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THE Zuisouroku

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2025/05/16
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カテゴリ:小説



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                  改ざんされた『戦史』 


 アメリカ東海岸のボストン湾上に投錨している山本五十六の旗艦『筑摩』に小沢治三郎とハルゼイがやって来た。
 二人は再生した後に、このアメリカ合衆国の東海岸まで航行して来た山本の主力戦艦部隊への表敬訪問と言う口実を設けてわざわざ蘇った山本の顔を見に訪れたのだった。
中でもこの日、山本の親友で、米機動部隊を率いるハルゼイ海軍大将は心その心を浮き浮きさせ、山本、小沢、宇垣と自分を含めた四人で酒盛りをしようと、バーボンウイスキーを1ダース土産に持って来た。

「さあ!オザワよ!イソロクとその部下のなんつったあ?新しい参謀長。日本艦隊旗艦『筑摩』に着いたらすぐ、その新しい奴も一緒に早速、酒盛りだあ!今日は久々に飲もうや!」
 ハルゼイも小沢治三郎も長旅の疲れも見せず、彼が昇進させた二人のアテンダントに頼んで作らせた好物のホットドッグも大きな袋に一杯ぶら下げていた。
その良い匂いは歩いている二人にも香って来た。
「旨そうな匂いですねえ、ホットドッグですか!私も大好きで・・・」
 小沢もその頬を弛めてホットドッグに吊られ、ニコニコとそれを肴に飲むのを楽しみにしていた。

「おう!沢山持って来たからな!アテンダントの下士官を二人ばかり士官にしてやったら、喜んでなあ!それでこれを土産にと作ってくれたんだ。旨いぞお!何せこれは俺の、折り紙付きだからなあ!ホットドッグにはうるさいんだ俺は。」 
 ハルゼイは小沢を連れて尚その歩みを速め、埠頭の端へ行くと迎えのランチが彼らを待っていた。
 それは山本が座乗する旗艦『筑摩』から山本五十六が遣わしたランチで、先刻からハルゼイと小沢の二人をその埠頭で待っていたのだ。

「小沢閣下とハルゼイ閣下でありますかっ!」と若い少尉らしい日本海軍の士官が、きびきびとした動作で二人を出迎え、敬礼した。二人がそれへ答礼すると少尉は「こちらへどうぞ!」と、手ぶりを混じえて二人をランチへ促した。
 ランチの機関音が二人の耳に心地よく響いている。
 少尉はランチを埠頭からあっという間に旗艦まで走らせると、ラッタルの前で手際よく艇を停止させ先に立ってラッタルを上がり、案内役を務めた。
 そのラッタルの最上部まで来ると、少尉はまたきびきびと脇へ身を寄せて二人に敬礼し、直立不動の姿勢を取った。 



「よ~お!ハルゼイ!!小沢君!!」と声がした。声の主は当然山本五十六その人だ。山本はラッタルの上までハルゼイと小沢を出迎えてくれたのだった。
「さあさあ!遠慮は要らない。こっちへ!」
 山本は旗艦に定めた巡洋艦『筑摩』の甲板から二人を艦橋まで導きながら、二人と会話を交わした。

「いつもなら戦艦を旗艦に定めるところだが、参謀長が切れ者でね。旗艦は身軽な方が良いだろうってえんで、こいつが旗艦になったんだよ。そいつがまた宇垣と言う生真面目な奴で、その生真面目さで僕も逆に色々と気疲れをするんだよなあ。あいつも、もっと柔らかくなったら良いのだが、何せ人の性格と言う奴あ、そう簡単には変えられんもんさ」

 山本も何時に無く機嫌が良く、満面の笑顔を浮かべながらその口も軽やかに、一人新しい環境での日々を語り始めた。

「生真面目な男だとは聞いていたが、そんなに気骨の折れる参謀長なのかい?土産に酒を沢山盛って来たが、その宇垣と言ったか?そいつあ酒が飲めるんだろうねえ?」とハルゼイが少し怪訝そうに尋ねた。
「うむ‥。それは、分からないが。まだ彼と酒を酌み交わした事が無いもんでね。でも、嗜む程度には飲めると思うよ」
「そうか。それなら安心したよ。酒が飲めない奴は困るが」と、ハルゼイも笑みを浮かべた。
 小沢治三郎はいつもの通りに至って控え目だ。山本とハルゼイの様子を見ながら穏やかま顔で二人の話を聞いている。

