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こちらは 映画や小説などの感想文(レビュー)です。

全82件 (82件中 41-50件目)

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社会風俗

2007.05.22
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カテゴリ:社会風俗
わたくしの携帯電話に、mixi(ミクシィ)の招待状が来ました。
誰からの招待状だろう?と、よくよく読んだら“mixi”ではなく“mixy”だった。
「このメールはmixyより送信されています。
あなた様宛に新しいmixyへの招待状が届きました。
コミュニティへ参加するには下記からプロフィール登録をして下さい。
http://xxxxxx.net/mixy-mb/
Copyright 2007 mixy. all rights reserved 」


午後には「NTTdocomo-お知らせ」という題名で“iコミュニティ”から似たようなメール。
「このメールはiコミュニティより送信されています。
あなた様宛にiコミュニティへの招待状が届きました。
コミュニティへ参加するには下記からアクセスして下さい。
http://xxxxxxxxx.net/docomo/
Copyright 2007 i-community. all rights reserved 」


両方ともURLにアクセスすると出会い系の様子。
あやしいので皆さんが受け取ったら無視しましょう。
本物の招待状には、その人の本名が表記されています。

名称を似つかわしくして安心感を策略するところは、中国国営の偽ディズニーランドと似ていますね。


博学研究家 横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
cayman450s@yahoo.co.jp








最終更新日  2007.05.22 22:59:54
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2007.05.15
カテゴリ:社会風俗
4月2日の日誌「赤ちゃんポスト」においても論議したが、慈恵病院は“捨て子の引き取り”の運営をスタートさせた。
わたくしはこれに反対派だが、その一方で慈恵病院の勇気ある社会貢献心に敬う。

このblog以外にも多くの方と赤ちゃんポストについて論じたが、時折、私はブラック・ユーモアで「最初の“客”がオバアチャンだったら笑うね。まるで姥捨て島だね!」とくくっていたが、事実はそれ以上にブラックだった。

初期に“投入”されたのは記憶能力のある3~4歳児の男の子であった。

全く持って、悲しげな日本国である。
3~4歳児の彼は親の顔も投入されたことも明確に記憶に残し生涯を過ごすのだ。
あなたが彼だったらどうだろう。
捨てられた事を把握できるだろうか。
「そんな親と過ごすより良いのではないか」との意見もあるかもしれない。
しかし、
“子は親を選べない”


横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
yokoo@keisuke.name







最終更新日  2007.05.15 22:56:59
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2007.05.14
カテゴリ:社会風俗
昨日は天気に恵まれ、絶好の撮影日和。このような晴天をカメラマン用語で“ピーカンな日”という。
先週から是非、撮影したいと思っていたのが、居住地の町田市に有る薬師池公園の旧家。
この公園には多摩丘陵地域に存在した旧家を移設し保存している。
2軒が重要文化財として、まるでそこに昔から有ったように落ち着いている。
わたくしは幼少の頃からこの2軒を知ってはいたが、関心は示さなかった。今になってやっと見たくなったのだ。

写真はそのうちの1軒で、17世紀末に造られたと思われる農家だ。
戦国時代の百姓の住まいなので簡素なのは容易に想像されるが、実際に自分達の御先祖さまがまるで物置小屋のような住居で一生を暮らしていたかと思うと感慨深い。
寝室兼リビングと、キッチン、トイレは外にある。
風呂は無い。風呂には入ったことがないのだ。
この意味では、ご先祖さまは現代のルンペンと同等の衛生状態だったのだろう。
御先祖さまを仏教用語では仏と言い敬うが、17世紀末も原始時代もたいした違いは無いのかもしれない。

さて、自慢の一眼レフで室内を撮影しようとして大変なことに気付いた。
こんなピーカンな晴天なのに、室内は真っ暗闇なのだ。
その理由は採光する窓が一部の部屋にしか無いのだ。
例えば、食事をするキッチン・リビングに匹敵する囲炉裏(いろり)の間は全く採光が無い。真っ暗でフラッシュがなんとか届く状態。
ピーカンな昼間だというのに、とにかく暗いのだ。
カメラを高感度モードに振っても追いつかない暗さだ。

現代日本の我々は恵まれていると確認しなくてはならない。


(トップ左上をクリックすると大きな写真が見られます。)


