近代児童文学の父と言われる小川未明は、貧困に苦しんだ作家でした。
作品の中にも、社会的弱者や、貧しくても誠実に生きる人々が登場します。未明が描くのは、善人がも必ずしも報われない社会です。
『三月の空の下』には2人の医師が出てきます。
1人目Aはお金がなさそうな急患を切り捨てる医師でした。2人目の医師Bは貧困ゆえに十分な暖をとれない患者に心を痛めるような医師です。
Aの医院を訪ねたのに門前払いをくらって倒れた男を、Bは懸命に助けようとします。結局患者は亡くなってしまいますが、貯めたお金と水仙の球根をBに残します。
Bは男の遺産のおかげで慈善病院を建てて患者の助けになることができました。
この後、安定の勧善懲悪パターンだと、Bの医院は栄え、Aの医院は没落してしまう、という展開になるのですが、未明の作品では、Aには子孫があって医院はずっと続き、Bの医院は後継ぎがないので消滅してしまうのです。
未明は『貧乏線に終始して』で、自己の経験から、貧困の時代に苦しめられたのは、貧乏人の足元を見るような質屋・古物商に次いで、病気の場合だと言います。
未明の2人の子は夭逝しています。適切な医療を受けて健康であったら、苦しい世の中とはいえ幾らかでも生を享楽できたはずでした。
安く買いたたく質屋・古物商に対しては批判しますが、治療の対価を求める医師個人を批判するのではありません。ただ、その対価を払えない人もあることを、未明は悲しむのです。
『貧乏線に終始して』は、「この社会から、生きるための苦痛と悲劇をなくしたいものです。このことは、決して不可能なことではない。人間の力によって、ある程度までなされるということを、信じるからです。」と結ばれます。
『三月の空の下』の慈善病院があった空き地には、毎年3月になると根が残っている水仙の花が咲きます。水仙は青空の下で、何とも言えない悲しみを含んだ香気を放ちます。

現在、医学の進歩と保険診療制度などのおかげで、日本の幼児の死亡率は劇的に下がりました。「人間の力によって、ある程度まで」生きるための苦痛と悲劇はなくなってきました。
悲しみは尽きないのですが、水仙は年ごとに咲き続けます。
引用および参照元:小川未明『定本 小川未明童話全集10』講談社