配給
市内パトロールした時の話おまわりさんのことで、変な話一日の内で、こんなに違う話となる昔の防空壕の話もあってね防空壕って、どこにあったのと すると家のすぐ近くにあったんだけど 遠くの方から来た人たちを いれて自分達は入れなかったというか、近くで我慢したそうだしかし、近くにあっても入らなかったんだ 草野の話米の話から、闇米の話になって 昔闇米には、手を 出さないと 栄養失調で亡くなったおまわりさんがいたんだとなんとも すごい話だ ここへ来て、平市内にて疎開するのに、名札に血液型と名前と行き先を かいて子供同士、手ぬぐいで手を 結んで 親もなく 秋田に歩いて行った話を聞かされた 炒った豆を 腰につけて歩くのが遅いので、大人の人に蹴られながら歩いた話手を 縛られた 真ん中の子供は、よいでなかったんだっとんーーー内郷にて、すーじっちは、生まれが 豊間だったんだけどそん時のおまわりさんは、闇米取り締まって 自分の家で食べていたんだとおまわりさんも、色々だな 今も色々だ 宗教団体に入ってるのもいるし そうそう、配給に米ぬかがあったんだと米ぬかって、古い箪笥が好きなおいらは米ぬかを 手ぬぐいの袋に入れて磨いて喜んでいた時あっけどそれを 配給にもらって何すんの?と聞くと米ぬかしいて、もち米ひいて 蒸かして食べたんだとんーーーーーそうなんだ おいらも、聞くだけではなんねからちゃんと言っといたおまわりさんも色々いるから、悪いことするおまわりさんは実名で言った方がいいって他に、真面目にやっている人が、報われないのでは駄目だからねほんとのことなら、実名で言ったほうがいいよと餓死した、おまわりさんのはなしを したんだけどね やっと、おいらの主治医が開業してくれたもんだから助かった浪江の避難した人が、いたんだけど会社は、被害が、少なかったんだけど 仕事が出来なくてと若い彼女は、言っていたどっち向いても、行き詰まりで別れぎわに、んじゃ頑張ってとは、言わないぞと言った 本当に、自分の仕事考えると、よいでないと思ったけど皆同じなんだな