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カテゴリ:映画
「寄生獣 完結編」の、これが一番大切なテーマなんじゃないかってところを書きます。
以下ネタバレ。 前作では、テーマを「母」にしたそうだけど、完結編のテーマは「子」じゃないかなーっと思うのです。 だから、倉守の嫁がリストラされて父子家庭になって、子もクローズアップ。 (前作でシンイチ父がリストラされて母親がクローズアップされたのと対照的に) 倉守の「子」は死んで、田宮の「子」は生きる、この対比! そして、田宮が「子」を助けることが、シンイチの心も救うっていう。 そもそも、映画では「胸の穴」ってのがあんま強調してない。 (占い師なんて出てこないし) パラサイトと合体して強化人間になったってのも、ちゃんと表現してない。 シンイチの「涙が出ない」てのは、いわゆるPTSDのように見える。 傷付いて、心を閉ざして、悪ぶって。 自分を罰してるわけだ。 もちろん、シンイチに非はないんだけどさ。 お母ちゃん(ではないんだけど)に殺されて、自分でお母ちゃん(ではないんだけど)を殺した、っていう罪を背負っちゃってると思うのよ。 前作でそういうセリフあったよなー、「いい子になるからやめて」的な。 でも、殺されちゃったってことは、ボクは悪い子ってことだし、しかも母殺しもしたし、もう悪い悪い真っ黒、と自分を責める。 (もちろん、シンイチに非はない、シンイチが殺したのはパラサイトであって、母ではない、かといって簡単に納得できるもんではない) 無鉄砲にパラサイトを狩って周るのは、復讐というより贖罪ではないか。 それがまあ、田宮が命をかけて我が子(ではないんだけど)を救い、その子を受け取ることで、なんか許されたんじゃないかなー。 うまく言えないんだけど。 つまりさー、母がすごいってのはさー、子がいるからであって、子が大切なのよ、子には価値がある、命をかけるほどの。 だから、シンイチにも価値があるのよ。 シンイチが悪い子だから、お母ちゃんに殺されたんじゃないんだよ。 シンイチが「田宮の赤ん坊」を抱きしめる、そのシーンが、原作よりずっしりたっぷり使ってるように思う。 ほんで象徴的なのがさー、残骸後藤の始末が、鉈でぶった切るじゃなくて、抱き上げてから、火の海に落とすという、なんかエモーショナルなシーンでさー。 憎いパラサイトなら、足で蹴って落としてもいいじゃん。 でも大切なもののように、一度抱きしめるの。 「ごめんね、君は悪くない」 (ネットで見た感想で、これは火葬だ、っていう素敵な?解釈がありました) これねー、田宮の赤ちゃんを抱っこしてるのとかぶってるシーンと思う。 どっちも子どもなんだよ! でも、一人は救い、一人は消す。 大切なものを守るため、「悪くない」ものを殺さなくてはならない。 それが人間の業。 というより、生命としての業。 他の命を奪わなければ生きていけないし、種も残せない。 この決断で、シンイチは自分を許したように、パラサイトを許したんじゃないかなー。 生きるために、殺し殺され、そこにいいも悪いもないから、自分もパラサイトも憎まなくていいから。 生きているだけだから。 これで、「子」というテーマが最後まで通った! 最後に、ちょっと成長した田宮の子を登場させたのも、こう、狙ってるよね。 原作より、このキャラ大事にされてる。 素直に感動したんだなー。 後出しジャンケンで、出来上がってから見えてくるものがある。 もう出来上がった作品を解体して、深層心理のように潜ってたテーマを、浮かび上がらせたんじゃないかなー。 関連項目 【ネタバレ】「寄生獣 完結編」の感想その1/何故か許せる 【ネタバレ】「寄生獣 完結編」の感想その2/この改変がよかった 【ネタバレ】「寄生獣 完結編」の感想その4/思い出した話 【ネタバレ】映画「寄生獣」見た! 【ネタバレ】「寄生獣」雑感 【ネタバレ】「寄生獣」雑感その2 山崎貴監督関連 【ネタバレ】映画「永遠の0」感想 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2015.05.21 08:12:46
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