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教育基本法改正は何のためか

★★解決!池上彰のニュースのギモン

第45回 2006/11/21
教育基本法改正は何のためか


 教育基本法の改正案が11月16日、反対の野党欠席のまま衆議院を通過しました。これから
参議院で審議が行われます。これまでの国会審議は、審議時間は長かったのですが、その多くは、
いじめ問題やタウンミーティングでの「やらせ質問」についてのものが多く、基本法のあり方
についての審議は、決して深まったとは言えません。

 それにしても、なぜいま教育基本法を変えようというのでしょうか。教育基本法とは何か、
というところから考えましょう。

憲法と個別の法律の橋渡しが基本法

 教育基本法のような「基本法」という名前のつく法律は、その分野の個別の法律と憲法の
中間にあって、両者の橋渡しをする役割を果たす法律です。

 たとえば小学校や中学校でどんな教育をするのか、などの詳細について定めたものとしては、
学校教育法という法律があります。先生の資格に関しては教育職員免許法が決めています。
そうした個別の法律より上に位置し、そもそもの教育のあり方を定めたのが教育基本法です。

 憲法では第26条で、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく
教育を受ける権利を有する」とあり、さらに第2項で、「すべて国民は、法律の定めるところにより、
その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う。義務教育は、これを無償とする」と
規定してあります。

 ちなみに「義務教育」というのは、子どもが教育を受ける義務があるという意味ではありません。
親など保護者が子どもに教育を受けさせる義務がある、という意味なのです。

 憲法のこの規定にもとづき、教育基本法は第4条で、「国民は、その保護する子女に、9年の
普通教育を受けさせる義務を負う」とあり、さらに第2項で、「国又は地方公共団体の設置する
学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない」と書いてあります。

 憲法で「教育を受ける権利」と、「子どもに教育を受けさせる義務」があることを定めた上で、
教育基本法で、その義務教育とは9年であることを定めているのです。9年の内訳については、
さらに学校教育法で、小学校は6年、中学校は3年の教育であることを規定している、という
構造になっています。

 また、憲法で「義務教育は無償」と規定し、教育基本法で、国や地方公共団体の学校の
義務教育の授業料を徴収しないと書くことで、「義務教育は無償」の意味を明らかにしているのです。

 これが環境問題となりますと、環境基本法という基本になる法律があり、環境保護についての
個別の法律より上位に位置します。

 憲法第25条で、「健康で文化的な生活」を営む権利があることを規定し、環境基本法第1条で、
「国民の健康で文化的な生活」の確保に寄与するため、国や地方公共団体、事業者、国民が
環境保全に取り組む責務について規定しています。

 その上で、環境を守るためのさまざまな規制を定めた個別の法律が存在するのです。


「占領下の成立」だから変えたい

 こうして見ると、「基本法」という名前の法律が、一般の法律よりは上位にあることがわかります。

 では、なぜ政府は、教育基本法を変えようとしているのでしょうか。

 文部科学省の説明によると、「教育基本法の制定から半世紀以上が経ち、教育を取り巻く環境は
大きく変わった。それに伴い、子どものモラルや学ぶ意欲の低下、家庭や地域の教育力の低下などが
指摘される。教育の根本にさかのぼった改革が求められており、新しい時代の教育の基本理念を
明確に示す必要がある」というものです。

 なんだか説得力がありません。「時代が変わり、環境が変わったから、法律も変える必要がある」
と言っているだけで、現行の教育基本法の何が問題なのか、なぜ変えなければならないのか、
その説明がないからです。

 現行の法律を変える以上、どこに問題があるか明らかにしなければならないはずです。
それがないままでは、変える理由がわかりません。

 実は、その本音を簡単に言えば、「連合軍に占領されている間にできた法律だから変えたい」
というものです。

「基本法」には、「男女共同参画社会基本法」や「がん対策基本法」など31種類がありますが、
日本が連合軍に占領されている間に成立した「基本法」は教育基本法しかありません。
要は、それが気にくわないという人たちがいるのですね。

 
「憲法改正」への道筋づくり

 現在、教育をめぐってさまざまな問題が噴出していることは確かです。「日本の教育は病んでいる」
と思うこともたくさんあります。しかし、教育基本法があるから教育がおかしくなったという論理は
成り立ちません。

 教育基本法が制定されてから学校教育を受けた人たちの先頭グループは、すでに60歳を超えて
います。教育基本法に問題があるのだったら、この人たちにも問題があるはずです。
そうでないとすれば、法律の問題ではないということです。

 連合軍の占領下に制定された憲法を変えたい。これが安倍総理の悲願です。でも、憲法を
変えるのは容易なことではありません。それなら、憲法を体現する形で、やはり占領下に制定された
教育基本法からまずは変えよう。要は、こういうことなのです。

 文末に、参考資料として、現在の教育基本法の条文を全文掲載します。短い法律ですから、
読んでみてください。この法律を変える必要があるのかどうか、実際に原文を読んでみて、
あなたが判断してください。

 では、政府は、どこをどのように変えようとしているのでしょうか。


「権力拘束規範」から「国民命令規範」へ

 憲法は、そもそも国民が、権力者に対して、一定のタガをはめるものです。権力者は、
とかく権力を乱用するもの。だから、国民の側から、権力に対して、何をするべきか、
何をしてはいけないか、定めたものなのです。

