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さっちゃんのお気楽ブログ

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童話 まつぼっくり

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町はずれの桃の木山のふもとに、
タヌキのおじいさんとおばあさんが住んでいました。
 

近くの丘に新しくテニスコートができました。

テニスコートができたおかげで、ふたりは昼間は

のんびり外へ出ることができなくなりました。
    ブゥーブゥー、車で若い人たちがテニスをしにきます。
   
テニスコートのまわりには金網でかこってあるけど、
いつジュースの空缶がとんでくるかわかりません。
空缶ばかりでなく、ボールがとびこんできます。
日曜日はとくにひどくて、二人は家の中で、
ちぢこまっているありさまです。

 でも、とびこんできたボールは拾っておいて、
管理係のおじさんに持っていってあげると
一個十円で買ってくれます。

 その日は土曜日だったので二時ごろから、
近くの高校生が来てテニスを始めました。
男女六人で、キャッキャッ、ワイワイ、とはしゃいで、
大声でわめき、よい空気をおなかいっぱい吸いこみ、
手や足を思い切り跳びはねさせています。
     

あまりにぎやかなので、おじいさんが外にでていきますと、
おばあさんが追いかけてきました。
[おじいさん、あぶないですよ。きょうのテニスは若い子たちだから、
ボールが当たったらコブができて痛いですよ。
外へ行くのなら、さあ、このお鍋をかぶっていくといいですよ」



 おばあさんは、おじいさんの頭に、深鍋をのせてあげました。
おばあさんは,自分も、鍋の柄を片手で持って、
頭にかぶっています。
「ガァーン」
 
 さっそくボールがとんできました。
おばあさんは、くらくらっと目まいがして、なべをもったまま、
地面にひっくりかえってしまいました。
「ばあさんー、どこをやられたっ」


 おじいさんはあわててかけてきて、
おばあさんを起こしてあげます。
[おなべをかぶていてよかったですわ」
   
 おばあさんはニッコリとして地面に座りました。
「やっぱり、あぶないから、家に入りましょうよ、」
「そうだなあ、きょうはみるのをよそう。
若い子はむてっぽうだから」
[毎日、毎日、勉強で、むしゃくしゃしてるもんだから、
ここへきてボールにぶつけて気晴らししているんでしょう」

 おじいさんとおばあさんが家の方にかえりかけると
「ガシャ、カランカランカラン」
と足もとに空缶がころがってきました。
見ると、空缶がぶつかったのか、
家の軒にのせていた
松の枝がおちていました。
「ああ、ああ、これじゃ家までつぶされてしまう」
 おじいさんは、やっぱり引越しを考えなければ
ならなくなりそうだと、ゆううつになりました。

          

  それから数日たって、お月さまが、
だいぶんまるくなってきました。
おじいさんは、スポーツ服に着かえていいました。
「ばあさんや、こんやはお月さまが明るいから、
久しぶりにテニスをやろうか」 
                     
 そういえば、昼すぎからおじいさんは、
木の枝で作ったラケットの破れをつくろっていました。
「さあできたぞ。ばあさんや、外へいって、
まつぼっくりを拾ってきなさい」
      
 おじいさんはラケットを、ためしふりをしながら、
おばあさんにいいます。

おばあさんは松の木の下にいって、
まつぼっくりをザルに拾ってきました。

おじいさんは、そのなかから丸いのをえらんで、
小さいのや、長いのはすてました。
そして、フゥーと息をふきかけると、ふしぎなことに、
まつぼっくりは、みんな白いテニスボールになってしまいました。
[さあ、これで準備完了。出発!」
おじいさんは、号令をかけて出て行きます。

 おばあさんは、あわてて番茶の入った水筒をかかえて、
あとからかけていきました。

「ポーン、ポーン、ポーン、ポーン」
 おじいさんもおばあさんも、なかなかの腕前です。
「うそっ!」
というかもしれませんが、ほんとうです。

 それもそのはず、ふたりは若い時、
狸の地区対抗のテニスの試合に出た選手でした。
そして天皇陛下と美智子皇后さまと同じように、
テニスで結ばれた仲なのでした。

 だから一年前に、近くの丘に新しくテニスコートができたとき、
一番に喜んだのは狸のおじいさんとおばあさんでした。
 
それからは、お月さまが明るい夜は、
なかよく、ボールの打ち合いっこをしていたのです。

 ふたりがテニスをした翌日は、きっと、ボールの箱に、
まつぼっくりが五つ六つ、テニスボールに
まじってはいっているのでした。

管理人のおじさんは
「だれだろう、またいたずらっ子が、まつぼっくりを、
こんなところに入れて」
といいながら、そっちの方に狸のお家があるとも知らず、
金網ごしにまつぼっくりを投げていたのでした。

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朝日に匂う

庭のチューリップのみどりが伸びてきました。
のぞいてみると早や蕾が葉の間から見えます。
寒い冬は去って暖かい春になりました。

おばあさんは庭で洗濯物を干していましたが、
ふと見つけた山の桜の木を眺めていいました。

「あれ、おじいさん、山の桜がだいぶんいろづいてきましたねぇ」

「ちょいと散歩がてらに、あの桜のところまでいってみようか」

縁側にでてきておじいさんも目を細くしていいます。

二人は早速山道を分けて上っていきます。
年をとったとはいえ、そこは狸ですから、
四足となって、慣れたけものみちをカサコソカサコソと駆けていきます。

遠くの方に、阿讃山脈がやわらかい簿色に包まれて横たわっています。
吉野川のあたりは霞んでいて、はっきり見えませんが、
こちらの山の麓に向かって麦畑のみどりがしだいに濃くなっています。
足もとでは気のはやいタンポポが落葉をかき分けて咲きはじめています。


やがて、お目当ての桜のしたに着きました。
「桜といえば、なんといっても本居宣長だねぇ、ばあさん」
♪”敷島の大和心を人とわば 朝日に匂う山桜花”~ ♪


おじいさんは、咲きはじめた山桜の大木を見上げて
しばらくうっとりとしていましたが、大きな声で朗詠を始めました。

「おじいさんは古いんですよ。もうそんな歌 
戦時中を思い出すから、歌わないで下さいよ」

「なんで戦時中なんていうんだ。
本居宣長は江戸時代の国学者だよ」

「学者かなんだか知りませんけど、あの歌は侍の心意気じゃありませんか」

「いや、日本人みんなの心のよりどころだったのだ。
それを利用したのが軍国主義の政治家だったということで、
本居さんの知らないことだ」

「それより私の好きなのは西行法師の
”願わくは花のしたにて春死なん そのきさらぎの望月の頃”ですよ」

「そんな坊さんの歌はごめんだね。
死ぬ話は早すぎる。そうだ俵万智ちゃんのサラダ記念日でいこう」

「ええっ!おじいさんに俵万智さんの真似ができるもんですか」

「いや、あんなのわけない。あれは都都逸みたいなもんだ」

おじいさんはしばらく考えていましたが、
「うん、出来たぞ。
『この目ざし脂がのってうまいな』と いえば毎日目ざし焼く君 
どうだ」


終わり


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