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優しさにつつまれて

2011年03月18日
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あたり前の生活を過せることが、どんなに幸せなことなのか。

それを痛感するのは、『希望』を無くした時。

一生懸命働いて得た物(家や地位)を無くすのも、ショックは大きい。

今までそこに居た人が、側に居ない不安。

今後の生活、健康への不安。

不安に占領された心から、『希望』が失われてしまう。

 

 

体調不良で寝込み始めた頃、中越沖地震の被災者となった。

 

小学生だった次男の安否がわからず、半日後に会えた時は泣けました。

 

ガス、水道は3週間以上復旧せず。

幸いなことに電気だけは停止せず。

 

歩いて十数分の学校が避難所。

私の体調が思わしくないことも有り、「電気があれば此処でも大丈夫だよ。」と、

家族は避難所へ行くことをやめ、家で余震に耐える日々を選択。

 

蓄えておいた米や乾物類もなくなり、

店も閉まっている。

当時中学生だった長男が、避難所へ食料(パンとか)をもらいに行ってくれた。

それは、避難所にいた私の友人から

「最初はさ、何も無かったけれど、

数日経ったら救援物資のパンやカップ麺とか、他にもいっぱい余ってるんだよ。

期限切れの物なんか、廃棄されてるのよ。勿体無い。」と教えてもらったから。

なのに・・・。

「避難所にいる人以外には、あげられない。」・・・と、追い返されたそうで。

悔しくて泣いたであろうその顔は、暗く落ち込んでいた。

 

数分後、ビニール袋にたくさんの食料を詰め込んで、友人の息子(長男の友だち)が、

息をきらし駆けて来た。

避難所に避難していた住民が、抗議したらしい。

「自宅にいる人だって、困っているのには変わらない。」と。

 

今回の震災でも、今後多くの物資が配給されるであろう。

お願いがある。

避難所以外の、自宅で震災に耐えている人たちにも、目を向けていただきたい。

 

 

それと、

今、

震災の被害を受けず(悲惨な映像や報道で心を痛めているであろうが)に、

昨日と変わらない(全く同じではないと思うが)生活を過せている人へ。

 

高齢者や子供を守って下さい。

震災の報道を見せながら、

「あんたたちは、まだ、幸せなんだよ!」なんて、

弱者を怯えさせないで。

だって、「あたりまえの生活」しているだけでしょ。

 

経験者の心にはストレスや、消せない悲しみが、

何年経ってもつきまとう。

 

経験していない人の脳は、想像力が働き、

もしかすると、

被災者や被災経験者以上のストレスやショックをもたらすのではと思う。

 

上手く言いたいことがまとまらない・・・。

つまり、

春に入学や社会へ・・。

新しい『希望の芽』を、おおいにお祝いし、応援し、

元気を吸い取らないでほしい。

 

昔、「同情するなら、金をくれ。」というドラマの台詞が流行ったね。

 

元気な人たちは、いつものように、 

働こう。動こう。笑おう。

そこから、

また、

この国は、立ち上がっていくような気がする。

元気な企業、元気な人材、明るい笑顔が・・・。

 

『元気』が『希望』を与える。

心や体が元気じゃないと、『希望』までの道のりが長いもん。

 

目に見えない「思いやり」の気持ちも、

被災者には届いているから。

 

〈追伸 〉1週間、節電のためもあり、仕立物をやめていた。

アイロンやミシンを使う仕事だから。

でも、

「こんな時だから・・。体調の良いときでいいから・・・。かれんさんの作品が見たいし、欲しいの。」と、地震のお見舞いと共に、多くのメールをもらった。

フラッシュバックする恐怖と悲しみで、体調も崩しておりましたが、

私、やっぱり、縫います。電気・・・ちょっと使わせてもらいますね。(いいのかな?)

最近は、寝込んでばかりいた私に、『希望』を与えて下さって、ありがとうございます。







最終更新日  2011年03月18日 15時41分21秒
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