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テーマ:読書の愉しみ(1058)
カテゴリ:読みたい本
![]() 『音叉』の雅彦たちがデビューしたのは、大学2年のとき、1974年で、アイドルフォークバンドALFEEがレコードデビューした年と重なります。『音叉』のバンドメンバーやエピソードは、実在のALFEEとは異なりますが、時代背景は実際の歴史そのままに書かれています。 雅彦たちが高校生から大学生だった頃は、学園紛争が盛んだった時代から最後の燻りを見せる時代でした。 学生運動は、もともと学生生活や政治・社会問題について学生が主体になって考えていこうという運動でした。当時は今と違って大人の考えが絶対という風潮でしたから、若者が自主的に学問や政治・社会について関わっていこうという運動は、新しい時代を拓くために必要なものでした。 第2次世界大戦後、全学連(全日本学生自治会総連合)が結成され、1960年代に日米安全保障条約改定をめぐる反対運動を繰り広げ、闘争は過激化していきました。 1960年代末には各大学で大学紛争に発展し、学校が封鎖され授業が受けられない事態にもなりました(ロックアウト)。雅彦の高校は大学の敷地内にあったので、大学から飛び火して高校が封鎖される日もあったと書かれています。キャンバスは灰色でした。 1970年代に入ると、過激化に対して法制が施行され、一般学生や市民からの支持も失われ、運動は下火になっていきました。 1971年に、中核派による渋谷派出所襲撃事件が起こりました。犠牲になったのは、他県から応援に来ていた若い警察官でした。学生と同じように未来があったはずの彼は、人の原型をとどめないくらいの残酷な遺体になって生を終えました。 ほかにも3人の警察官が重軽傷を負い、無関係なのに巻き込まれた民間人もいました。 若い学生たちの積極的な行動に同調していた一般市民の心が、その過激ぶりに一気に彼らから離れていくきっかけになった事件でした。 ![]() 私は3歳下なので、1971年の時点で中学生、都内在住でしたが学園紛争も襲撃事件も遠い世界の出来事でした。 ただ、進学した新宿にある都立高校の生徒会室は、私たちが入学する前の年まで、学生運動に同調する生徒たちに占拠されていたのだそうです。荒れた部屋でした。 一方、その高校はかなり自由で、私服通学OKでした。 自主・自由を求める運動の出発点は間違っていなかったのですが、方向の舵取りは大きく逸れてしまいました。 若者が高校・大学で学習したりサークル活動をする自主・自由な時間が奪われてしまったのは大きな誤りでした。失われた時間は戻りません。「灰色のキャンバス」で授業もろくに受けられず過ごした学生の時間は巻き戻せません。 初めは大人たちの押し付けに対して、若者が自分たちの主義、権利を純粋に訴えてきた運動も、方向を間違えてただの暴力による押し付けになってしまいました。忌み嫌っていたはずの力の制圧に走ってしまったのでした。 雅彦は、ガールフレンドの響子に年上の活動家の彼がいたこと、彼女も真剣に革命について悩み苦しんできたことを知り、衝撃を受けます。自分にはなかった、革命運動というものに真摯に向き合う姿勢に打たれます。 少年と青年の狭間の、中途半端な年代の、未来への漠然とした不安、既成の価値観や与えられるものから離れたいと願いつつ、脱出しきれないもどかしさ…。まだ何者にもなれていない、未来が見通せなかった雅彦は、音楽に出会ったことで光指す方向をみつけることができました。これは、筆者の高見澤氏の体験でもありました 音叉の小さな音は多くの共鳴を呼び、今の時代まで鳴り響く音になっていくのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
November 13, 2025 12:00:09 AM
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