ネット情報の活用法 その1889
宮崎アニメといえば、個人的に好きなのは、以前にも紹介した「ルパン三世 カリオストロの城」だが、やはり代表作というなら、宮崎ファンタジーに溢れる「風の谷のナウシカ」というべきかもしれない。この作品には、来るべきアクエリアスの時代に、地球人が進化のために必要な無償の愛が、ナウシカを通して、描かれているからである。この風の谷のナウシカは、恐らくアカシックレコードを直感で読み解いて、つくられたものかもしれない。風の谷のナウシカ (映画) - Wikipediaアクエリアスとは、某飲料水の名で有名だが、地球が物質界を克服し、植物のエーテル界へと脱皮する、いわば土の世界から、水の世界の準備、そして風の世界へと変革を遂げる、水瓶座の時代の意味なのである。かつての古代アトランティス時代は、水の世界で、民族の支配欲のために水のエーテルを濫用したために、水の破局の、大洪水を起こして、それまで水蒸気様でクラゲのように軟骨体の骨格をもつ地球が、気体の大気と液体の水に分離してしまったため、エーテルで出来ていた多くの都市や大陸が、水と土にわかれて、水没してしまったという。アクエリアスの時代、風の時代、冥王星水瓶座時代の概念の違い|inner peace アキ / 占星術しかし、また人類は、土と空気(風)を統合し、地球に、水のエーテルの世界を再び蘇らせる役割を果たすように、輪廻転生し、天界から高次の宇宙人を通じて、指導を受けているらしい。地と水にわかれる前の雲のような風の世界を、再びつくるのを目的とした時代に生きる理想の精神を、ナウシカを通して描く作品なので、「風の谷」のナウシカとなったのかもしれない。だから、現代は、風の谷の時代なのである。風の谷から、這い上がり、無償の愛により、土と空気(風)を統合する立場と役割が、宇宙から求められている。風の時代への預言は以下のサイトのように既に現代人に霊能者を通じて、命題として与えられている。アクエリアスの時代、風の時代、冥王星水瓶座時代の概念の違い|inner peace アキ / 占星術「水瓶座冥王星時代」はどんなことが起きる?注目が集まる分野は?価値観はどう変わる?【月占星術家Keiko】(webマガジン mi-mollet) - Yahoo!ニュース風の時代とは?生き抜くポイントを解説 | セミナーといえばセミナーズまとめ|風の時代の変化を楽しみながら自己成長を目指すこれからの風の時代は“目に見えるモノ”から“目に見えないモノ”に価値をおく時代になります。時間の使い方、働き方、物への執着といった、在り方や考え方が前期とまったく違ったものになり、大きな転換期を迎え「個の自由」を意識してどのように生きていくかが重要視される時代になってきています。好きな場所に住むモノへの執着を手放す横のつながりを大切にする前期のような“型にはまらない生き方”常識にとらわれずに自分らしい生き方お金よりも情報や知識、時間を重要視するこういった意識が顧客を始め、社員の中にも少しずつ浸透していくことでしょう。会社を経営するにあたり、経営者が前期の「土の時代」のような古い価値観でいれば人は集まってこないかもしれません。以上のサイトの内容は良いのだが、広告掲載や無料講習などはおススメできない。怪しいニセモノの宗教団体、金儲けの政治団体が暗躍している可能性も捨てきれないからである。このような情報から、真偽をみわける眼をつくるのは、結局は、個人の努力、能力なのである。さて、ナウシカは、女性だが、これはかつて両性具有であった女神の象徴でもある。恐らくモデルはいないだろうが、私には、このナウシカから、アナスタシアというある女性霊能者が思い浮かぶのだが、そのアナスタシアの話は、量子力学に関わった、ある物理学者の話から知った人物なのである。ネットフーテンの寅さんをしていて、以前、このブログで、散逸系の量子力学を数式化した保江邦夫氏を紹介したが、動画で面白い話を語っていた。保江氏は、ドイツの高速道路を高速で飛ばしていたら、この数式が、インスピレーションとして降りてきたと語っているが、恐らく、アカシックレコードを覗き見したのかもしれないが、今回紹介する面白い話はそのことではない。保江邦夫 - WikipediaKyoto University Research Information Repository: 散逸力学系の量子力学保江邦夫特別対談 前編「宇宙の理」 - YouTube保江氏の面白い話とは、ロシアがソ連のときに、UFOをつくるために、ある霊能者とコンタクトを取った話なのである。