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出産・堕胎・水子・赤ちゃんの命の話

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水子

2019.10.14
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カテゴリ:水子

日曜日のラグビー、ラスト10分の戦いから、涙が出てきました。

選手の皆さんの思いは、間違いなく被災地、日本の皆さんに向けたものもありました。

それをとても感じたから、わけもなく涙が出たのだと思います。

感動を有難うございました。

おめでとうございました!!

****************************

わたしの尊敬する、「いのちを守る親の会」の理事長、大熊良樹先生のフェイスブックより抜粋

実は、人工妊娠中絶を世界で初めて合法化したのは、旧ソ連(共産国)です。1920年(大正9年)のことでした。

唯物論に冒された、アメリカ占領軍も日本人の国力を削るため、

子を大切にする文化のあった日本に「優生保護法」(子殺し奨励法)を作りました。

今も母体保護法と、名前を変えて残る「中絶奨励法」です。

お金といのちを天秤にかけた「中絶奨励法」は

世界で日本だけです。

日本に蔓延する「病気」(不完全・心の病)ともいえる、

お金至上主義は、ここから生まれているのです。

いのちをかけて英霊が、先人が護ったはずの命が、安易に、バラバラに切り刻まれて、

今も年間100万人(公称16万人)が、少子化と言われながらもゴミとして棄てられ、

慰霊さえもされていないことが多いのは、

「唯物論」の流れであるからなのです。

霊的な「いのちの尊厳」、「いのちの尊さ」を私たちは、全霊で伝えていなければなりません。

***********************************

母から聞いた話ですが、地名は伏せますが、

戦後まもなくの日本、堕胎は当たり前で、日常のように行われていたそうです。

女性たちは午前中に堕胎をし、午後平気な顔で帰ってきた日常風景があったそうです。

今は40代の堕胎も増え、同時に未成年の堕胎も増えています。

もちろん、様々な事情、本当は産みたかったのにという方も多いと思いますが、

そのような方々を遥か超える勢いです。

因果応報は、人だけではありません。

国民が束になってし続けてきた「国の因果」も、「国の応報」となって刈り取らなければならない。

それが、水害です。

ハッキリ言いますが、水子の涙は、水害となって現れるとあります。

戦後のGHQによる意図的な国民意識の間違った誘導、

それによる国民全体のモラルの低下、いのちを軽く見る風潮が戦後から強まり、

たまりにたまった今、水害が出て来ています。

これは理屈ではなく、本当のことだとわたしは感じていて、沢山の意識ある方々も

そのように解釈していることです。

わたしは関係ないから・・という質量を

もはや大きく越えてしまった大きな波が、

これからやってくる気がします・・・。







Last updated  2019.10.14 12:03:00
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2019.03.29
カテゴリ:水子
東京湾大観音に主人と行きました。







ウェブで執筆もさせていただけるようになり、

kannonという名で活動していますが、

わたしの生まれ故郷の大船には、「大船観音さま」がいて、

小さい頃から観音様には親しんで来ました。







観音様の中に入り、らせん状の道を登って行くと、ところどころに神様たちがいらっしゃり、

本格的な参拝が出来るようになっています。



観音様の手に珠がありますが、そこの部分から見た海。

とっても高く、風がものすごく強かったです。

天気の良い日には、富士さんも見えます。



最後ははしごを上り、頂上へ。

そこには東京湾大観音さまの頭部が配置されており、優しく微笑まれていました。



ノートがあり、好きなことが書けるのですが、わたしは

「赤ちゃんの堕胎が無くなりますように。命が殺されませんように。」

という趣旨のことを書きました。



外に出て、お参りをして





観音様のおひざ元に、水子の供養塔がありました。



大きな地蔵菩薩さまがいらっしゃり、

そこに沢山の水子さんたちが祀られていました。





このような地蔵菩薩さま。とても大きかったです。

その周りを水子さんたちが取り囲み、大きな念の塊がありました。



それを見た時、なんともいえない

ものすごい悲しみと寂しさを感じました。

慟哭といってもいいでしょう。

賽の河原で、獄卒に責められる子供を、地蔵菩薩が守る姿です。







一番感じたのは、



「忘れられた存在」



という感覚です。



無かったことにされた命。



そして、もっと思ったのは、

観音様の中に入ることが出来ないということ。





成仏出来ていない魂が、沢山あるということ。



そのことをこれからも、伝えていかなければと強く強く思いました。







観音様を後にして海に寄り、

帰りの高速に乗ると雨がバラバラと降ってきて、なんと!









