我が母上

はじめに…
私は「母親」というものをあまり知らないので「母親像」はとても大きいし、
一般の方たちよりも美化されている、と思う。

私の母上は若く、今35歳。いや、正確には「今も」35歳

の まま。


「父上編」でも書いた様に、胃癌で35才の若さで亡くなった。


母上は結婚する前は看護士で、
父上と母上の出会いのきっかけは、嘘のようでホントの話、

『患者とナース』。

なんだかエッチっぽいなあ~なんて思ってしまうのは私だけだろうか?



今はもう別の所に移ってしまったが、
たまたま我が家から目と鼻の先にあった総合病院で
交通事故で入院した父上が、まだ正看護士になる前の母上と知り合ったらしい。
イイ趣味してるなあ。。と当時の母上に対して思ってしまうけれど、
お互い1目惚れだったらしい。




当時母上は18歳、父上は20歳。

母上のお在所は同じ県内とはいえかなり田舎。
かたや父上は一応街中の金銭的にも余裕がある家のお坊ちゃん。
父上曰く、最初に会った時、
顔は別として、着ている服なんかも地味で冴えない

「田舎のイモ姉ちゃん」

丸出しだったという。


だから、とにかくまずは服装を今まで地味色しか着る事しかなかった母上に
原色やパステルカラーの物を着せ、次に髪型、メイク、宝石、バック、etc…。
結婚直前には
「イモ姉ちゃん」から「どこかのお街のお嬢さん」に変身を遂げた。

今でも父上は


「おまえたちの母上は、父上生涯の作品だ」


なんていう。

性格はもともと明るく優しく賢い女性だったから、
その点は改善はされてなかったはずだが、
父上みたいなワガママ・キングと一緒に居た訳だから、
それはそれで大変だった事も想像がつく。
きっと母上が我慢強い女性であった、
というのも後から母上自身の中にツクラレタ部分だろう。




これは人から聞いた話だが、
例えば毎晩の様に父上が芸者遊びやクラブで飲んでいて、
そんな父上を迎えに来た際、母上は飲み代やお茶代は勿論、
その場の女性に紙で包んだ『足代』をそっと渡す様な人だったらしい。


父上は

「昔は父上モテちゃってさあ~」

なんていうけれど、
そういう『妻』をもつヒトだからこそ、モテたのではないだろうか?



母上が病気で亡くなった経緯は、
ある日から時々母上がばばちゃまに「胃」のあたりが痛むと訴えたらしく、
当然ばばちゃまは医者に診せる事をすすめていたらしいが、


「お義母さあん、やっだあ~私の結婚前の職業何だかご存知デショ?」


なんて、変な自信からタカをくくってなかなか病院に行かなかったらしい。
で、行った時にはまさにコレこそ


『時既に遅し』。


よく聞く話だが、手術や出産で、一番騒ぐ&痛がるのはナースと医者という。
普段痛みを分かってあげているつもりで
患者さんを励ましたりする立場にいながらも、
いざ実際自分となるとダメらしい。
母上も同様だ。きっとお医者に診せるのが単に怖かったんであろう。



それから、胃の3分の2を除去と
次はもう他にも癌が転移してしまってコレ以上手の施し様が無いから、
とただ開けただけ、という計2回の手術を受けた。






ある夏休みの朝、私達兄弟が近所の公園で遊んでいたら、
ばばちゃまが走ってきてすぐに「お母さんのとこへ行こう」と呼びに来た。
病院について外科病棟のエレベーターの中で、ばばちゃまが



「覚悟しなきゃだよ。いいね?」



と私達に言った。




病室に入ると母方のばばちゃまも、叔母ちゃま達も来ていて、
母方のばばちゃまがしきりに母の体をさすりながら話しかけていた。
9歳だった私でも子供ながらにその光景を目にした瞬間


「あ、もう時間そんなにないんだな」


と思った記憶がある。


当時10歳だった兄上は母上のすぐ傍に行き、
何度も泣きながら「母上!母上!」と呼び、
5歳だった妹は父親の膝の上にちょこんと座り、
母上と父上の顔を交互にキョロキョロと見ていた。
とりわけ小さかった彼女は、その状況より何よりもきっと
「父上も泣いちゃうのかな??」などと思っていたんであろう。

私は、というと不思議な事に全く自分がその時どうしていたか記憶が無いのだ。
そして、数分後だろうか、兄上が




『ちくしょーーうッッ!!』




と物凄い声で叫んだ。
その叫びで母上が逝ってしまったんだ、と私も確信した。






この夏で、母上が亡くなって15年経つ。
母上は子供の教育に対し、
幼い頃はとにかく厳しく、大きくなったら仲良く、
というのが理想だったらしいので、私達子供は「厳しい」段階の母しか知らない。だから怖いイメージの方が強い。

でも大きくなってから父上が発刊した本を読んでも
実際母上の生前を知ってる方達に聞いても、
母上の事を「優しく明るい」とか「素敵な女性」と誰もがいう。

そんな面を知らない私達も悔しいが、
それを私達に表せずに逝ってしまった母上はもっと無念であっただろう。




たったの35歳で亡くなる、なんて
なんの為にこの世に母上は生を受けたのだろう?と思ったりもするけれど、
そんな母上のお陰で私達が産まれたわけで。
そして父上という男性に全身全霊をかけて愛される為に母上は存在し、
皆にいつまでも惜しまれる程の魅力を残した。





これからもずっと35歳の綺麗なままの母上。
彼女の年齢を越えるまでもう私は10年もかからない。
私はこれから先、あんな風に
母上が父上に愛された様に誰かに愛される事があるんだろうか?
そして、母上の享年の35歳になった時、どんな女性になっているんだろうか?


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