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2024/07/25
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カテゴリ:小説


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                   異変。たえざる悪意  
                      
                             

 悪意のなせる時空の一元化は悪意らしくしつこいものだった。山本もこの一撃にやられた。

「や!山本長官っ!!」
「長官殿!!」
「俺は臍の中にいるよーおお!」
「おい!長官殿を!早く軍医に診せるんだっ!」

 悪意に限りは無かった。般若が起こす時空の一元化は悪意の仕業で無かった分、可愛いものだ。
いよいよ所を得たりと、悪意は以前に般若が人類にしてみせた事を、もっと醜悪に、残忍に、やって見せねば気が済まぬのだ。
 その、悪意に満ちた笑い声は異空間で響いた。

  いー!っひっひっひーいいいいいいいいいいいいっ!!!!!

 艦内には悪意の嘲笑が響き渡っている。明るいインド洋の陽は遮られ、海も艦も真っ暗闇に覆われた。

  いー!
  ひっひっひーいいいいいいいいいいいっ!
  仇をうってくれる!

  仇を!うってくれるう!

「なんの仇だ!迷惑なっ!」
 
 仇じゃ!かたきーいいいいいいいっ!

 戦艦『大和』では、その幹部らがみな、おかしくなった。般若が以前、やってみせたこととはちがって 悪意がする事だ。生半可な業では済まさぬぞ、というその強い意思が見窺えた。
 つい今しがた、青く光っていたインド洋の空も海も真っ暗だ。どうしようもないほどの闇だ。絶望という事はこういう闇を言うのだろう。この闇の中で山本五十六も傍でみればすでにこの時、狂人に見えていた。それは山本だけでは無い。艦橋にいる者全てが、傍で見ていれば狂人に見えていただろう。事態は、般若事象のあの時よりも悪かった。
 横須賀の街を、顔の無い化け物どもが歩き回ったあの時の比ではない。『大和』の艦内には悪鬼どもが歩いている。その姿は、この世界のありとあらゆる悪を、人型にして歩かせたら、これら悪鬼になるだろうと思うような姿のものども、それが真っ暗な『大和』の艦内を歩いているのだ。悪鬼は人を食べてしまおうとか、血を吸ってしまおうとかいう訳では無い、人を使って自分の奴隷にしてしまおうと言うのだ。人間は悪鬼どもの操り人形として使われるのである。悪意は悪が人の形になったもの共だ、彼らは早速、戦艦『大和』とその乗員たちを人質に取ったのだ。
 
 後方から南雲機動部隊が付いてきている事を、悪鬼どもは知らないでいた。真っ暗闇になった海を、山本に従って後について来た南雲だったが、この奇怪な事象に彼もまた、慎重に行動しなければならぬ事を悟った。前方にいるはずの戦艦が、暗闇に溶け込んで見えなくなっている。通信も途絶えたままだ。と言う事は『大和』は今、明かりを灯さず、無電をも封鎖して航行していると言う事だ。戦艦が理由も無く明かりも灯さずに航行するはずは無い。まして無電封鎖までするとは、これは異常事態なのだ。南雲もまた敢えて、明かりを最小限度にして『大和』からはるか後方に占位した。いざとなったら南雲には航空機がある。もし必要なら航空機を送ってその様子を探れる。南雲の旗艦『赤城』は、『大和』の艦体が水平線の下にかくれるほど後方にいた。『大和』では、南雲が『赤城』で言った「大蛸が出るそうだぞ」の一声を可笑しがった事をきっかけに、それは始まった。蛸が出るそうだの一言が乗員の頭を混乱させ、自他の別を無くさせたのだ。ここにもやはり、信号或いは「符牒」が必要だったと言う事だが、だれもこれを意識してはいない。「大蛸が出るそうだぞ」のあとの、何がその役を果たしたのかさえ分からない。このひと声を発した、南雲の部隊では何も起きてはいないのだ。その引き金になった事を知る由も無く、南雲部隊は山本の旗艦『大和』を追随していた。




  地下のシェルターといえど時空は一元化し、さらに因果律の逆転が起こったのには誰もが困惑していた。
 シェルター内にいる各国首脳の中には、以前、日本人やアジアの民族が経験した幽霊の出没や、理由も無く突如そこに、あらぬ何かが出現する現象を初めて見た者も少なくない。シェルター内部に何が出現してもおかしくないのだ。この地下のシェルターにいる人たちの認識作用に支障がない事だけが幸いした。

「お化け屋敷ですよ、これは。考えようによってはとても面白い」内藤が言うと、皆もその気になってこの事態を楽しんだ。何せここにはアメリカ合衆国の首脳と側近、そして今は「国連国家日本」の首班となった内藤やその副官である荻野らが集まっているのだから、怖いものはない。たといここに、突如として悪鬼が現れたとしても、この首脳たちの敵ではない。内藤は神山に教わった数字の魔力を思い出し、この部屋にいる人数分のメモ用紙に「15」と書き込み、それをポケットに入れて置く様に言った。
「15は危機を転じる力があるそうですから。身に着けておいても悪い事はありません」
 あの時はまだ東京で、海野や神山も政府委員会に参加していた当時の出来事だったな、と内藤は回想した。化け物が日本の大都市部を徘徊し始めた頃の事だった。内藤は数字にそんな魔力があると初めて聞かされて、神山と言う学者の底知れない懐の広さ深さを、あの時に知ったのだ。この人物はただ者ではないな、と。
 科学者の海野も神山のする事に全幅の信頼を置いているのだ。それだけで、内藤の神山に対する信頼感を深める理由には十分だった。
 内藤が渡してくれたその小さなメモ用紙に込められた意味を悟り、皆は、それを大事にポケットに収めた。

 悪意の復讐劇はこうして始まった。

 (続く)


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Last updated  2025/04/22 03:44:06 AM



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