保守と言う事
にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村 この国の在り方を維持し、穏やかに発展させる役目を担おうと言う人たちを、保守主義と言うのだから、日本保守党はその党の名称とは異なり、保守主義の人たちの団体では無いだろう。 日本保守党の人たちは、神話と教育勅語を国家の柱にでもしたいらしい。また、神話や教育勅語を憲法の中に規定したいらしいが、無理である。 それはそれとして、この様に、国家体制の変更を言う人を保守とは言わないのである。 彼等は政治的な中道でも無く、では左翼思想家かと言うと、これも全く違う。 彼等の様に、国家を過去の体制に戻したがるところだけを見ると、保守党の人たちは復古主義者だと言うのが正確である。 過去にも王政復古とか言ったものがあったが、あの時言われた復古と同じだ。 また、もう一つの個性的な特徴から見れば、彼等日本保守党の人たちは、保守と言うよりも立派な右翼思想家の集団だろう。 神話、教育勅語と来れば、つまりは国家の真ん中に、また天皇を据えたいのだろう、元首にしたいと言うのだろう。 なんとか『日本国憲法』中に、神話と教育勅語を規定し直したら、天皇を中心にして全体主義の体制を作りたいとする所などは、正しく極右思想家の党だと言えるのではなかろうか?若し、これが違うとしたら、保守党は一体、何がしたい政党なのだろう? 憲法に神話や教育勅語を規定したいならそれは、国家神道の復活を言うのだから、紛れも無く日本保守党の目的は、極右思想の政党を造る事を意図したものだろう。 日本保守党は、上に記したところが明らかに保守とは異なるのである。だから彼らにはどうしても、おや?と、違和感を覚えてしまう。 ところで、日本第一主義を唱えている政党がもう一つある。だが、彼等もまた、自分たちが右翼の政党であるとは言わない。「国民政党の参政党です」と名乗っている。 参政党には、保守党には無いある程度は明確な彼らなりの憲法の案がある、その中身を見れば、これもまた、保守党と同じく、紛れも無く立派な右翼思想だ。天皇や神話に関して憲法案に規定し、神話の哲学を義務化。天皇を中心に国民が家族の様に助け合う国を目指すと言う。参政党のこの点などは、国家社会主義にも見える。 彼等参政党や保守党は、どうして例えば右翼政党として堂々と「日本党」と言う風に、右翼である事を宣言しないのだろう?彼らの主張やその憲法案は、どう見ても立派な右翼思想なのに。 いっその事、日本保守党は参政党と一つにまとまって、右翼思想家の政党「日本党」を創れば良いのである。 この党名は、飽くまで私見による一例に過ぎないが、私はそうしない彼等が不思議なのである。 今回、彼らの支持に回った自民党の支持者たちは、二つも三つもに割れるほどバラバラだったのか? 政治の場でもそう見えるが、日本人はこういう時にまとまれない。目的のために些細な差異を越えて、他者とのチームワークが中々出来ないまた、しない人たちが多く、他との協力関係があまり見なられない。 政党を作るなら自発的に、より自分と近い他者と協力するのが理に適っており、ずっと民主的なのに、日本人は何故かそうで無く、別々バラバラな動き方を示す。それが政治政党の場合、それは時に身勝手とさえ見える。 海外にいて、日本人の団体を見ているとこれと同じ事がしばしば起きる。と、言うよりも他国にいると、日本人の短所が一層目に付きやすくなると言った方が正確なのかも知れない。 例え日本人が同じ組織内にいても、日本人同士にもかかわらず、互いに我を張ってちっとも協力しないのである。 この点、積極的に誰か他の人と協力し合おうとする欧米人と対照的だ。 だから私は、海外の赴任先では、日本人とほとんど付き合いが無かった。個人的に知り合ったほかの組織の日本人メンバーなどは別として、その他は年に一回二回、お義理の会合で顔を合わせる位がせいぜいだった。 大方の日本の人は現地の言葉も話せず、自分では「肉屋で肉の部位の名称が分からないから」と言って、決して自分では買い物一つしない人もいた。