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September 19, 2025
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カテゴリ:詩とやまと歌と


9月19日は正岡子規の命日、糸瓜忌です。「糸瓜」は子規が最期に残した俳句3首から命名されました。

子規庵の句碑から。


をととひのへちまの水も取らざりき
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
痰一斗糸瓜の水も間に合はず​​​

 糸瓜の水は、糸瓜の茎を切って取ります。咳止めや火傷の治療に使われました。子規の場合は、咳と痰切りのために服用したのでしょうが、亡くなる直前にはもう、糸瓜の水もとらなかったなあ、痰が出すぎて糸瓜の水も間に合わないくらいだ…と。


 子規は慶応3年生まれ。明治29年に子規庵で句会を開催、31年には歌会を開催しています。33年に大量の喀血をし、35年9月19日に死去しました。

 明治31年12月15日~書かれた『雲の日記』は、まだ元気だったころの著作です。

​​​空青くして上野の森の上に白く薄き雲少しばかり流れたる。いと心地よし。われこの雲を日和雲と名づく。午後雨雲やうやくひろがりて日は雲の裏を照す。散り残りたる余所(よそ)の黄葉淋しげに垣ごしにながめらるる。猫のそのそと庭を過ぐ。​​​​

 何気ない「写生」ですが、歌人・俳人らしい文章だなあと思います。

 子規は、絵が好きな人でした。絵を習ったこともありますし、洋画・日本画論争についても記述しています。実際病床で筆を執った植物のスケッチも残っています。
 ただ、本人が満足する腕ではなかったようで、絵が描けたら自分は俳句など作らなかったと言っています。
 おかげで、私たちは、子規の文章を介したスケッチを味わえることになりました。
 


                    *写真はいずれも子規庵にて。





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Last updated  September 19, 2025 12:00:16 AM
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