73年の〈フォーク〉は右か左か73年の話に戻りますと、アングラ・フォークが70年安保と同時に終息した時点で、この手の音楽が “若者のものではなくなった” と考えたいんです。 若者からみて、当初FOLK SONGが洋楽として受け入れられた時のような ―――― 新しく、刺激的なもの でなくなっていた 逆に言えば、若者から見て ―――― 古臭く、年寄り臭く、感じるもの になってしまった。 というのはいかがでしょうか。 そこが、「ポップス普動説」における〈フォーク〉の《右派》への反転の契機なんじゃないかと思います。 そもそも “サウンド中心で世界で通用”する《左派》 に対する “歌詞中心で日本人の心"が身上 なのが《右派》 でしたから、 〈フォーク〉の大部分には最初から《右派》の資格があったんです。 今日読み終えた、 「坂崎幸之助のJーpopスクール」は、彼が中学~高校時代にリアルタイムで聴いた音楽を自伝ふうに紹介したものです。 時代のサウンドとともに、いかに彼がその詩的世界に惹かれたかを書いています。 岡林などの社会派に惹かれたのも〈詩〉ならば、拓郎の「結婚しようよ」に魅かれたのも〈歌詞〉なんですね。 いま、団塊世代市場が注目されて〈フォーク〉の商材が溢れていますが、CDのその収録タイトルを見れば、何が〈フォーク〉なのか、がわかりますね。 結果的にいま何が〈フォーク〉と呼ばれているのか。それは、 たくさんの曲の中で〈フォーク〉として残った部分。 であり、 また同時に、 いま団塊世代の大多数が、支持する、おじさんのための、おじさんの歌。 なのです。 オジ様、スミマセン。 第21講 大人が聴く大人の曲へ ジャンル別一覧
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