虹が出ました^-^





「もっと命を大切にしてほしい。

子供を救ってほしい。

啓蒙活動をしてほしい。」



観音様の思いを背に、

頑張ろうと決意した一日でした。





************************************************

femmesさんにて、「夫婦の在り方とコツ」というお題で

執筆させていただきました。



https://femmes.jp/d-fortune/8529

お店です

https://myheartangel.thebase.in/






Last updated  2019.03.29 10:41:12
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2017.10.27
カテゴリ:水子

東京の新橋駅前に、中川聖山研究所というのがあります。ある日ここに六十四、五歳ぐらいの女性と四十歳くらいの女性が相談に見えました。

この二人連れの女性は母とその娘で、娘さんの病気のことで相談に来られたのです。

「どうしましたか?娘さんは大変苦しそうですが・・・」

「はい。この子は私の長女で近くに嫁いでいますが、実はこの三年くらい前から身体の節々が痛みだしたのです。今日はなんとしても先生にお会いしたくてきました」

 

中川聖山研究所は、新橋駅の銀座側ホームに立つと「吉相墓」という大きな看板をかかげた、あるビルの三階にあります。この娘さんが全身の痛みに耐えながら階段を昇ってこられたことはすぐにわかります。

そしてまた、私自身の身体の節々がキリでも刺しこんだように激しく痛みを感じ、とりわけ左右の首すじから両腕にかけてがひどいのです。

この母娘の霊障は「水子」のもので、それもたくさんの水子だということがすぐわかります。そこで私は言いました。

「三年前からではないでしょう、もっと前から娘さんには痛みは出てたはずですよ」

「どうしようもなく痛みだしたのが三年前で、それからどこの病院で診てもらっても、原因すらわからないのです。もう痛くて痛くて、何度も死のうかと思いましたが、子供が可哀想でこうして生きています・・・・」

「奥さん、水子がありますね?」

「どうしてわかりますか、実は三人堕しているんです」

「いや、四人。五人かな・・・・。正直に言ってくださいよ」

「水子と私の病気は何か関係があるのでしょうか・・・」

「あなたはいま、階段を昇ってきたとき、足の方も痛み出したでしょう・・・」

「ハイ、そのとおりです」

「その痛さに耐えてでもこられたのはなんのためですか。よくなりたいからでしょう。ちがいますか」

「ハイ、この痛みさえとれれば、あとはどんな苦労も我慢できます」

「病院の検査では、どこも悪くないのにどうして痛みはひどくなるのかと思いまして。それで思いあまってこちらに相談にきたのです・・・」

「あなたは、水子は三人といいましたが、そうではないでしょう。五人はいるはずですがね」

「・・・・・すみません、そのとおりです・・・・」

「五人とも人工中絶でしょう?」

「ハイ・・・・・」

「あなたはどんなふうに中絶するか、知ってますか?」

「麻酔注射を打たれて、なにもわかりませんでした」

「胎児の頭はグチャグチャにつぶされ、両方の手足はモギ取られて引きずり出されるのですよ」

「・・・・・」

「あなたは、身体のどこが痛いのですか?あなたは最初は頭痛がしていたはずです。それと腰ですね」

「・・・・・」

       
             救いを呼ぶ水子霊

            
              佐藤玄明 著

 







Last updated  2017.10.27 14:49:25
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2017.10.03
カテゴリ:水子

女性にとりつく水子霊

 

ところで、これまで長い間、数え切れないほど多くの水子の霊障に接してきた私の体験から申し上げますと、水子霊は一般的にはまず母親に憑くということです。そして、夫婦に子供がある場合、女の子にとり憑くケースが非常に多いのです。

父親のほうには、水子霊は原則として憑きにくいのですが、しかし、母親(妻)の水子霊による霊障が、間接的に父親(夫)に対して悪い影響を及ぼすことになります。

子を生むという自然の摂理は、女性に与えられた特権ではありますが、そこには同時に深い業が秘められています。次代から次代への連綿とつづくつながりが母体を通じてのみ行われる。これは生きとし生けるものの普遍的な真実です。ところが、この真実に対して、堕胎という人工的な処置を行い、その結果、無残にいのちを断たれた一個の生命が、霊的存在を持つことを少しも省みない。