横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
yokoo@keisuke.name







最終更新日  2007.05.15 00:08:16
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2007.05.10
カテゴリ:社会風俗
昨年の今頃に、わたくしはこのblogを利用して「チーム・マイナス6%」を広報し続けてきた。
トップ画面の左上にもリンクを貼り付け、地球の温暖化(CO2排出量削減)を訴えていたのだ。
個人でも出来る限りの努力を十億人がすれば、物凄いパワーになる。
例えば、夏のエアコンのサーモスタッドを27度に皆がすれば温暖化を防ぐ結果がでるのだ。
しかし、人間とは利己的なもので、なかなか地球のことや子孫のことより今の快適を求めずに止まない。
その結果がこの記事で、
http://www.business-i.jp/news/world-page/news/200705100039a.nwcかえって酷くなってしまった。
他国を云々言うまえに己の国家が15%も悪くなったことに注目すべきだろう。
世界で先頭をきって、マイナスを実現できてこそ、誇るべき日本人であろう。


横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
yokoo@keisuke.name






最終更新日  2007.05.10 23:55:31
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2007.04.23
カテゴリ:社会風俗
人は、それが無い時代も幸せに豊かに暮らせたが、一度それを手にしてしまうと、それの無い世界など想像も出来ない。
それとは、自動車であり、チョコレートであり、携帯電話であり、そしてコンピューターである。

30才以上の方は幼少の時にはPCの無い生活を送っていたはずだ。それで充満していただろう。
しかし、今、PCの無い生活は苦悩だろう。わたくしも同じである。
人にとって(特に日本人にとって)、新しい文化機器は文明に直結する。
後戻りなど出来ない。

数学者の藤原正彦氏が言っていたが、決して現代人は先代の人より知性的ではない。先代人の発見を知識にしているだけなのだ。

以上を踏まえて、昔に飛行機が電話が冷蔵庫が新しい物であったが今は生活必需品であるように、今後はPCも必需品となるであろう。

そこで障害となるのがキーボードだ。
30近いキーが入力の必需となると全ての人に利用可能とならない。
なんせ、人類の全ての頭が良くなっているのではないのだから。

誰もが使えるコンピューターとは“対話型”だ。
人が課題を言葉で与え、コンピューターが言葉で答える。
これぞ最終型である。

そんな想像をした映画があった。
「2001年宇宙の旅」である。
この映画は1968年に公開されたが、今では過去となる2001年(21世紀)には対話型コンピューターが宇宙船で活躍するとのあらすじだ。
しかしいまだにそんなことは夢物語だ。
100年前後見誤ったかもしれない。
SF作家は暫し時代を誤るが、そんなことたいした問題ではない。大局の歴史の前では100年や200年の予測の誤りなどたいした失敗ではない。
映画では人口冬眠を繰り返し旅をする科学者と、コンピューターのハルがやりあうのだ。
ハルは学習熱心で常に習得している。
乗組員とチェスで遊んでいる瞬間にも宇宙力学を研究している。
そんなハルにも分からないことがあった。
自我だ。
自分とは何だ? 自分と双子の地球にいるコンピューターは何故違う答えを出すのか?・・・錯乱してしまう。

ハルほどトラブル・メーカーでないにしろ、対話型のPCが現れるでしょう。
あなたが老人になった時代に。


横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
yokoo@keisuke.name







最終更新日  2007.04.23 23:38:16
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2007.04.11
カテゴリ:社会風俗
散る桜 
残る桜も 散る桜

良寛


これは宗教家であり文人でもある良寛氏が晩年に創った歌と伝えられる。
70才の良寛氏が女弟子の30才の貞心尼に伝えたともいわれる。
我々は、この短い歌に“ものの無常”を感じるべきだ。
「春の日、ふと足元を見ると落ちて汚く散らばる桜の花びらが無数にある。同時に未だ枝にしっかり付いている花びらもある。しかし、その咲いている花びらも早ければ数分後、遅くとも数日後には足元に散らばる花びらとなるのだ。」
両者は少し時が違うだけのことで運命は結局同じということ。
そんな“あはれ”を彼は短い歌に完成させた.

努力してもしなくとも結果は同じと言っているのではない。
天命されている人生は、そういうものだ。と言っているのだ。

“あはれ”を感じることのできるのは日本人だけである。


横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
cayman450s@yahoo.co.jp







最終更新日  2007.04.11 23:46:56
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2007.04.03
カテゴリ:社会風俗
ちょっと逆光で色が出ませんでしたね。
本当は鮮やかなんですよ。

みなさんの街ではいかがですか。
軽井沢ではこれからかしら。


横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
cayman450s@yahoo.co.jp








最終更新日  2007.04.03 22:43:15
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2007.04.02
カテゴリ:社会風俗
あまりにも荒んだ話題であっても、それが現実なら見て見ぬふりをしてはならない。
特に倫理的な問題は、人により意見が分かれて当然だし、それについては幾らでも時間をかけて悩んでもよいのだ。

