2010/05/26(水)05:49
水戸八景その8、仙湖暮雪(せんこのぼせつ)
今から約180年ほど前、徳川斉昭公が、選定した【水戸八景】
ひとつずつ紹介します。
【水戸八景とは】
http://plaza.rakuten.co.jp/310sugipon/diary/201003220000/
今回は、いよいよ最後の8ヵ所目
仙湖暮雪(せんこのぼせつ)を紹介しましょう
偕楽園南崖にありますが、
わかりにくいので園内の地図を見て
いったほうがいいでしょう。
途中にある【南岸の洞窟】は水戸黄門こと光圀時代から
第9代藩主斉昭時代にかけて
「神崎岩」と呼ばれた石を採掘した跡の一つです。
ここは今まで見たことなかったなあ
偕楽園って広いと改めて思いました。
すぎポンは、水戸に長く住んでいますが、
仙湖暮雪の碑を今回はじめて見ました^^;
詩句: 雪時嘗賞仙湖景( 雪時かつて賞す仙湖の景)
石碑は、こんな場所に建っています
崖をあがったところには、
桜の大木があります。
見事な桜です。
見に行かれるときは、この桜を目印にすると
いいでしょうね。
というとこで、水戸八景紹介終わりです。
現在では、石碑を建てた当時と
景観が変わってしまったところが多かったです。
しかし、巌船夕照などは、
現在でも見事な景観を残しています。
茨城の観光に関する仕事をしている知人も
水戸八景のこと知らなかったので、
行政はももっとPRしてもいいと思います。
そして思ったのは、
選定した斉昭公は、水戸八景にしても
偕楽園にしても、後の観光資産とすることを
考えて作ったのではないかなあということです。
水戸八景は、1日で全部回ることが
チャレンジできる範囲にありますし、
実際当時はそうしていました。
偕楽園も藩の財政が苦しく、
経費節減をしている中で
あえて多額のお金をかけて作っているのです。
短期的には、お金がかかるけれど
将来は観光名所として、水戸藩の大切な宝物になるんだよ、
と言っているような気がします。
そういう意味で、斉昭公はやはり名君だったなあと
思うすぎポンでありました。