2020/01/06(月)00:00
□■湊かなえ『ルビー』■□
祉…シ 施…シ、ほどこ(す) 設…セツ、もう(ける)
瀬戸内海の小さな島が私の古郷。懐かしい風景は一面の煙草畑。
摘み取られた黄緑色の葉が太陽の光を浴びて徐々に茶色に変化していくときに立ち上る香り
が私は好き。
築50年以上になる実家の隣に老人福祉施設ができました。母が裏の畑の水やりを
していると、「おーい、おーい、お嬢さん」と呼ぶ声が聞こえ、「お嬢さん」に
反応した母が思わず答えると、それからは、晴れた日は毎日のように、施設の6階
から声がかかるようになりました。
そのうち、父にも妹にも声がかかり、6階のおじいさんは「おーい、おーい」の
呼び声から「おいちゃん」とあだ名がつけられました。
母は『約束の丘』のシャーリー・ワトソン に似ていると言われてご機嫌。
おいちゃんに野菜を贈った母は、お礼の食事をご一緒にと、職員さんを介して誘
われました。都会から帰省していた私も含めて、一家で施設のおいちゃんの部屋に
招待されました。
その部屋は、外国の城のように豪勢でした。
母は、シャーリー・ワトソンが石油王から贈られたブローチの、イミテーション
だというブローチをプレゼントされます。
何の偏見もなく人を受け入れられる「母」の性格が光っています。お金がある
だけでは幸せになれなかった「おいちゃん」の人生が、最後に輝くものであったら
いいな、と願わずにいられません。
妹と私は「おいちゃん」の正体に思い当たるところがありますが、口外しない
ことにしました。ドラマチックな人生と、豪華な施設の秘密、私の人生の葛藤、妹
の恋と、盛りだくさんの要素がきらきら万華鏡のようです。
野良着に燦然と輝くブローチをつけ、母はおいちゃんに手を振り続けます。
引用および参照元:湊かなえ『サファイヤ』角川春樹事務所