 

私たち人間のいのちというものは、たんに身体だけで存在しているのではありません。精神を持っています。「こころ」と「からだ」は不即不離です。人間は物として生まれてくるのではありません。あくまでも人間として生まれてくるのです。そこには、多くの先祖の血のつながりがある。「からだ」を通して「こころ」もまたつながっているといえます。

母体の胎内に宿った生命は、けっして一個の肉塊ではありません。たとえ口をきけず、物事を考える力をまだ持たなくとも、その可能性をすべて備えています。つまり「こころ」をすでに持っている。この「こころ」の不思議について、現代の進歩した科学でも解くことができません。しかし、さまざまな研究を通じて、胎教というのはどうも真理であるらしいことが指摘されるようになってきました。

 

                 救いを呼ぶ水子霊

                   佐藤玄明 著

 

 







Last updated  2017.10.03 08:56:04
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2017.09.28
カテゴリ:水子

子供の運動会に行きました。

次男の中学校の運動会、あと2回観に行くと、「子供の運動会」というものの参加は終わりです。

幼稚園から続いた、運動会への参加は、長男からはじまり、17年ほど続いたことになります。

幼稚園の時、はじめての運動会は、お遊戯で泣きました(笑)

あああ・・・お遊戯、こんなに踊れるようになったと・・

今は、次男の走りのフォームに、主人ともに感動したことでした。

 

そして、運動会の時、必ず感動することがもう一つあります。

 

それは、運動場に沢山いる子供たち、一人一人の後ろに、

必ず一人、そして二人の両親の愛が、そこにあるからです。

 

わたしは、3人の子供を育てました。

その中で思ったのは、子育てはあっという間というのは、ほぼ手が離れる頃や、全部終わってから感じることで、

子供が3歳、小学生低学年くらいまでは、

「いったいいつ終わるんだろう・・・」という毎日でした。

 

1日が、とても長く感じたり、1年が長く感じたりしました。

 

産まれてはじめてのおっぱい、出ないことに悩んだり、断乳に痛い思いをしたり、子供の発熱に右往左往したり、うんちの色にハッと心配したり、

トイレトレーニングでおまるを出したこと、はじめて出来たトイレのうんちに、とても喜んだこと、

ひっぱたいてしまい、深夜に深く後悔したこと・・・

 

その、親の歴史が、この子たち、ひとりひとりに、刻まれているんだなあと思うと、勝手に涙が出るんです。

 

子供たちは、親の愛の中、手のかかる時期を過ぎ、大人になります。

その、沢山の愛情をかけて、気持ちをかけて育てた子が、ある日突然、

街中で声をかけられた、紹介された、スカウトされた・・色んな理由で、

簡単にビデオ、サイト、色んな薄汚い世界に、フッと引っ張られて、あっという間に身も心も汚されて行くことが、今横行しています。

それも、本当に、普通の大学生、社会人の女の子たちです。

彼女たちは、人生の歯車を狂わされ、性病になったり、鬱になったりして、最後には手放されているという現状です。

 

お金がもらえるから、自分も納得しているからという人も中にはいることでしょう。

しかし、親の立場から言わせてもらえば、そういうことをするために、

あんな小さな時から、大切に育てた覚えはないということです。

 

立派になってほしいという親の欲とかではありません。

 

思い出してください。

運動会の時、親が見に来てくれたこと、お弁当を作ってくれたこと、

子供たちにとっては当たり前だけど、親になればわかります。

当り前のお弁当、子供より早く起きて、献立が重ならないように毎日作っている親の気持ち。

 

 

ただ、大切に、ただ、愛しているのです。

 

なぜこういうことを書くのかというと、

わたしのテーマが「堕胎と水子」だからです。

 

それにより、妊娠する子もいるでしょう。

 

わたしからしたら、それを利用してお金儲けをする輩は、獣です。

それを、喜んで鑑賞する人間も同じくくりです。

 

あなたの中にいる神の前で、どういう言葉で、それを正当化するのでしょうか。

 

