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カテゴリ:生き方
毎年この時期には年賀はがきを出す準備に追われていた けれど今年は出さないと決めた 11月の半ばに94歳の母が緩和ケアになった 年も年だからどこか覚悟もしていた 後残された時間を穏やかに過ごしてくれればそれでいいと思った それまで面会も月に二回だけで それもガラス越しだったのが 緩和ケアになってから毎日午前午後の面会が母の枕元で出来るようになった そのお陰で近くに住む兄と弟はほぼ毎日面会に行くようになり 親戚や母のことを思ってくれる人が交代で面会してくれるようになった 遠くに住み簡単に会いに行けない私と姉も11月には二回二人で電車で面会に行った 姉の長男夫婦も遠くから会いに駆け付け 私の三男も同じく遠くから駆け付けた 私は姉と二人での面会の他におっちゃんと3回面会に車で行き 11月と12月の二か月で合計5回片道500キロ離れた母の元へ通った そして母の気力、体力が徐々に落ちていく様を見てきた 今母が何とかその命の灯を灯してくれているのは 他に持病もなく、心臓も強いからなのか それとも、ずっと十分な面会が出来ずで寂しくて生きる気力もなくなっていたのが ここにきて皆の顔を見て少し生きる気力を取り戻したからなのか 何が母を頑張らせてくれているのかわからないが 奇跡のように何とか年を越してくれそうだと思う 年賀はがきは皆が元気だから、知人や友人に報告を出来るんだと思った 母の今の状況では、どう報告することも出来ない 今月の13日の面会時に、母の手を握ったりさすったりしながら 本当に頑張って頑張って生きてきた母に 「いままで、よく頑張ってきたよね、すごいと思う。誇りに思っているよ。 私は最近よくお母さんにそっくりになってきたと言われるよ。 すごく嬉しいよ。お母さんの子供に生まれて来て本当に良かったよ。 みんなお母さんのことが大好きだから会いに来てくれているんだよ。 また、○○に会いに来るから、少しでも食べて元気でいてね。大好きだよ。」と 何度も何度も昔話をしながら母に伝えた。 もう、ちゃんと次に会った時には会話が繋がらないかもしれないと思ったから・・・・ 母は「(涙を流して)褒められて嬉しい」と、ちゃんと私の顔を見ながら言った 私も傍にいたおっちゃんも弟も涙を流していた 別れ際の握手をした時の母の手には力がこもっていた・・何度も何度も 「また来るからね」と言いながら、枕元から離れた 25日に面会に行った時、母は眠かったのかもしれない。 それでも今までは声を掛ければ 目を開けて私の顔を見たり、嬉しそうな表情を見せてくれた それなのに、今回は手をさすっても、肩を軽く叩いても、目を開けてと声をかけても 全然目を開けてくれなかった 瞼をピクピクはさせても、声は聞こえているのかも?と思うような、 口元が少し緩んだ位で殆ど反応がなかった 介護士さんに聞くとまぁまぁ食べていますと言われたので大丈夫だとは思うけれど すごく寂しく感じて・・でもこの前の面会時に母に感謝の気持ちをしっかり伝えて おくことが出来て良かったと思った 後何回、母に面会出来るのかな?その時にちゃんと私のことをわかってくれるのかな? もうすぐ年越しだけど、何とか気持ち穏やかに年末年始を迎えられますように お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2025.12.27 15:52:39
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