451574 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

こちらは 映画や小説などの感想文(レビュー)です。

2006.01.31
XML
カテゴリ:仁徳
昨年から通院している歯科の受付テーブルに、先週からメダカがコップに入れて観賞されています。
ただの小さなガラスコップに、水と、気持ち程度の藻草、そしてメダカ数匹なのですが、今週も元気です。
受付の女性に、「元気だね。酸素とかあげているの?」と聞くと、水だけ取り替えているだけだという。
フツウ、段々と水中の酸素が無くなって、中の魚が水面まで空気を吸いに来るのだけれど、このメダカは元気に水中遊泳をしている。
良い人材が、良い環境を自然と創るのではないでしょうか。


では、昨日の日記の続き、「秋田の小学校経済教育」の話し。

この活動を詳細に紹介するとこうだ。
まずクラスの生徒を4~5名の班に分ける。この班がひとつの“会社”となり、各班のメンバーには全員役柄が付く。社長、広報、経理、販売など。担任の先生が、今年の販売品を決め、入荷し“会社”に支給する。去年はきりたんぽ、今年は地元の白米だ。この販売品を生徒はいかにして売るかを考えるのだ。映像では今年の米についての営業活動を紹介していて、ホームページで宣伝し注文をとり、郵送をしていた。

生徒は、どうしたら売れるか協力して知恵を絞り、米袋にオリジナルな手書きのラベルを貼ったり、米だけ送るのも味気ないから手紙を添えたり、都会の人は米虫がいると嫌がるだろうと新聞紙に拡げ丁寧に捕ったりしていた。
消費者を大切にする優しい心が芽生えていた。素晴らしい。
しかし、昨年のきりたんぽ販売時の生徒の反省を聞いて、ワタクシはこの授業は道徳にはなっているが、商人(アキンド)教育にはなっていないと感じた。
きりたんぽを地元の秋田市街地で直売した様子だったが、販売数は不振に終わったのだ。
生徒は振り返る。
「もっと大きな声を出して、安いですよとか元気に(アピール)すればよかったと思う」
「(チラシやHPなどの)広告が足りなかったと思う」
生徒の反省がこれでは、道徳教育にはなっていても商人教育にはなっていない。
こういう考えでは商人になれない。

なぜ、きりたんぽは売れなかったのか。
それは需要がないからだ。
産地である秋田ではきりたんぽなんて、今更なのだ。
大きな声で頑張って客寄せしても、チラシを汗水垂らしてポスティングしても、顧客に需要のないものは売れないということを教えないと商人教育にはならない。

今回の商品は秋田の人には需要がなかった。
商品をきりたんぽのまま変えられないのなら、どこの地域だったら売れるのか?
販売地域を変えられないなら、ここで需要とされているものは何か?
という思考力をつけさせないと、商人教育にはならない。

ワタクシは幼少の時、母からいくつかの教えをこうむった。
ひとつは、決して、女に手を上げてはならないということ。
もうひとつは、まじめにコツコツやっていれば必ずいつかはうまくいく。
正月に久しぶりに母とゆっくり話せた時、母からいただいた2つの格言をふたりで思い返したが、39年経ってワタクシは女性に手を上げたことは身内の姪っ子にもなく母の格言を守っているが、真面目にやっていればいつかうまくいくっていうのは誤りだったねと二人の意見はまとまった。

人のコミュニケーションは、相手の真の需要を満たして成立する。
20年近く前に、大学の経営学部に通ったのだが、こういうことを教えてくれた先生はいなかったな。
残念。

ps.うちの姪っ子ハルカちゃんは、世界一可愛いです。
 もう21歳で子供もいますが、いつまでも世界一です♪


横尾けいすけ






最終更新日  2006.01.31 23:16:49
コメント(1) | コメントを書く
[仁徳] カテゴリの最新記事


PR

X

サイド自由欄

s262609_185459404964715_882752542_n.JPG

フリーページ

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.