それは、死んでから、色々と明らかになることでしょう。

この世で罰されないと思うのは、筋違いです。

 

本当に怖いのは、全て終わってから。

それが嫌ならば、今すぐ辞めることです。

 

そして、どんな理由であれ、女性にしても、

堕胎は殺人です。

 

自分は被害者だと思うことと同様か、それ以上に、

子供に罪はありません。

 

そして、忘れているでしょうが、その前に、

良心の深い愛と、育てる手が、あなたを護っていたこと、

今も護っていることに気付いてください。

 

人間は、神性を宿します。だから、いつでも、

人生巻き返すことが出来ます。

 

あまりにも闇の中、深くはびこる性の反乱について、思うことがあり、思わず書かせていただきました。

 

読んでくれて、有難うございました。







Last updated  2017.09.28 11:11:37
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2017.09.16
カテゴリ:水子

今回はちょっと、ショッキングなお話しです。

最近、母から聞いたお話なのですが、

わたしの叔父の水子のお話です。

 

 

母の弟にあたる叔父は、30歳半ばで突然、くも膜下出血でこの世を去りました。わたしと同い年の娘を残して。

わたしにとっての叔父ですが、叔父には4人の水子さんがいたそうです。

流産ではなく、意志の上での堕胎だったそうです。

 

母が、4人目の子をお腹に宿し、叔父に報告したところ、叔父はこう言ったそうです。

「なに、姉ちゃん。4人目なんて、経済的にこれから大変だろう。

おろしちまえよ。」

 

このとき、母は耳を疑ったと言っています。

代々、わたしの母の実家は神道であり、とても信仰深い家なので、祖父も祖母も、沢山人を助けた家でした。

先祖供養を欠かさず、朝は神棚に向かい、家族や親せき一同の平和を心から祈る祖父の息子が、どうしてこういうことを言うのかと思いますが、

大事なこととして、そういう魂の話、先祖供養のこと、輪廻転生、水子の痛みなど、全く持ってわからない人がいます。それは、良い悪いではなく、ただ知らないだけなのです。罪の意識もありません。

でも、無知の罪というものは、そこから現象的に叔父を苦しめます。

 

母の両親と母は、叔父の死後、水子それぞれに名前をつけ、ずっと供養し続けてきました。

 

とても信仰の深い家に生まれた魂は、きっと「望みの大きい魂」だったに違いないと思います。

この家に生まれれば、こういうことが出来る。応援してもらえる。と、確信して、わたしたちと同じように、大きな青写真を携えて、「お腹に生まれる」のです。

 

それを、いち人間の、ちっぽけな頭の世界の、ちっぽけな器の経済論で、一瞬にして抹消された時の、

 

わたしのいとこになるはずだった「あの人たち」は、

 

たとえ父母ではない人たちに供養されようが、名前をつけてもらおうが、

何より、その父である叔父の、「心」が許せなかったのだと思います。

 

一人娘の従妹がいますが、幸せな家庭を築き、3人のお子さんもいます。けれど、本人の体調は思わしくないのです。頭の病気は先祖が関わるとも言われていますが、

本人もまだ、供養ということの意識がないので、時がくるのを待って、母から言ってもらおうと思っています。

 

そして、叔父が、歳若く亡くなったのは、もしかしたら、これから続く後の代に、この罪をかぶせないように、叔父が魂で判断したのか、そうさせられたのか、さだかではありませんが、いずれにしても、自分の身辺にそういう体験があったので、書かせていただきました。参考にしてください。

 

大切なのは、当事者である父と母の、心からの思いが、供養であるということ、そして、堕胎の責任は、それを判断した人間たち一人一人にあるということです。父親はその最たるものです。

男性は、女性と違い、堕胎の痛みも身体の変化も感じません。

けれど、その原因を作ったのは、男性のほうにあります。周りに言われて泣く泣く堕胎する女性も多いのです。でも、水子は、母親が恋しいので、母親をすがって来ます。

 