 いまの憲法と一体になって成立した教育基本法も、権力者に対して、するべきこと、
してはいけないことを定めています。こうした性格の法令を「権力拘束規範」といいます。

 それに対して、改正案では、国民に対して、「こういう教育をさせる」と定めたものが多く、
いわば「国民命令規範」の性格があります。従来の法律とは、正反対の性格を持っているのです。


「我が国と郷土を愛する」「態度を養う」

 教育基本法を変えることをめぐって、最も論議を呼んでいるのが、「我が国と郷土を愛する」
という部分です。教育基本法改正案の第2条第5項は、こうなっています。

「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、
国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」。

「平和と発展に寄与する態度」とは意味不明ですが、その前段では、「我が国と郷土を愛する」
という「態度を養う」ことになっています。

 ここが、大きな論議を呼んでいる部分です。愛国心というのは、法律で強制すべきものではない。
「心の内面」の問題だ。心の内面に法律が介入してはいけない。

 これが、改正案に反対する意見です。

 教育基本法は、日本の教育の方向を定めるものですから、学校現場では、教育基本法の規定を
実践することが求められます。「我が国と郷土愛する」「態度を養うこと」と定められていれば、
その態度が養われているか、達成度を検証しようということになります。通知表に、
「我が国を愛する態度」という項目が入り、その成績をつけるような時代が来るかも知れません。
基本法に定められれば、そうなっていくのです。

 こうした方向に対して危惧を持つ人たちがいるのです。もちろん、その一方で、
「国民として国を愛するのは当然のことだ」という意見もあります。


「義務教育は9年」の規定が消えた

 現行の教育基本法では、第4条で、「国民は、その保護する子女に、9年の普通教育を
受けさせる義務を負う」とあります。

 ところが、改正案では、この項目が消えました。その代わり、第5条で、「国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う」となっています。

 つまり、別の法律で、義務教育を何年にするか定めることになっています。現行の学校教育法に、
小学校は6年、中学校は3年と明記してありますから、とりあえずは変化がないのですが、将来、
学校教育法を改正すれば、義務教育の年限は自由に変えられることを意味します。

 成績がよければ、義務教育を7年か8年受けるだけで、上の学年に「飛び級」できる仕組みを
簡単に作れるようになっているのです。

 
「教育は不当な支配に服することなく」

 改正案で議論となっている点に、「不当な支配」とは何か、というものがあります。

 現行の教育基本法では、第10条に、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し
直接に責任を負って行われるべきものである」とあります。

 これが、改正案では、第16条で、次のような表現に変わりました。

「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われる
べきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、
公正かつ適正に行われなければならない」。

 どちらにも「教育は、不当な支配に服することなく」とありますが、それに続く文章が変わって
しまったことで、意味する内容が180度変わりました。

 現行の表現だと、地方自治体や地方の首長が教育現場に介入した場合、「不当な支配」に該当する
可能性があります。それは許されないことになります。それだけ権力に対して厳しい法律なのです。

 ところが改正案では、地方公共団体がすることは「不当な支配」には該当しないことを意味します。
むしろ、地方公共団体の方針に反対する行動の方が「不当な支配」に当たる、という解釈も
成り立つのです。たとえば教員団体が、文部科学省や教育委員会の方針に反対した場合、
「教育に対する不当な支配」とみなされる可能性があります。


「子の教育に第一義的責任」は?

 改正案では、初めて家庭の責任に言及しました。第10条で、こう述べています。

「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために
必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう
努めるものとする」。

 現行の教育基本法は、行政がとるべき方針を定めていますから、家庭については言及していません。
それが、家庭に対して、いわば「お説教」するものになっているのです。

 このところ家庭の教育力が低下しているのは事実です。家庭が大事と言いたいのは、気持ちとして
大変よくわかります。しかし、法律が家庭に介入してもいいのか、という批判があるのも事実なのです。

 
自主的精神か、自律の精神か

 教育は、どんな子どもに育成するのか。現行の法律では、「教育は」「自主的精神に充ちた
心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」となっています。
また、「自発的精神を養い」となっています。

 これが改正案では、「自主的な精神に充ちた」という表現が消えました。また、
「自発的精神を養い」という部分は、「自主及び自律の精神を養う」という表現に変わりました。
「自立」ではなくて「自律」です。

 つまり、子どもをひとりの人間としての人格を認め、自主的・自発的精神を持つように育つのを
助けようとするのか、それとも、国家として、自らを抑制できる人間に教育するのか。
律の趣旨が大きく転換しているのです。

 これが、教育基本法をめぐって論議が起きている理由なのです。


(参考資料)
教育基本法

 われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を
建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、
根本において教育の力にまつべきものである。

 われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、
普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。

 ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を
確立するため、この法律を制定する。

(教育の目的)
第1条 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、
個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を
期して行われなければならない。

(教育の方針)
第2条 教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。
この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、
自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

(教育の機会均等)
第3条 すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならない
ものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。

2 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によつて修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。

(義務教育)
第4条 国民は、その保護する子女に、9年の普通教育を受けさせる義務を負う。

2 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。

(男女共学)
第5条 男女は、互いに敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、
認められなければならない。

(学校教育)
第6条 法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、
法律に定める法人のみが、これを設置することができる。

2 法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に
努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、
期せられなければならない。

(社会教育)
第7条 家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて
奨励されなければならない。

2 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他
適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。

(政治教育)
第8条 良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。

2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育
その他政治的活動をしてはならない。

(宗教教育)
第8条 宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。

2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動を
してはならない。

(教育行政)
第10条 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて
行われるべきものである。

2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を
目標として行われなければならない。

(補則)
第11条 この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が
制定されなければならない。







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