2912327 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

ハイネの森

PR

Calendar

Category

Freepage List

Headline News

旅行(海外・国内問わず)とバレエ鑑賞が大好きです。

禁止ワードの設定で、コメント欄からリンクは貼れないようになっています。
2022.05.15
XML
カテゴリ:父の紀行文
(1995年に父が書いた原文のままなので、現在では変わっている部分もあるかもしれません)


西国第三十二番 観音正寺
      滋賀県蒲生郡安土町大字石寺2




西国霊場三大難所の一つといわれた観音正寺も、防災道路が参詣客に供用されるようになって解決した・・・と思ったら、1993年5月22日本堂から出火、本堂を全焼し、本尊の重要文化財千手千眼観音や、本堂の目玉の「人魚のミイラ」も焼失してしまった。

登山自動車道の取付きは少々わかりにくい。麓で通りすがりの老人に道を聞いたら、「ぜひお参りに行ってやって」と言われた。災害にあった寺の再建に、地元の人の支持が熱いことを知らされた。

五箇荘町が管理している登山道ー本来は防災道路ーは恐ろしく狭い。だからピークシーズンは交互通行となる。駐車場から寺までの道は、近江バスの観音寺口から登ってくる裏参道だ。表参道の有名な1000段以上の石段を上る人は随分と減ったらしい。石の隙間のあちこちに草が生えている。

境内の最も奥になる本堂跡には、悲惨な焼跡というイメージは消え去っていた。造園業者が入って大規模な造園工事が進行中。周辺の崖の斜面に、大きな自然石が数多く積上げてある。本堂の建っていたところは、まだ更地のままだが、完成予定図を見ると、堂々たる伽藍が立ち上がる模様だ。

現在は太子堂が仮本堂になっている。護摩堂・太子堂から本坊・庫裡に続く並びは災禍を免れている。書院では焼失した旧本尊の図を展示している。

本堂の裏の小径を林の中へ入ると、佐々木氏の城、観音正城跡に至る。中世の城の形式、典型的な山城だ。それにしては石積みがよく残っている。この城跡からは道は下りになり、沢筋伝いに桑寳寺(くわのみでら)へおりる。

防災道路を徒歩で登るのは、自動車の往来が激しくなかった今では危険を伴うが、湖東平野の展望が素晴らしい道だ。


(1995.06.29)


2004年(平成16年)に新しい本堂が落慶されています






Last updated  2022.05.15 12:10:05
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.