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私の給湯室『きまぐれ』

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プロフィール


ookinakurino30

ニューストピックス

2007年05月06日
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私が布団に入ったと同時ぐらいに電話が鳴る。

こんな時間になんだ!?という驚きと
不安で胸がドキドキ。

不安的中。

電話は
「父がロフトから落ちて(ロフトで寝ていた)今救急車で運ばれるところだ」
という内容。

なに?!ロフトから落ちた!?じゃあ骨折か!?
と考えた私。
とにかく聞くより行くのが早いな・・と自転車を飛ばして大沢木家へ急ぐ・・

救急車が家の前に止まっており
タンカでちょうど父が運び出されるところだった。

自転車を止めて父に近寄ろうとした私に
救急隊員が厳しい声で「どいてください!」と言った。

私はこの一言で‘ただ事じゃないのかも’と感じた。

なかなか救急車は出発せず(受けいれ病院が見つからず)
10分ほどして発車。八事日赤へ。

姉と私は取り合えず家で待機。

落ち着かない私はとりあえず現場検証してみる。

ロフトの階段を登る。
上(ロフト)には布団が敷いてあった。
脱皮したてのセミの抜け殻のような感じで
父が起き出したトンネルの形が残っていて
まだあたたかかった。

その布団を出てロフトの階段前に立つ。

高い。
ここから一気に落ちたんだろうか・・と、ゾッとした。

落ちていた格好がどうにもわからなかった。
どうやったらその位置で
そんな方向で倒れていることになるのか
一番上から一回転でもしない限りありえない方向。

テレビ台の横には血が残ったままだった。




‘お泊り’していた我が息子達に添い寝し、うつらうつらする私。
しばらくして、太郎が「オシッコ!」と起きる。
「あれ?なんでママがいるの?おばあちゃんは?」と寝ぼけながら言う。
「フフフ・・ママも泊まったんだよー」なんて笑ってみた。

またうつらうつらしていた私が起こされたのは朝、7時。

「アンタ、一回着替えておいで。
 父さん、良くない。危ないらしい。
 血圧も40まで下がったって・・」
姉はそこまで言うとこらえきれなくなって泣き崩れた。
いつも気丈な姉がここまで泣くのを見て、
ここで私も泣いてはいけないと思った。

ポンと姉の肩を叩いて着替えに帰った。

一緒に騒いでいたのは数時間前・・・
私は少し混乱していたのかも知れない。
「危ないって・・・何が?ウソだろ?」とかブツブツ言ってたと思う。


姉が病院に向かう。

私は子供達が起きるのと姉からの詳細を待つ。



姉から連絡が入る。

父は頚髄を損傷してしまったらしかった。

首から下が全く動かなくなってしまったらしかった。


ジッとしてるのが嫌いで
チョコチョコ庭をいじったり
ドライブが好きでいろんなところに二人で出かけたり


お父さん本人はどんなに辛いだろう。
お母さんはどんなに辛いだろう。
そう考えると
絶対私は泣いてはいけないと思った。
姉も同じように思ったんだろうと思う。



とにかく命は助かった。
口はきけるし、頭もハッキリしてる
会話が出来る
まだまだ話せる
私達にはそれが何より救いだった。

頭がハッキリしている分
本人は本当に苦しいだろうけど
‘意識’のところが助かって良かったのだというのを
私達が感じさせてあげたいと思った。

母の看護記録の中に
『朝、父さん「死んだほうが良かったな」と言う』『泣く』というメモを見た。
父がそう思ってしまうのはわかるけど
やはりショックだった。
今は、そう思ってしまうのは仕方がない。気持ちも痛いほどわかる。
だけど、なんとかして、いつか
「あの時、助かってホントよかったな」と笑ってくれるようにしたいんだ!私は!!



でも、



3日は天気がすごく良かった。
本当なら
高速に乗って「意外に混んでないね」なんて言いながら金沢に着いて
恒例の「じゃあ回転寿司でも行くか」なんて言って
「太郎君良く食べるようになったな」なんて父が笑って
「アイス食べたい」なんて次郎が言って
「食べたらね」なんて私が怒って



4日もとても天気が良かった。
本当なら
朝タケノコ掘って、おにぎり食べて
「カモシカいるかな」なんて言って
「タケノコはやっぱ酢味噌が一番だね」なんて私が言って
田植えして
太郎も次郎も泥だらけになって・・・



5日は名古屋に帰って・・
こはる亭予約してあるから皆でまた盛り上がろう・・とか
父さんウキウキして笑ってたのに

本当は
本当は
笑ってるはずだった

そう思ったら・・5日、
キラキラした太陽を見てたら
涙が止まらなくなってしまった。

泣いてはいけないと
泣いたら負けるなんて思っていたけど

一回涙が出ちゃったら‘いけない’とか‘負ける’とかどーでもよくなって
とことん泣こうか
と思った。

父本人は、まだまだ受け入れがたいこの現実と
心の中で闘っていかなきゃいけないんだろうと思う。

私達は
そんな父を力いっぱい、めいっぱい、精一杯の愛情で包んで支えていくっきゃない!
それは覚悟もいらない、心から沸き起こる感情だから
枯れることはないという自信があるんだけど

溢れるこの悔し涙は
父の・・イヤ、私達の想い描いていた未来予想図が失われた事。
‘本当なら今頃は・・・’というこの想い。

でも涙と一緒にあの夢は潔く流そう!諦めよう!そう思って
思い切り泣いてみた。






誰が悪いわけでもなくて
なってしまったことはどうしようもないわけで
一番辛いのは本人だということも
全部わかった上で

今日は‘最後に’グチを言いたい!

もう言わないから最後に言いたい!

コレを言えば全部を受け入れる覚悟が出来そうだから言いたい!

マジで、神様を恨む!






最終更新日  2007年05月07日 18時01分02秒
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