『一樹の夜』
一樹は、JR新宿から山手線に乗った。
渋谷で降りて東急東横線に乗り換えるはずだったが、
ふと渋谷の街をブラブラしたくなった。
今日は武と朝まで飲み明かすつもりで、
同棲相手の留実には予め家には帰らないと告げてあった。
思いがけなく紀子や沙織と同席する事になり、二次会に誘ったが
断られてしまった為に、そのまま武とも新宿で別れてしまう羽目になった。
一樹が、渋谷の繁華街を一人で歩いていると、下着姿にコートを羽織っただけの
格好をした女の子や、女子高生の格好をしているがかなり化粧の濃い女の子、
全身黒ずくめの格好をした風俗系の呼び込み男、ハッピ姿にハチマキを巻いた
カラオケ呼び込み男、次から次へと声をかけてきた。
武と歩いていれば、間違いなく女の子達と同じテンションになれたのに・・・
一樹の心は少し沈みかけていた。
そんな事を考えながら歩いていると、繁華街を一本外れた路地の片隅に
ダーツバーの灯りが目に入ってきた。
一樹は行く宛てもない寂しさから、ダーツバーの明かりに吸い込まれるように
店のドアを開けてしまった。
店内は薄暗く、ダーツバーというだけあり、ダーツマシンが3台程セットされていた。
土曜の渋谷とは思えない程の静けさで、数名しか客は入っていなかった。
店員はマスターらしき男が一人いるだけで、客の一人とどこかの国の
ダーツ大会のビデオをぼんやり鑑賞しているようだった。。
常連客しか受け付けないような雰囲気の中で、一樹は一瞬店を出ようとしたが、
マスターらしき男が一樹を手招きしてカウンターを指差してくれたので、
一樹は言われるがままにその場所に腰かけた。
「兄さん、何にする?」
マスターが薄い紙切れに手書きで書いたメニューを一樹に手渡した。
とりあえず一通りのドリンクがメニューには記載されていた。
「ドライマティーニお願いします」
一樹は、注文をして、ドリンクが出される数分の間、
手持ちぶたさだったので携帯を取り出した。
norinori※※※※※@ezweb.ne.jp 紀子さん
saorinlovery1225※※※※※@docomo.co.jp 小出 沙織
「ん?紀子さん、名字なんだったけ?」
先ほど登録したばかりのアドレスを見ながら一樹はふと思った。
考えてみれば沙織さん情報はたくさん聞いた。
しかし紀子の話は、ほとんど聞いていない。
声すら思い出せない程だった。
紀子さんって、謎な人だな・・・そう思うと、余計紀子の事が気になり出した。
1人で見知らぬ店にいる寂しさから、一樹は誰かと関わりを持ちたくなっていた。
その矛先は、同棲している留実でもなく、かわいいを猛烈にアピールしていた
沙織でもなく、どこか影のある物静かな紀子に向けられてしまった。
いつの間にか、一樹の目の前にドライマティーニが置かれていた。
一気にお酒を飲み干すと、一樹は再度同じお酒を注文した。
アルコール度の強いお酒を飲んだせいか、先ほどまで沈みかけていた
気持ちに灯がともった。
一樹は携帯を開き、メールを書き始めた。
=====送信文=====
こんばんは
一樹です。今日はお疲れ様でした。
無事に家には帰れましたか?
俺は今渋谷にいます。
結局、みんなと別れて渋谷で1人寂しく二次会してます(笑)
ところで、突然なんですが、明日って何か予定ありますか?
俺、紀子さんに会いたいんですけどダメですか?
お返事待ってます。
絶対待ってますよ~!
送信完了
=============
おかわりしたドライマティーニも、一気に飲み干し
更におかわりを注文した。
一樹は、お酒が入ると、手当たり次第に女を口説くという悪い癖がある。
これはある意味、憂さ晴らしともいえる。
入籍ほどしていないが、完全に留実がカカア天下モードに入っている事も
武のうっぷんの一つであった。
そのうっぷんを晴らすかのように、一樹はお酒に飲まれるタイプであった。
常連客しかいないこの渋谷のダーツバーで、
始発まで長居出来る程、一樹のテンションは最高潮に達していた。
一樹からのメールを読んだ紀子は・・・
「明日は無理です」
短いメールを返信していた。
明日は誰にも会いたくない。
私が会いたいのは祐ちゃんだけ・・・
心の中でそう呟いていた。
※次回、いよいよ『紀子の夜』お届けします(^-^)/
この物語はフィクションです
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★ACT6★『武の夜』
★ACT5★『沙織の夜』
★ACT4★『同席』
★ACT3★『隣の席』
★ACT2★『みやこんじょ』
★ACT1★頬を伝う一筋の涙
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