リュウちゃんの懐メロ人生

2010/03/28(日)09:23

リュウちゃんの花遍路(5)~奈良・郡山城址の桜

梅・桜・花のフォト(42)

  大和城跡 春高楼の 花の宴 リュウちゃん、前回の奈良・氷室神社に続きまして、大和郡山城の桜を見に行きました。実は3月26日の朝日新聞の夕刊に、「氷室神社のシダレ桜」と並んで、大和郡山の桜も紹介されていたのです。 それは、朝日関西版の4ページの「暦ナビ・旅する日本史」という大型記事で、かって郡山城主であった筒井順慶の「洞が峠」の逸話は、「峠の真偽 花のみぞ知る」というタイトルのコラムでした。コラムの内容はさておき、上記コラムのタイトルの下に掲載された大きなカラー写真にリュウちゃん、いっぺんに魅せられました。この写真は、郡山城址のお堀に向って垂れ下がった大きなシダレ桜のライトアップされた写真だったのです。「これは凄く美しい!是非、見に行きたい!」このコラムを読んだ後に、前回のブログの「奈良・氷室神社のシダレ桜」の小さなコラムを見つけたのです。この2つのコラムの相乗効果によりまして、セッカチで乗り易い性格のリュウちゃん、「27日には、この2つのシダレ桜のハシゴをしよう!」という信念で固まってしまったという訳なのでした。 この2つのコラムの衝撃度は、「郡山城址のシダレ桜」のほうが遥かに大きかったのですが、「氷室神社」のほうは、なにしろ「奈良で一番早く満開になる」、やはり「氷室神社のほうが先だな」という訳で、奈良公園から先に「花遍路」となった訳です。冒頭の写真は、朝日新聞のコラムに掲載された写真と、ほぼ同じ場所と思われる場所(城外の郡山城ホールの近くの道路)で撮影したものですが、やはり、ライトアップ効果なのか、はたまたカメラマンの腕の違いか、朝日の写真のほうが数等、良い出来栄えなのです。リュウちゃん、少し残念!なのです(下記にもう1枚、同じ角度から撮影した写真を入れます) この角度での撮影を終えて、城内に入る前に城外の小公園で満開を迎えていたシダレ桜です。この撮影を終えて、城内に入りました。  郡山城は上述しましたように、戦国時代の武将・筒井順慶の居城として有名ですが、その後、豊臣秀吉の弟・秀長、江戸時代には、本多氏、松平氏、5代将軍綱吉の側用人・柳沢吉保の一族が城主となりましたが、明治維新での「廃城令」により徹底的に破壊され、現在では石垣のみが往時のすがたを留めているのみです。城内には、奈良県屈指の名門公立高校であります郡山高校があります。以前には、もう1校、城内高校があったのですが、2004年に郡山高校に統合されました。本日、セーラー服の女子高生が、城内で茶席を設けていましたが、多分、郡山高校の茶道部の生徒さんだと思われました。 下の写真は、冒頭の城外から撮影したシダレ桜を、裏側(?)から撮影したものです。裏側から見ても美しい!のです。 上記のシダレ桜以外は、まだ咲き始めの段階で、多分、一番の見頃は来週末あたりになる筈です。 本日、朝日の朝刊の日曜版を見ていましたら、奈良県のシダレ桜の雄!大宇陀の又兵衛桜が、現在三分咲きで、3月末には見頃になるとの事、「梅は月ヶ瀬、桜は吉野」の吉野にも足を運ばないと、リュウちゃんは今年の春は越せないので、いよいよ「リュウちゃんの桜遍路」も来週末が佳境に入る予定です。姫路城の桜、和歌山城、彦根城の桜も見たいな!でも、そうなると、身体が幾つあっても足りませんね、人生、程々が肝心ですね。

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