自分で話すのも億劫なので、ググってその話を以下に紹介する。『響きわたるシベリア杉 (響きわたるシベリア杉 シリーズ2) アナスタシア第2巻』|感想・レビュー - 読書メーターペンネーム「流れ雲」さんこの本を読んだきっかけというのが、保江邦夫氏の著作に出てくるロシアのUFO研究所で働く日本人女性の話でした。その話というのが、シベリア奥地にアナスタシアという共同体があって、そこの人達は、文明社会と無縁の自然と一体となった生活をおくってるらしく、現代人が失った不思議な力を持ってるそうで・・その人達の協力によって、UFOの製造が可能となったとか。というのも、部品を単に組み立てるだけでは、UFOは機能せず、部品の「魂」、「気持ち」を理解した上で、それらが一体となるようにできないと無理らしく、その部品の気持ちを理解できる人こそが、その共同体に住んでいる人たちだそうです。この共同体のアナスタシアという名前と、たまたま見たシベリア杉シリーズ第一巻のアナスタシアとが結びつきまして・・非常に気になったので読んだ次第です。(因みに、保江氏の著書によると、その共同体のリーダー役の女性が代々名のるのがアナスタシアという名前だそうです)1巻にもUFOの話が書かれてますし、本書で出てくるアナスタシアの不思議な力を知ると、共同体と本書のアナスタシアとは関連が大いにありそうです。本書をファンタジーと捉える人もいるようですが、実話なのかもしれません。(ファンタジー小説としては、まとまりに欠ける感じはします)保江邦夫さんが語るロシアUFO研究所~「愛の力」は物事を成長させる | ゆるっとラウンジ54)愛の力でUFOが飛ぶ|アキタロウそこで、今日は「愛の力でUFOが飛ぶ」というお話を。この話は、保江邦夫さんの「神代到来」という2018年に発行されている本に書かれているものです。アメリカと同様にロシアもまた宇宙人から得た技術を用いてUFOを製造し、完成させたUFOの機体を飛行させる実験を重ねていると聞く。ここでは特にその製造と操縦の場面で愛が必要不可欠となっていることについて、ロシアにあるUFO研究施設で働く機会に恵まれた日本人女性から教えていただいた内容を中心としてお話させていただきたい。「神代到来」(海鳴社)よく都市伝説なんかで宇宙人についての話を見たり聞いたりするけれど、宇宙人は実際に存在していて、彼らはアメリカやロシアの科学者に技術提供をしていてどちらの国もすでにUFOを持っているようだ。では宇宙人はどんな姿をしているかというと、ロシアにいる宇宙人の外見は北欧の人のようなのだそうだ。しかし、彼らは言葉でのコミュニケーションはしないらしく、宇宙人同士や宇宙人から地球人への意思の疎通はテレパシーで行われていて、伝えたい情報がまとまってポンと頭の中に入ってくるとのこと。そうやってテレパシーで得た情報をもとに、ロシアの研究所でまずは二機分のUFOの部品を作った。一機目のUFOをロシアの科学者が寸分の狂いもなく正確に組み立てたてたものの、起動スイッチを入れてもピクリとも動かない。そこで、指示通りに作ったのに、なぜUFOが動かなかったのかと科学者たちが宇宙人に問い詰めたところ、こんな返答が返ってきたという。それぞれの部品に愛を込めて組み立てなかったからそれらの部品が全体として一つのUFOとして機能しないのだもちろん、科学者たちは細心の注意を払ってUFOを作っている。細心の注意を払うことと、愛を込めるということは異なるらしい。そもそも愛を込めて作るということがよくわからない。そこで、宇宙人たちはもう一機分のUFOをシベリアの奥地に住むアナスタシアという小さな部族の人たちに作らせるように提案し、アナスタシアの人達によって組み立てたUFOは、スイッチを入れると当たり前のように起動した。このアナスタシアという部落では、いまだに電気や水道のない中世の時代から何も変わっていない生活を続けていて、冬に部落で備蓄していた保存食料が底をついてしまうと、夜中にどこからともなく狼の群れがやってきて部落の外れに、自分たちが捕獲した野ウサギなどの野生動物を置いていくそうだ。つまり、自然の中で他の動植物と共存できるからこそ、困ったときには他の動物たちが助けてくれるわけ。そうして大自然と打ち解けて暮らしているアナスタシアの人達だからこそ、宇宙人と同じように心を込めてUFOのすべての部品を組み立てることで、それらの部品に魂が宿り、すべての部品に愛を貫いていくのではないだろうか。とはいえ、実際にUFOの操縦はロシア人が行うことになる。パイロットがUFOを動かすには、そのパイロットとUFOを動かすためには愛が必要になる。