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カテゴリ:平和
戦後80年の慰霊の日。 6月23日は 日本軍司令官の自決により、 組織的戦闘が終結したとされる日。 (ただ司令官最後の命令が 「絶対に捕虜にならず、 最後の一人になるまで闘え」 というものであったため、 軍隊としては戦えなくなったものの、 各地で日本兵による抵抗が続いていった。 住民にとってはまだまだ 地獄の戦場は終わらなかった。 沖縄戦が正式に終わったのは 9月7日のことだった。) 慰霊の日。 沖縄戦で亡くなった方たちを偲び、 戦争の愚かさを再確認し、 恒久平和を希求する1日。 この日は沖縄中がいのりに包まれる。 ![]() 慰霊の日の朝日は 神の島・久高島の方角から昇る。 その光は平和の火の上を通り、 平和の礎の中央通路に真っ直ぐに差し込んでくる。 慰霊の日の日の出を見ようと、 朝早くから多くの人が集まっていた。 ![]() 魂魄(こんぱく)の塔。 1946年、沖縄戦が終わった翌年に 住民の手で最初に建てられた慰霊塔である。 沖縄の人たちは戦争が終わっても、 すぐには故郷に戻れなかった。 米軍統治下となり、故郷は米軍が使用、 住民は決められた場所に移動させられた。 ここ(米須)に収容されたのは 真和志村(現那覇市)の住民たち。 周辺には夥しい数の遺骨が散乱していた。 真和志村長だった金城和信氏は米軍に要請し、 遺骨収集隊を作り、周辺の遺骨を拾い集め、 もともと大きな窪地だったこの場所に 集めた遺骨を収めていった。 その数、約35000柱。 すべて身元のわからない骨たちだ。 亡くなった場所もわからず、 遺骨も戻らない戦争犠牲者の遺族たちは、 もしかしたらここに眠っているかもしれないと、 今も多くの方たちが訪れる場所。 今年も朝早くから参拝者が絶えなかった。 ![]() 平和祈念資料館。 琉球王国から沖縄戦に至る道、 沖縄戦の始まりから終わりまで、 そして戦後から現在までの 沖縄の歴史が学べる場所。 沖縄戦体験者の証言が多く収められている。 沖縄に来たらぜひ訪れてほしい。 戦後80年。 戦争を知らない世代が9割となり、 戦争の記憶が遠く薄れていく。 だからこそ今あらためて、 沖縄戦を知ってほしいと思う。 戦争の愚かさ、残酷さ、悲しさ、 それらがすべて詰まっている。 生活の場が戦場になるとはどういうことなのか? 軍隊と一緒に生活すると何が起こるのか? 人が人でなくなるほど追い詰められるとは、 いったいどんな状況なのか? そして戦争が終わっても、 人のからだに、心に、沖縄の大地に、 なお残り続ける深い傷跡も知ってほしい。 戦争を学ぶのは平和な未来を作るため。 二度と戦争のない未来のため。 「平和の武器は学習」 まずは知ることから始めてほしい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
June 29, 2025 07:42:56 AM
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