|
カテゴリ:10行エッセイ もしくは未分類・未編集
↑ (好都合な事が重なり、自分に都合の良いように事が運ぶことのたとえ)
中学1年の時だったか、地元のウォークラリーイベントに父と妹と一緒に参加した時、こんなクイズが出ており、 言うまでもなく正解は「葱」なのを、「鍋」と答えてしまった憶えがあります。 cf. 電子辞書の「故事ことわざ辞典」 …年明早々なんだいきなり、ですって? 昨年の年越し蕎麦に「鶏なんば」を作ろうと食材を用意していたものの、持っていたはずのレシピが見当たらず、 台所の書棚をごそごそやって、かつてスーパーで集めた料理冊子で「鴨南年越しそば」のレシピを見つけ、"よし、これを参考に" 見ると料理名の上に「年越しは鴨とねぎのそばで」 これがホントの「鴨が葱をしょって来る」ってか …などとつまらん事を考えてしまったのでした。 そこで問題が。 「喪中に年越し蕎麦は是か非か?」 調べてみたら、葬儀会社や石材販売店など複数のサイトで「年越し蕎麦は祝い事や神事とは無関係の縁起やゲン担ぎなのでOK」とのこと。 他にも、ざっくりまとめると OK…大掃除、忘年会・新年会、「良いお年を」という挨拶、お歳暮(遅れた場合に「お年賀」として贈るのはNG)、除夜の鐘を鳴らす、お雑煮(普段の食事としてなら)、お年玉 NG…正月飾り、「おめでとう」を含む新年の挨拶、おせち料理、初詣(お寺はOK、神社はNG) ―あと、年賀状 なお、既述のとおり夫がクリスチャンで、キリスト教に喪中の風習はないのですが…私は受洗していない上、ここは日本ってことで。 cf. https://www.koekisha.co.jp/chiebukuro/mourning-new-year/#section886_0 https://soogi.jp/news/1838#subItem0-0 今年2026年が丙午だとは、少なくとも「2025年問題(団塊の世代が全員後期高齢者になる)」について知った時点で気付いていました。 だから万博より2025年問題だろーが、と今頃言うのも…ですが。 その当時、既に1966年の丙午よりも出生数・率とも低い状態が30年は続いている中、今年また出生数が減少したら、お上は自らの無策を棚に上げて丙午の迷信のせいにするんだろうか…と想像した事は、年明け一発目の備忘録として残させていただきます。 cf. https://niptjapan.com/column/birth-rate/ 令和3年少子化社会対策白書 法事の食事会のような場で「故人は湿っぽい事が嫌いだった」として会話や楽しい食事の場を持つことを控える必要はないと促すことがありますが、 どうやら祖父は「湿っぽい」部類の御仁だったようです ―が、 本日は笑い・もしくは和みで締めましょう、ってことで 「猫ちゃんを探せ!」 本年も何卒よろしくお願いいたします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|