2353687 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

320life

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

プロフィール

ノマ@320life

ノマ@320life

サイド自由欄

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

カテゴリ

2020.03.07
XML
テーマ:読書(8137)
カテゴリ:【読書】未分類
本のタイトル・作者

渦 妹背山婦女庭訓 魂結び [ 大島 真寿美 ]


この本はどんな人におすすめ?

・人形浄瑠璃が好きな人
・時代物の小説が好きな人
・創作する人


本の目次・あらすじ

近松門左衛門の死後から半年---大阪、道頓堀。
人形浄瑠璃狂いの儒学者を父に生まれた赤子は、幼い頃から操り浄瑠璃を見て育った。
勉学に励むこともなく、浄瑠璃漬けの日々を送る放蕩息子に、父は「近松門左衛門から譲り受けた硯」を渡す。
そして彼は、近松半二を名乗り、作家としての人生を歩み始めた。
売れない下積み時代を経て人気作を連発し、彼はついに「妹背山婦女庭訓」を書く。
それは、これまでにない物語。
大入りとなったそれを最後にーーー彼は惰性で書く。あれ以上のものは書けないと。
時代の流れとともに、人形浄瑠璃も歌舞伎に押され下火となっていく。


引用

半二はふと、己の手をみた。指を動かしてみた。
握っていない筆がみえた気がした。
まだ書かれていない文字がみえた気がした。
わしはわしのためだけに浄瑠璃を書いてんのやない、とふいに半二は思う。たとえばわしは、治蔵を背負って書いとんのや。いや、それだけやない。それをいうなら、治蔵だけやのうて、筆を握って死んでった大勢の者らの念をすべて背負って書いとんのやないか。
ひょっとして浄瑠璃を書くとは、そういうことなのではないだろうか、と半二は思う。
この世もあの世も渾然となった渦のなかで、この人の世の凄まじさを詞章にしていく。


メモ・感想

2020年読書:24冊目
おすすめ度:★★★★★

見て、見て、見て。
書いて、書いて、書いて。
それだけをひたすらやっていた、近松半二。
その一生に魅了される。

直木賞受賞作ということで期待せずに読んだ。めっちゃ面白かった。
タイトルと表紙で損している気がする。

時代物なのに読みやすく、すんなり入ってくる。
続きが気になって、どんどん読んでしまった。

枠組みのなかにある物語が、あふれ出す。
観客と作り手。あの世とこの世。今につながる。過去に帰る。
渦の中に、巻き込まれる。

物語ること、について考えるとき。
書いていると、自分がその物語の一部になっているのだと気付く瞬間がある。
あれはいったい、何なんだろう。
物語ははじめからそこにあって、ただ自分はその声を聴いているだけなのだと思うあの感覚。
それを書き写せないもどかしさ。

読み終わった後は人形浄瑠璃が見たくなったし、妹背山婦女庭訓が読みたくなった。
前に仮名手本忠臣蔵を見に行ったけれど、睡魔に耐えるのに必死だった記憶しかない…。
今回、三浦しをん『仏果を得ず』『あやつられ文楽鑑賞』を読んでいたのでまだすんなり人形浄瑠璃のことが分かったのかも。文楽に興味を持った方は、こちらもおすすめです。



にほんブログ村 にほんブログ村へ

クリックで、あなたの「見たよ」を教えてください。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2020.03.07 00:00:16
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.