「小沢君も元気そうで何よりだ。君は僕よりも先に一度死んだんだから、君は死と言う事について、僕の先輩格だね。然し、死後の世界ってえやつも、中々良いものだったよ。だって海野博士や、大洋君に麻衣さんも一緒だし、コロが可愛いのなんの!!それに時たまシヴァ神様も見舞ってくださるし。あのまま死んでりゃあ良かったぐらいだよ、あははは~!」
 こう言って山本は大笑いをしている。小沢はにこやかに「それなら何よりでしたなあ、長官。古代のインドを旅したお仲間たちが一緒だったら心強かったでしょう!」と答えた。

 皆が今いる『筑摩』は、1万トンの重巡洋艦だが船足は軽巡洋艦並みに早く、砲撃よりも対空戦闘を意図して作られた最新の艦だ。
 その作りは小さく、船足が軽快な所が強みなのである。

「宇垣君が、旗艦にはこれが良いってえんでこいつに決めたのさ。僕としては矢張り旗艦は戦艦が良いのだがなあ・・。宇垣はなかなか笑わない男でねえ、だが冗談の全く通じない奴でも無いので、どうか悪くは思わないでくれ」
「分かったよ、イソロク。ウガキと言う奴がそう言う男だと、オザワからも聞いているから安心してくれ。悪い様には思わんよ」
 ハルゼイは軽やかにこう答えると、小さめの巡洋艦の事とてすぐに艦橋の、固い鋼鉄の扉の前へと着いた。
 「ごとん!」と言う音を響かせて扉が開かれるとそこに早速、新しい山本の参謀長、宇垣纒海軍少将が立っていた。

 宇垣は皆へ敬礼し、身を脇に寄せて艦内へと招き入れ、自ら鋼鉄の扉を閉じた。

「お待ちしておりました。ハルゼイ閣下。小沢閣下!」
 宇垣がこう言うと、小沢がそれを受けて「おお、宇垣君!いつ以来だったかな?君も変わらん様で何より!」と、故意に意図しながら軽快な風に言葉をかけてやった。
 ハルゼイの手前もある。彼の生真面目さが逆に不快な男だと言う印象をハルゼイに与えないようにと、小沢は配慮していたのだ。小沢治三郎は直言居士ともあだ名される頑固一徹な男だが、海軍大学の校長を務めるほどな若者に対する優しい一面があった。また、自分の家の軒場を他人に貸して、母屋を現実に取られてしまう様なお人好しでもある。
 小沢の性格の根っこには、そういう細やかな側面もあった。
 だがいざ、戦闘となれば勇猛果敢な闘将であり、日本海軍随一の戦略家でもある。

 矢張り眉一つ動かさずに宇垣は、皆を艦橋の椅子へと導き従兵がそこにコーヒーを運んで来た。

「さあ。皆さんもこちらへ」宇垣は珈琲を配るのを手助けしながら皆を円形の小卓の前に並んだ小さな椅子に招き、そこでコーヒーを勧めた。

「おお!君がウガキか!俺がハルゼイだ。宜しくな!」
「お目に掛かれて光栄の至りです。ハルゼイ大将閣下」
「おう!これは俺の手土産だ!ホットドッグだよ。君も好きだと良いが・・」
「はい。わたくしもアメリカへ参りますと、これが大好物で・・」
「おう!なら良かった!丁度コーヒーもある事だし。食おう食おう!」
 
 ハルゼイが、大きな紙袋に入ったホットドッグを皆に勧めた。
 
 山本は、小沢との間の目くばせにの中に「これなら大丈夫」と言う意味合いを込めて二人、宇垣には分からぬ様に、顔を見合わせながら「ニヤリ」とした。

 重巡洋艦としては小振りの、未だ新しい対空戦闘艦の内部は、艦自体の小ささから来る手狭さが感じさせる様な圧迫感も無く逆に、まだワックスの匂いが取れ切っていないほどな新しい機器の快適さを感じさせた。

 ハルゼイはじめ、四人がコーヒー片手に土産のホットドッグに口をもぐもぐとさせていると宇垣は、皆がウイスキーのグラスにそれを注ぐ前にと、「唐突ですが・・」と、断りを入れてから一冊の分厚い本を丸い小卓の上に置いた。