今回、みんなで検討したいのは、「赤ちゃんポスト」だ。

概要は、「出産した後に育てるのに困ったらコインロッカーに捨てないで赤ちゃんポストに入れて下さい。」なのだ。
断っておくが、犬や猫などのペットの話しではなく人間の赤子のことだ。

ウィキペディアにも解説されているように、12世紀頃から西洋では存在してきたようだ。現在もドイツでは公認に行われているようだ。

賛成推進派の意見は、「経済諸事情により産んだ子供を捨ててしまうという現実が実際に存在するのだから、対処せずにはいられない。命は救わなくてはならない。」である。
反対派の意見は、「そんなの作ったら捨て子が横行しちゃうだろう。」である。
あなたは、どう考えるだろうか。

ちなみに、わたくしの意見だが、真の貧困な社会なら赤ちゃんポストも必要かもしれぬが現在の日本では全く不要だと思う。
本当の貧困とは、3日近く食べられないことをいうのだ。
事実、我々の多くの御先祖様はそんな貧困を経験された。
あなたの家柄がどれだけ良かろうとも10代遡ればルンペン暮らしが必ず居る。
しかし今の時代に子供に食料を与えられないはずはない。
役所の頭を下げれば援助金も貰えるし、母親が我慢すれば子供の養育も出来るのだ。
(母親が我慢すればという表現に反発される輩もいるだろうが、私は事実として数回の離婚を繰り返し3人の子供を立派に育てた敬愛すべき女性を知っているからそう言うのだ。私より2歳年下の小柄な彼女は波乱万丈な人生だっただろうが日本国の援助も授かり、なにしろ本人の血まなこな努力により成し遂げた子育てだと敬服している。)

今回、慈恵病院は運営に踏み切った。
英断かもしれない。
しかし、その捨てられた子が将来にその事実を知ることになるのをどうしたらよいか考えているのだろうか。
「自分は親に捨てられたんだ・・・。」


横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
cayman450s@yahoo.co.jp






最終更新日  2007.04.03 00:18:40
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2007.03.24
カテゴリ:社会風俗
さきほど、世界フィギャースケート選手権で、安藤美姫さんが金メダルに輝きました。
素晴らしいことです。この大会で優勝すると、今年一年間“女王”と呼ばれます。
(あの荒川静香さんも女王になったことがあります。)
これからはミキティーなんて呼べません。
女王様とお呼びです。
本当におめでとう。


横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
cayman450s@yahoo.co.jp








最終更新日  2007.03.24 21:51:11
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2007.03.14
カテゴリ:社会風俗
昨日、愛媛・宇和島市で湾内に迷い込んだクジラを救出しようとした小型船が転覆しベテラン漁師1人が死亡という事故が起きた。
今朝、報道された映像は体長10mの大型クジラが漁船を簡単にひっくり返しているのを鮮明に記録していた。
亡くなった漁師さんには申し訳ないが、非道なわたくしはこの事件を見て「都会の腑抜け者じゃぁあるまいし、田舎町愛媛の漁師ならクジラを助けるなんて思わずに捕らえて隠れて食べたらよかっただろうに」と思って午前を過ごした。
クジラは日本人にとって食べる物なのだと思っていた。

しかし、なんたる偶然か、60才前後の品ある女性のリピーターさんに、
この話題を話していたら彼女は18才まで愛媛で生まれ育ったという。
彼女から教わったのは、愛媛では以前からクジラの座礁はあったのだという。
そして、狂乱的なクジラ保護がアメリカの圧力によって行われる前から愛媛ではクジラを救出していたそうだ。
愛媛の漁師が何故クジラを大切にしているかというと、クジラの塩吹雪を目指せばイワシを獲れるからだ。
クジラはイワシを追って近海まで来る。それを人間が少し頂けば確実な漁になる。
それで愛媛の漁師はクジラを敬っているのだと教わった。

TVの報道では、ライフジャケットを着けるべきだったとか、専門家に相談すべきだったとかコメントが展開されていたが、愛媛の漁師が何故助ける行動をとったのかについては観点がまるでなかった。
私は、よい知識を受診者さんから教わった。
日本人なら誰もがクジラを食べる物と思っていると固定観念していた私はショッキングな出来事であった。


横尾けいすけ Yokoo・D.B.Keisuke
cayman450s@yahoo.co.jp







最終更新日  2007.03.14 23:37:52
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