄なタスク」を 手放した。



1年。2年。おんなじインテリアの中で暮らせることが。
こんなに心を穏やかに保ってくれるだなんて。  知らなかったな。






家でのおやつやお茶の時間が、本当に本当に好き。 どこでいただくよりも、くつろげるのです。



好きなお料理屋さんの 変わらない店主の笑顔に癒されることがあります。
十何年ぶりに会った恩師や旧友が変わっていなくて、涙が出そうに嬉しかったこともある。


変わらないものにホッとするのって 多分、人間に備わった本能なんだ。  





「%」のボトルにはいつも温かいほうじ茶を。 朝と午後、2回沸かしています。






お店の大将や 恩師や旧友の笑顔が変わらないのも もちろん嬉しいことですけれど、
「我が家のリビングの様子がコロコロ変わらない」っていうのも、
こんなにも 安心できることだったんだな。


コロコロ変えなさい! なんて 誰からも命令されてなかったのに。
季節ごとに模様替えして欲しい!気分を変えてさせて欲しい!なんて、家族の誰も望んでいなかっただろう。



毎日帰ってくる家が、いつも同じように片付いていて、掃除がなされていて、整っている。

このことのもたらす精神安定効果って 多分、すごい。「ほっとする効果」って、すごい。


飾りたてることは、「動」だ。  変わらないことや整えることは、いわば「静」。


リビンングを飾ることで、ストレス発散できていると思っていた。いつも「動」のモードだった。
気分を変えよう、変えよう、と動きまくり、考えまくり、買い物しまくり、疲れ果てていた。


住まいはアミューズメントじゃない。 エンターテイメントでもない。 
びっくりするようなことや 刺激的なことなんて、別に起こらなくていい。

ただ 掃除する。  ただ 整える。  穏やかに、そこにいる。

すっきりと片付いた、去年の春と変わらないこの部屋を、とても好きだ、というこの気持ち。

大好きなほうじ茶と、カヌレ。 ああ、幸せって、こういうこと。


すっきりとしたリビングの壁に。 額やポスターを飾りたいとは もう思わない。

住まいは 自己顕示欲のためのステージではなかった。
わたしはこんなに頑張ってるのに! って 家族に威張り散らすための場所でもなかった。
ディスプレイの素敵さを誰かと競い合ったり 他者に見せびらかすための場所でも なかった。


外で1日消耗した、そこに住まう家族の身体と心が。
     
             静かに ただ静かに癒されるべきための場所、だったんだな。





                                     おわり







この家に。家族が無事に帰ってきてくれること。「おかえりなさい」と、ゆうべも言えたこと。
気づいていないだけで、当たり前なんじゃなくて、毎日が奇跡なのかもしれない、という気持ち。

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「10年ぶりに手紙を書きました。」 そんな嬉しいことってない。
お手紙をくださった長崎の読者さま。美しい文字に見惚れてしまいました。本当にありがとう。

このブログを始めさせていただいて993日。もうすぐ1000日です。
ずっと読み育てていただけていること、書き続けられていることも、わたしは奇跡だと思ってる。いつも、ありがとう。









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最終更新日  2019.04.20 11:41:20
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