リュウちゃんの懐メロ人生

2014/08/23(土)04:54

「命守るため、さよなら原発」~吉永小百合・朝日新聞インタビュー(3)

原発問題(42)

命を読む、つなぐ 柔らかい口調で少しでも心に沁みこむように、 前回のブログに続き、Q&A形式によるインタビューの続きを書いてみます。 (Q)被爆した広島と長崎へ向けて、「第二楽章」のCDを作りました。このCDに込めた意味は? (A)「CDを作る時、『戦後50年経った今は第一楽章ではなく、第二楽章に入っている』と、、、語り継いでいかないといけないけれど声高でもいけない。第二楽章はアダージョっていうか、ゆったりした楽曲が多いですよね、それで決めたタイトルです。柔らかい口調で人の心に少しでも沁み込んでいくものを作りたいという思いでした」 (注)「アダージョとは、音楽の速度記号の一つ」で、「ゆるやかに」という意味です。因みに、速度記号を遅い順番に挙げてみますと、「グラーヴェ~ラルゴ~アダージョ~レント~アンダンテ~モデラート~アレグロ~プレスト」となります。ベートーヴェン以前の交響曲では、大体、第一楽章が早いアレグロ、第二楽章がゆっくりしたアダージョかアンダンテ、第三楽章が(速度記号ではありませんが)メヌエットかスケルツォ~第四楽章がアレグロかプレストになっています。1995年に「アダージョ・カラヤン」というCDが発売され、大ヒットしましたが、これはゆるやかな音楽に癒しを求めたのだとリュウちゃんは考えています。 「アダージョ」は音楽の「ゆるキャラ」だ! (Q)1998年に広島を訪れた時には、『原発』の意識はあったのですか? (A)「86年にチェルノブイリの原発事故があり、その一週間後にウィーンに行きました。その時、ジャガイモやホウレンソウは一切食べてはいけないと。1000キロ離れているのに危険なんだと驚きましたが(その時には)強い懸念を持たなかった。3・11まで、、そこまでしっかりと考えなかったと思います」 (注)日本は世界唯一の原爆被爆国として、原水爆の反対運動は戦後、広汎な広がりを見せましたが、その反対運動の影で「原子力の平和利用」という大義名分の下に、原発の設置が政府主導の下で広範囲に進められました。 「原水爆はノーだが、平和利用の原発はOK」 というのが、3・11までの大半の国民の意見でした。 しかし、今や「原水爆=原発=核」が世界の常識です。両方とも、人類の手におえない危険極まりない代物だとリュウちゃんは思っています。 (Q)原発事故が起きた福島のことも、詩を通して発信するのですか? (A)「3・11の後、沢山の作品が福島で生まれました。和合亮一さんという高校の先生の詩や、子供たちもきちっとした詩を書いていますし。それを読み続けていくつもりです」 「出来れば『第二楽章』を広島、長崎、沖縄に続いて、『福島』のものも作りたい・いろいろと困難なこともありますが、やりたいと思っています。 (注)和合亮一さんのプロフィールは以下です。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E5%90%88%E4%BA%AE%E4%B8%80 (和合亮一さん) 以下に和合さんの代表的な詩「誰もいない福島」を貼り付けます。 誰もいない 福島 静かな雨の夜 静かなやさしさは私たちの心にある 冷たい風が 公園のブランコをかすかに動かして 競うようにして錆びた ブランコを漕ぐ 誰もいない 福島 静かな雨の夜 静かないつくしみは 私の母の心の奥にある 雨に濡れた道路の先を急ぐ 小さな沼は 豪雨の中で じっと黙っていた 下記のYou-Tubeは、「誰もいない福島」の合唱曲です。 http://www.youtube.com/watch?v=_kxYfr4Jqgc (Q)今年の都知事選で、脱・原発を訴えた細川護煕元首相を応援するメッセージを出しましたね、 (A)「日本の原発の事故を見て、ドイツでは原発をやめましょうと決めている訳です。でも日本はそうじゃない。やめたいと思っている方は沢山いると思うんですけど声を出す人は少ないですよね。だからやっぱり自分が思ったことは声を出したい、意思を伝えたいと考えました。仕事をしていく上でネックになることはこれからあると思いますけど、人間の命のほうが電力よりも大事じゃないか、という根本だけは忘れたくありません」 (注)反・原発を表明した芸能人としては、日本では山本太郎参議院議員が有名ですが、彼が反・原発活動を始めた途端、所属事務所を解雇されてしまい、芸能界からシャットアウトされてしまいました。一般的に日本の芸能界で反・原発を表明することは「タブー」なのです。 しかし、3・11の後、「脱原発をめざす女たちの会」が結成され、広汎な活動をしています。 http://www.nnpfem.com/ この会の芸能界の賛同人としては、吉永小百合さんの他に、大竹しのぶ、竹下景子、杉田かおる、松田美由紀の諸氏が名を連ねています。 (Q)影響を受けた人は? (A)坂本龍一さんです。事故の前から原発の危険性を話されていました。ご一緒したオックスフォード大学の朗読会でも、『核と人間は共存出来ない』と英語でスピーチなさって、感動しました」 「病気になられて、暫くそういう活動が出来ないということです。お元気になるまで、坂本さんの分までしっかりとやりたい」 (注)日本を代表するミュージシャンの一人である坂本龍一氏は、今年7月、中咽頭癌であることを公表、暫く治療に専念する為に休養宣言をしました。彼が具体的に反・原発活動を始めたのは、2007年7月16日に起きた新潟中越沖地震で柏崎刈羽原発が被害を受けたことに関して「おやすみなさい柏崎刈羽原発」という反対運動を起したことからのようです。3・11以降は「さよなら原発1000万人アクション」に、大江健三郎氏らと共に呼びかけ人の一人に名を連ねています。 http://sayonara-nukes.org/sayonara-nukes_w/(坂本龍一氏) (Q)10月公開の主演作「ふしぎな岬の物語」に込めた思いは? (A)「映画のテーマは、生きることと愛すること、命を受け継ぎ、リレーしていく形でシナリオが出来たと思います。戦争の時にそういうことって沢山あったでしょうし、私たちに身近なことは、3・11だったと思うのですね」 「(私自身も)父親が戦争に行き、たまたま病気になって船を下ろされ、帰って来たから私が生まれたのです。若し戦争に行っていれば戦死していたと思うし、私という人間はこの世に存在しなかった。生まれてきたことへの感謝をいつも持っていないといけないと思っています」 (Q)(最後に)読者へ伝えたいことはありますか? (A)「機会があったら広島や長崎に行き、資料館を見て頂きたい。そこから何かを感じ取って欲しいと思います。『私たち、忘れないでいようね』といいう思いが核兵器の廃絶につながって欲しい」 小百合さんが初プロデュースし、主演した映画「ふしぎな岬の物語」の公式サイトは以下です(この公式サイトの中に予告編の動画も含まれています) http://www.misaki-cafe.jp/index.html この映画は8月21日に開幕した北米最大の映画祭である(第38回)モントリオール世界映画祭のワールド・コンペティション部門に出品されました。過去、日本映画では、「おくりびと」など3作品がグラン・プリを受賞しています。 小百合さんプロデュース&主演の「ふしぎな岬の物語」が4度目のグラン・プリを受賞することを切に期待します!

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