それどころか、現地でその国の友人も作ろうとしない人たちが圧倒的に多い。 驚くべき事だが、これが日本人の海外赴任先での平均的な行動パターンなのである。だから折角の赴任地なのに、ほとんど何一つ学ばずに過ごしてしまう人が多い。酷い場合はその赴任先の国の人たちを、あからさまに差別的に言う。 その有様は、見ていてあまりに悲しいものである。 つまり、せっかく海外に赴任しても、大方の人は日本人だけの「村社会」に閉じこもって終わるのが平均的なパターンなのだ。 その「村社会」に籠っても、互いに建設的な事は何も無い。だから、たまの仕事を離れたそういう会合で会っても、この人たちは詰まらないな、と思っておしまいだ、お義理で会うだけなのだから。 保守党や参政党を見ていると、当時のあの、他者とのチームワークが出来ない日本人の姿を、どうしても思い浮かべてしまうのである。 かく言う私は、すぐに現地の日系人に間違われ、道を尋ねられる方だったが。 人種や国などにはかかわらずに、他者との協力が通例、当たり前になると、却って良い仕事が出来るとか、アイディアが出るとか、一層幅が広がって、楽しく色々な事を発見が出来るものだが、日本人にはどうもまだ些細な「毛色」の違いから、他者とのチームワークを嫌がる様にも見える。 憲法も、もう時間的、時代的に遅れた点は無論だが、こうした日本人特有の性格から生じた遅れや「ズレ」を、二十一世紀の今に合わせる要アリとして、一層発展進歩させるところに意義があるのだと思う。 戦争したがるばかりが改憲では無いのだ。 若しも憲法上戦争を可能としたら、必ずそこに過去の亡霊が現れる。そこに、全体主義で無ければダメだとか、天皇陛下は神なんだとか、変てこな理屈と、果ては「忠孝の論理」までが顔を出す。 都合よく軍国主義が息を吹き返すまで、さして時間は掛からないだろう。 軍隊が復活し、従軍が義務になり戦争が普通の事になったとしたら、多くの戦争の傷跡が、再びそこに残るのだ。それは決して「名誉」でもなんでもない。傷つき病んだ戦争の犠牲者が出るのは無論、軍国主義や全体主義に影響された人間の行動は、戦争が生んだ問題の多くを、次代に持ち越してしまうのである。 太平洋戦争の時、若くして戦争を生き抜いた人たちが、敗戦後なお「信仰」し続けた全体主義の行動パターンがあった。 それは、軍隊式の胴間声で一同を怒鳴り散らし、それで自分が偉くなったのだと錯覚し、それが慣習化した人、野蛮な号令一下、ロボットみたいな行進を強いる人など、様々な乱暴、暴力的な行動パターンである。 軍隊式の社会で乱雑粗雑な扱いを受けた人たちは、そうでない人にまで、軍隊式で乱雑な扱いを強いる。軍隊式のそれが内面化され、正義としてその慣習が、内面にこびりついていると言う、ただそれだけの理由からである。要は「自分もそうされたから」他人にもそうするのである。 戦争や、軍隊式の行動に由来する影響が、社会からようやく抜け去るまでには、軍隊や全体主義が消えてから、更に何十年と言う年月が必要になる。その傷跡は様々な形をとって、長く世の中に留まっているからだ。そして、それを残した人たちもまた、全て戦争の犠牲者なのである。 日本の社会にもまだ尚、そういう「戦争時代」の傷跡が、故無き差別や理不尽という「遺産」を後世に残す。正当化され今に受け継がれたその「遺産」は、因習と言う形で今なお社会に残存しているではないか。戦争が残す影響は、この様なものである。それは世代を超えて付いて回るのだ。 どうだろう?それを考えるだけでも気が遠くなり、背筋が寒くならないだろうか? これでもまだ、戦争をしたい人がいるだろうか?軍隊が欲しいか?その信念が、国と国民を滅ぼす事がある。この前それが、起きたではないか。 ただでさえ、意識さえせずになされる様々の差別が多く、殊更に排外主義的なこの国を、これとは逆に、尚一層国際色が豊かで、正直な開かれたものにして行く努力を重ねる事こそ、今最も大切なのだ。 閉鎖的で、もうどうにも国が成り立たなくなってからでは遅いのである。にほんブログ村にほんブログ村