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まろ0301

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2012.01.28
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1月28日

 普仏戦争で1871年の1月28日に首都パリが占領される。

 

 普仏戦争は、1870年の7月19日におこり1871年の5月10日まで続いた戦争である。この戦争の結果、ドイツ帝国が成立、パリ占領の10日前にプロイセン国王ヴィルヘルム2世はヴェルサイユ宮殿において盛大な戴冠式を挙行しドイツ皇帝となる。世界史の教科書に載っている絵では、白の軍服を着ているヴィスマルクの方が目立っているのだが。

 1871年の5月10日フランクフルト講和条約が締結されてフランスは正式に降伏した。

 普仏戦争(ふふつせんそう、仏: Guerre franco-allemande de 1870、独: Deutsch-Französischer Krieg)は、第二帝政期の1870年7月19日に起こり、1871年5月10日まで続いたフランスとプロイセン王国の間で行われた戦争である。ドイツ諸邦もプロイセン側に立って参戦したため独仏戦争とも呼ぶ他、フランス側では1870年戦争と呼称する。なお、プロイセン=フランス戦争と呼称している日本の世界史の教科書もある。

 私が今使用している山川の『世界の歴史 世界史A』では、「ドイツ=フランス(独仏)戦争」となっている。ところが、副読本として使用している浜島書店の『新詳 世界史図説』では、「プロイセン=フランス(普仏)戦争」と表記されている。

 たしか少し以前までは、「普仏戦争」で統一されていたと思う。この戦争の結果、ドイツ帝国が成立したのだから、この段階で「ドイツ」という名称を使うのは矛盾があると思うのだが、プロイセンとのみ戦おうとしていたフランスの思惑を裏切ってドイツ諸邦が参戦、実質的にこの段階で「ドイツ」は成立したとみる立場からは「ドイツ=フランス(独仏)戦争」という名称となるのだろう。

 歴史的用語や概念は、研究が進むにつれて変わり、その結果が教科書に取り入れられるスピードも早くなっている。

 ウォーラーステインの「世界システム論」なども取り入れた教科書記述となっている。

 人名の場合を一つだけ紹介しよう。

 たとえば、マゼランという人名。世界一周を成し遂げた艦隊の隊長である(もっとも本人はフィリピンで戦死して部下が世界一周を達成)。彼の名前はずっと「マゼラン」であったが、マゼラン(マガリャンイス)となり、マガリャンイス(マゼラン)となった。今の山川の教科書では、マゼランに戻っている。浜島の『世界史図説』では、マゼラン(マガリャンイス)。

 マードレ・デウスというポルトガルのバンドのメンバーの中に、ペドロ・アイレス・マガリャンエスという人がいることを「発見」したときは、「おおー!」と思ってしまった。

 一旦頭の中に入ってしまった表記はそんなに簡単に変えられるものではなく、さりとて研究の成果を無視する化石のような教科書でも・・・と思うところもあり、難しいものである。

 







Last updated  2012.01.28 13:37:43
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SEAL OF CAIN@ Re:世界史(2)アメリカ独立革命(06/03) まろさん、大変ご無沙汰しております。 少…
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