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カテゴリ:音楽10行エッセイ
(一部、2008年9月7日および2009年6月12日とかぶります)
目下、佐藤竹善さんのブログでSING LIKE TALKINGの新作制作が着々と進んでいる様子をシェアしてくださっており、嬉しいです。 去年の「Radio Magic」終演後、ファン仲間の企画で集まってSLTに寄せ書きをしました。(2009.6.5参照) この時どなたかがDVDプレイヤーを持ってきて、SLTの武道館ライブのDVDを流していました。 これで久しぶりにSLTのステージでのブッチャー浅野祥之さんの雄姿を見て―やっぱり涙ぐんでしまった覚えが。 SLTと"再会"した翌年、1997年に初めて行ったライブの印象とその影響は今考えても相当強いですが ―もう思い出もサウンドも戻ってこないものとなって明日(4/20)で3年になります・・・ (去年のこの頃) (一昨年のこの頃) 考えてみたら、J&BやJとB、空と海と風と・・・、そしてThe Blues Powerなど、浅野さんのホームグラウンドといえそうなバンドのライブには行っておらず、悔やまれるのは確かです。 それでも、SLTやSALT BAND (ライブに行ったもののサイン会には並ばず帰った)、AOR Night(このとき「出待ち」してちゃっかり竹善さんのサインをもらってきました)、角松敏生さんにAGHARTAと、浅野さんのステージは結構観ています。 1997年にSLTのライブに行った時に知ったミュージシャン、特にSALTさん、タカさんこと沼澤尚さん、そしてブッチャー浅野さんのつながりで、後に色々な音楽の世界を知っていきました。 (2010.2.13参照) 2000年代に入ってから、渡英も手伝って自分の知っている音楽の世界が広がるのに、(国内では)この3人が結構重要な位置付けのようです。 一方では角松さんのライブに母と行っていた2000年以前は誰がどんなつながりか分かっておらず。 しかも母は熱しやすく冷めやすいので、私も角松さんのライブに行かなかったブランクが結構できてしまいました。 それで梶原順さん、本田雅人さん、青木智仁さんは知るのが大分遅れてしまうことに。 (2009.10.28参照) ブッチャー浅野さんが亡くなられたのを知ったとき、泣き過ぎて消耗したのが悪かったか、ショックからか、風邪を引いて気管支炎になってダウン ―同じ呼吸器系の病気を背負ってしまうとは、身体は正直です。 その後、ブルースパワーのDVDを観たとき、意外にも、浅野さんが一番やりたかった音楽への想いに少しでも触れられてよかったと思えたことから、彼らの最初で最後のアルバムも1年遅れでお気に入りの1枚に。 そのブルースパワーのアルバムのリリース日が浅野さんの命日になったことを思うと、浅野さんの無念さは計り知れません ―が、好きなミュージシャンつながりで知らない音楽の世界を知っていくという楽しみを改めて教えてくれたブルースパワーおよびblues.the-butcher-590213には、今では感謝です。 合掌 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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