水子は、先祖になるはずの人たちです。いわば、わたしたちの先祖です。

供養の仕方は異なりますが、先祖供養と同じ意義を持ちます。

先祖と我々の関係は、一人の人にちゃんと家系図が存在し、この世の人間関係となんら変わりはないのです。

だから、長男の家にお仏壇があるからうちはいらないというものではなく、

たとえ独り暮らしであっても、お仏壇を持ち、朝にお水を換えたりして、ご先祖様との交流の場を持つことで、護られたり、アンテナを立てることになりますから、開運になることは、事実です。水子供養にもお仏壇は必要です。

 

叔父が亡くなって、40年ほど経ちます。生まれ変わりが、幸せであることを望みます。

 

読んでくれて、有難うございます。

感謝いたします。

 







Last updated  2017.09.16 08:56:09
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2017.09.01
カテゴリ:水子

現代人のわたしたちに共通する癖として、

 

「自分ごとと思わない」

 

というものがあります。

 

世界で巻き起こっていることも、日本で起こっていることも、

いざ自分の身に起こらないと、気付かないほど、毎日が忙しい。

 

いざ自分の身に起こったとき、自力でどうにかするということより、

周りを見渡し、他力に頼ろうとする癖もある。

 

眼に見えない何かを見ようとしないのに、

いざとなると眼に見えない何かに頼ろうとする。

 

水子さんのことにポイントを置くと、

「眼に見えない何か」という水子さんについて考えた時、

まず、水子さんとは何かということも不可解だと思います。

 

それもそのはず、学校の授業では皆無ですし、

書籍もほとんど出ていません。

では、タブーなことなのか・・というとそうでもありません。

 

そう、水子さんは、タブーでもなんでもなく、

「生まれるはずだった日本人」のことです。

 

アメリカであれば、

「生まれるはずだったアメリカ人」。

 

わたしたちのいる、祖国日本に、大切な人材。

わたしたちの家族、子供、兄弟、従妹になるはずだった人。

 

もし生まれていたら、

何十年も一緒に暮らし、生きて、言葉を交わすはずだった「今、どこかで暮らすあの人」のことです。

 

どこかで・・と書いたのには、意味があります。

水子さんのいる場所は、その供養によって、行く場所が違います。

 

親である方が、心から供養した水子さんは、天国に。

親である方が、供養を忘れている場合は、暗い、冷たい、寂しいところにいます。

 

もし、

何かの事情により、「こちらの都合で葬ってしまった魂」は、

その「葬られる時に味わった苦しみ、痛み」を抱えて、

そのことを一番身近な人に、いろんなシグナルを持って訴えてきます。

 

ここまで読んだ方は、

「水子は怖いもの」

 

と思われたかもしれません。

 

でも、ここからの文章を読んでもらえれば、

怖いという気持ちは無くなることと思います。安心してください。

 

まず知るべきは、

水子さんは、「人間」ということです。

 

わたしたちと全く同じ条件で、同じ心を持ち、同じく人生の青写真を持ち、

自分と同波長の人間を、親と思い、頼って宿った命そのものです。

天国で、お空の上で、産まれるために並んでいた人です。

 

わたしたちは、こう思ったら都合が良いという方便のもと、

水子さんのことを、「人間でも仏でもない」という風にカテゴライズしてきました。

日本同様、海外でもその風潮が強いといえます。

 

そう思えば、そう言えば、

とりたて供養の必要もありませんし、後々苛まれる必要もありません。

 

若い方は、誰もそういうことを教えてくれませんし、

そういう方が親になっても、同じことです。

でも・・生まれながらにそれを知っているという人もいます。

そういう人は、もし自分が流産、もしくは堕胎したときは、

自ら進んで供養していきます。自分でなくても兄弟でも、従妹でも同じことです。

 

何か水子さんのことを、もののけのように思う必要はなく、

先祖や、亡くなったおじいちゃん、おばあちゃんと全く同じところに

いるべき魂ということを知ってください。

 

そして、それが出来るのは、その心が唯一届くのは、

直系である人間、そして、その魂をこの世に送り出すはずだった、お母さんです。

 

「水子ができたから、すぐにあのお寺に頼んで供養してもらおう。」

 

供養という意識では、それは間違っていません。

しかし、これからこのブログで紹介していく供養の方法が、

これからの悩める方々、そして水子さんの大きな喜びと安心に導くことを

望みます。

 

読んでくれて、有難うございました。


 大船観音のお導きにて、書かせていただきました。

 

 







Last updated  2017.09.01 10:20:59
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