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2004.09.24
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カテゴリ:思い出
先日、休憩中の話題で、子育てや英才教育みたいな事について話していました。
なにやら3歳まではいろんな事を吸収しやすいから、英語の聴こえる環境に置いた方がいいのか?とか。
たしかに、目を見張る速度で、身も心も成長していきますからね。
そんな会話の中、久し振りに思い出したんだけど、私は小学校入学まで、日本語もおぼつかない子どもでした。
しゃべれるし、なんとなくひらがなも読めるんだけど、ひらがなが書けない。
幼稚園中退なんです。
ちなみに、父さんも母さんも妹も、理由は違うけど家族全員が幼稚園中退でした。
父さんの転勤で、金沢から東京に移った時、2才年下の妹はちょうど入園時期だったので、入園。
姉妹2人分の入学金はとても無理で、私は幼稚園中退となり、4~5才にして「家事手伝い」に。
なんとなく憶えている感情は、妹が幼稚園に行く時に「お母さんを独り占めできる!」と毎朝思っていた事と、妹が友達と帰って来た時に「幼稚園でいっぱい友達が出来ていいなあ、、、」でした。
エレクトーン教室にお遊び程度で通っただけで、自由気ままに生活していた私と母さんは、いざ小学校入学が近づいてから、ひらがなを書けない現実に気づく。
ひらがな練習帳みたいなのを母さんが買って来て、突然スパルタ教育が始まりました。
入学するまでにはなんとか書けるようになった気がする。
小学校に入学してからも大変だったようで、担任だった大楽先生にいろいろ気を使ってもらいました。
大楽先生は、そんな状態の焦らない私と焦っている母親を暖かく見守ってくれていました。
暖かく見守ってくれて、良いところを伸ばそうとしてくれる先生でした。
たった1年間しかお世話にならなかったんだけど、中学卒業するくらいまで、年賀状を書いていたなあ。
転校で色んな先生に出会ってきたけど、教育者っていうのはああいう人の事だなあと思います。
私個人としては、英語とかじゃなくて、気持ちが豊かになって欲しいので、気持ちのいい音楽とか素敵な絵本を読んだり、ほのぼの過ごせるようにしたいもんです。
子どもいないんですけどね。





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最終更新日  2004.09.25 22:21:09
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