 宇垣はそこで少し間を置いてから、こう切り出した。

「実は山本長官。小沢長官にも聞いていただきたい事があって・・」
「ん?なんだい」と山本。
 小沢は黙って宇垣の目を見た。
「本が変わっているんです・・。」
「と、言うと?一体・・?」と山本。
「はい。これは皆さんご存じの『戦史』シリーズですが、中味がちと変わっていまして、あたくしにはその理由が分かりませんので、お二人にお尋ねをしたいと思いまして。何かお聞きになってはおられませんか?」
「中味が?どんな風に変わったんだね?」
「はい。これを見て下さい」と宇垣がその本の前半部、三分の一程度の所に挟んだ栞を開いて、或る箇所を指した。

「ここですが。これは我々の認識と大きく相違する重大な見解でして、これが書かれた理由を何かご存じならお教えいただきたいと・・」
「どれ?う~む・・」と山本が、小卓に置かれた『戦史』のその箇所に目を通しながら、それを小沢やハルゼイにも示した。

「どんな事が書かれているか分からないが、そこがどうだと言うんだい?」
 日本語の読めないハルゼイは山本らにこう聞いている。
「うむ。これは僕らの『戦史』なんだが、確かに見解の相違があるなあ・・。これあ一体、どうしたってえんだろう?」と山本が一人ごちる。

「さーあて。こりゃあ、あたくしにもわかりませんなあ。若しかするとこれは、誤植と言う事はあり得ないのでしょうか?」と小沢も唸った。 

「お二方にもお分かりになりませんか?」と宇垣が尋ねた。

 そこにはなんと「忠孝」の論理が展開されていたのである。

 海軍の『戦史』に「忠孝」などと言う前近代的な中味は出て来ないはずだ。
「一体これは、どういう?」
 山本たちの元住んでいた日本と言う時空間では、この時空と違う『戦史』が書かれており、それはこの 時空の大日本帝国が、精神主義の根本原理に用いた陽明学の「忠孝」など、出て来るはずが無かったのだ。
 そもそも山本らが住んでいた時空の日本は、軍国主義国家ですら無く軍隊を、政治が主導する文民統制がきっちりと敷かれていた。
 海軍も矢張り政治が命じる通りの役割を果たし、軍が独走する様な世界では無かった。
 精神主義や全体主義思想は寧ろ海軍部内でも危険思想として禁じられているほどだ。

「は~あて?こりゃあ、なんかの間違いだよ宇垣君。あとで僕から『戦史』の編集部へ文句を言いに行ってやる」
 これを余りに怪訝に思った山本は、しばらくそれに目を通しながらこう言った。

「僕らの海軍はアメリカ合衆国と同じ文民主導の海軍だ。議会と政治家の命令が無かったら海軍は動けない。無論、陸さんも同じだよ。これは明らかにおかしい!」
「でも山本長官。実はわたくしもおかしいと思いましたので、図書室にあるこの『戦史』シリーズにざっと一通り、目を通して見ましたがご覧ください・・」と言って宇垣は、また別冊の『戦史』-Ⅱを示しながら言った。

 その表紙の見返りには、菊花の紋章がでかでかと描かれ、それと並ぶ右手の項には天皇の写真までが大きく掲載されている。

「あっ!これは陛下じゃあ無いか。何故『戦史』シリーズに天皇陛下の写真なんか・・」
 これには、流石に山本も黙った。
 暫くして山本は、凝っとその菊花紋を見ながら、やがてその顔を皆の方へとむけて「天皇は軍部にも政治にも、口出しは出来ないはずだが・・」と、呟いた。
「何かのイタズラとも思えませんねえ?」と小沢も言った。

 ハルゼイ一人がポカンと口を開けて皆の様子を見ていたが「何かあったのかい?一体その本が、どうしたんだ?」と尋ねるが、山本にも宇垣にもまた、小沢にさえもそれをハルゼイに対して説明するだけの言葉は浮かばなかった。

「おかしいんだよ・・。この本はまるで軍国主義だ・・」
 山本が、漸くこう口を開いた。
「軍国主義だってえ?ヒトラーじゃ、あるまいし?!」と、ハルゼイも驚いて両の目を剝いた。

 (続く)
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Last updated  2025/05/16 12:48:48 PM



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