☆阿…ア、くま、よ(る)、おもね(る)、ひさし、お
☆隈…ワイ、くま、すみ

「阿鼻叫喚(あびきょうかん)」…非常にむごたらしい様子。「阿鼻」も「叫喚」も地獄の名称
「阿諛追従(あゆついしょう)」…相手の機嫌を見て付き従う。へつらい、おもねる。金魚の糞、おべっか使い。
「阿」と「隈」はどちらもこざとへんの漢字で、「丘」の関係する意味を持ちます。共通する意味が、「山や川の入り組んだところ」です。
高村光太郎の『智恵子抄』の中でも有名な詩の1作『樹下の二人』の始まり、中継ぎ、最終章になるのが、
あれが阿多多羅(あたたら)山、
あの光るのが阿武隈川。
です。

阿武隈川は、智恵子の故郷、福島県二本松町を流れる河川。智恵子の実家は、二本松町近在の漆原という所にある造り酒屋でした。
智恵子は東京、目白の日本女子大学家政科に進学し、洋画に興味を持ち創作を始めました。大正3年、高村光太郎と知り合い結婚、家庭生活と、まとまった時間を要する創作との板挟みに悩み、肋膜を患ったこともあって、次第に統合失調症を患っていきます。
光太郎は智恵子の性格を「やさしいが勝ち気」「突き詰めるだけ突き詰めて考え、曖昧を許さず、妥協を卑しんだ」と分析しています
昭和7年にゼームス坂病院に入院、13年に亡くなりました。
それでは足をのびのびと投げ出して
このがらんと晴れ渡つた北国の木の香に満ちた空気を吸はう。
あなたそのもののやうなこのひんやりと快い、
すんなりと弾力ある雰囲気に肌を洗はう。
引用元:高村光太郎『智恵子抄』新潮文庫