「破滅への疾走」高杉良 すばらしい小説です
「破滅への疾走」高杉良大手自動車メーカーとその労働組合の間の抗争を描いている。何万人もの社員を抱えるほどの大企業であれば、そこに勤める人にとってはそれは世界も同然であり、生活の中の大きな割合を占めることだろう。だからこそ人事権を持っている人間の決定が人生をも左右する。そうやって大企業の中の恐怖政治は進んでいくのだろう。そしてそんな企業の中で、各幹部たちは、各々の権力や情報を武器に、社内の人間関係を渡り歩く。人によっては企業や社員のために働く立派な人間もいるが、一方で、自分の財産や権力を守るためという人間もまた少なくない。本作品は、労働組合の長となり、企業の人事権にも影響を及ぼすまでに力をつけた塩野(しおの)という男を主に描いている。自らの権力に執着するその行動はにわかには信じられないほどの徹底ぶりだが、これが現実に起こった日産自動車の労働組合との抗争をモデルにしているというから興味深い。そして、物語の登場人物の多くも実在した人間をモデルに描かれており、物語の軸となる塩野(しおの)も現実に存在した塩路一郎(しおじいちろう)に由来する。だからこそ単にフィクションとしては片づけられないリアリティを醸し出すのだろう。物語自体は大きな山や谷もなく進められており、客観的な目線で終始展開するため登場人物の深い心情描写などはされていない。そのため詳細に描写された歴史年表を見ているような感覚であり、読者を引き込む巧みな描写力などとはとてもいえないが、一つの大企業内で起こる問題点やそれに対する対策や駆け引きなど、おおいに興味を喚起させられる作品だった。日産自動車は現在 ゴーンCEOによって経営されている。その原因となった社内抗争によって会社の体力が低下し修復が不可能になった過程の一端を小説化している本は先行きを思わせる内容で終了しているが、この後社長と労働組合の会長との泥まみれな抗争が続きます。その抗争に勝つために社長はかなりの宣伝費を使います。結局このようなバランスの取れない経営のため企業が低迷していきます。トヨタとここで大きな差が開くことになります。組織を決して私物化してはならないことを戒めています。大変細かいところの取材のうえに書かれた小説は、活字だけでなく映像が浮かび上がるような錯覚に陥りました