【小説1】 ウサギ
私は小学2年の時一年間、学校で飼われていたウサギの飼育担当を任された。世話をしていたのは、小ぶりの白いメスのウサギ一匹である。藁を敷いた小屋の真ん中にちょこんと佇み、鼻をヒクヒクとさせている姿はとても愛らしかった。初め面倒だった飼育作業も、ウサギへの愛着がわくにつれ、次第に毎日の楽しみとなった。3年生になると担当を外れ、非常に名残惜しかった。また飼育担当になりたいと思いつつも、次第に忘れていった。小学6年の時、再び飼育担当となった。理由はよくわからないが、担任の木場先生曰く、2年生の時の飼育作業がとても評価高いことが関係しているらしい。4年生以降私が通っていた教室は、ウサギ小屋から離れた棟にあり、ウサギ小屋自体目にすることもなかった。なぜかウサギの話題も聞かず、まだ生きているのかさえ話題ならないほど関心に上がらなかった。ウサギの生存について不明だった理由は、今回担当となりすぐに知らされた。ウサギ小屋はすでに校内になく、校長先生宅の庭に移設していたというのだ。つまりはこれから毎週、校長先生の自宅へ、ウサギの世話をしに行かないと行けないということらしい。ちなみに校長先生の自宅は学校正門と道路を挟んだ対面にある。なんとも複雑な思いだったが、私は担当を引き受けた。校長先生も直々に親に会って説明し、いよいよ明日からウサギ飼育が始まることとなった。飼育作業は非常に面倒である。しかし飼育が評価され、自分だけ校長宅へお邪魔できるという、どこか特別扱いされている感じがたまらなかった。ウサギとの再会よりも嬉しい体験だった。一眼見て、すぐにウサギを「ウサギ」と理解することは出来なかった。初め、ウサギ小屋と称する四角い立法の構造物に案内され見て思ったのは、「白いっぽいものがある」だった。車庫の裏に置かれたその立法体を凝視すると正面と両側面には緑色の金網が貼ってあり、そして金網の間から毛のような物がモコモコとはみだしている…「うわ!」ちょうど立法体の正面に顔を近づけた時だった。金網の格子に食い込んだ白い壁面の中央より左下の方、にぎりこぶし大の黒く丸いものが見えた。とっさに校長先生が、「目だよ、ウサギの目」と声をかけ説明した。目とされる部分を意識すれば、なるほど、じわじわと耳や鼻と思われる頭のパーツが見えてきた。小屋の半分が頭の部分であり、半分が胴体らしい。こうして、ようやく私は「ウサギがいる」と状況を飲み込んだ。かつての、可愛らしい白くて小さなウサギは、小屋の中いっぱい、はち切れんばかりに巨大化していたのだ。なぜ小屋から出る機会のないまま、ひたすら成長したのか。そもそもこれほどまでに肥大化するものなのか。金網小屋に拘束された異形のウサギが、キシキシ音を立て、片目をギョロつかせながら、静物のように置かれていた。(つづく)