結果的にロシア人パイロットがUFOを操縦できたのは数分間でしかなく、実質的なUFOの操縦は宇宙人の愛の力で行っているという。UFOという機体を作ることは高度な技術だけれど、それ以上に「愛」を持って接するということの方が今の我々には難しいのかもしれない。愛は一喜一憂で身に付けることはできない。我々は、目には見えない力を普段から感じて生きていたりするものの、実証できないことは信じないという態度を取っていたりする。感覚とロジックが分離している。おそらくアナスタシアの人たちは存在が愛なのだろう。生き方が「愛」であり、意識に分離がない。以上の話を信じるか信じないかは、あなたが土人間なのか、風人間なのか、の違いといえるかもしれない。現代風にいえば、脳で考える人なのか、脳を捨てて、地球全体を感じる人なのか、の違いといえるかもしれない。ナウシカになれるか、トルメキアのままでいるのかは、あなた次第といえるだろう。さて、量子力学といえば、初期の量子論を構想したニールスボーアに対して、アインシュタインが「神はサイコロを振らない」と親友のマックスボルン宛の手紙に書いた言葉が有名だが、その内容を詳しくみると、以下のようなものらしい。アルベルト・アインシュタイン - Wikipediaマックス・ボルン宛の1926年12月4日付の手紙原文: Die Quantenmechanik ist sehr achtunggebietend. Aber eine innere Stimme sagt mir, daß das noch nicht der wahre Jakob ist. Die Theorie liefert viel, aber dem Geheimnis des Alten bringt sie uns kaum näher. Jedenfalls bin ich überzeugt, daß der Alte nicht würfelt.(直訳:量子力学はとても印象的です。しかし内なる声が私に、その理論はまだ真のヤコブになっていないと言っています。量子力学はとても有益なものではありますが、かの古人の秘密にはほとんど迫っていません。いずれにせよ私には、かの古人はサイコロを振らないという確信があるのです)この手紙をみると、興味深い言葉が出てくる。アインシュタインが、神を、「真のヤコブ」と表現し、「かの古人(des Alten)」と呼び、量子力学の理論が、神の秘密に迫っていない、とサイコロを振る例えで表現しているところにある。そして、それらが、自身の、内なる声によるものと述べている。アインシュタインはユダヤ人の自覚をもち、ユダヤの祖ヤコブの名で、ユダヤの神ヤハヴェを代弁し、「かの古人(des Alten)」と呼んでいることから、旧約聖書の知識を、ユダヤ教から学んでいるのがわかる。しかし、彼の伝記によれば、彼はユダヤ教の信者ではなく、家系から、アシュケナージユダヤなのがわかる。以下のウイキからもわかるが、アシュケナージは、アッシリアに由来する、という意味をもち、ヘブライ語のスキタイの意味から、赤髪の髭面のモーセに率いられた出エジプトのユダヤ人の一派なのがわかる。神智学によれば、メルキゼデクに指導された白人系のユダヤ人で、セファラディのセム系のユダヤ人とは人種が違う。しかし、いずれにしろ、フリーメーソンの高位のグラントリアンでは、メンフィスミスライムの秘儀に参入し、神々の人類の進化計画に参画した人種や民族を意味する。ちなみに日ユ同祖論も、この派生である。早い話、偽ユダヤではなく、ホンモノのユダヤ人とは、人類の進化計画の指導的立場や役割を与えられた人というわけなんである。ホンモノのユダヤ人になるには、聖杯を手にいれないとダメなのは、前回に紹介した。ヤコブ - Wikipediaアシュケナジム - Wikipediaアッシリア - Wikipedia出エジプト記 - Wikipedia■五■ シュタイナーが明かした空洞化したフリーメーソン結社の実態 第2章-5メルキゼデク - Wikipedia聖杯を手に入れるには、母親がわが子に、自分を犠牲にして、無償の愛を捧げるように、利己主義をなくさないといけない。しかし、利己主義は、物質界に生きる欲から生まれるので、なかなか聖杯を手に入れられない。では、聖杯とは何かと問うなら、シュタイナーは、パウロの回心を、その例えとして挙げている。Laudate | 聖人カレンダーパウロは、タルソ(現在のトルコ南東)でベニヤミン族のイスラエル人として生まれた。本名をサウロといい、若いころは有名な律法学者ガマリエルの弟子となった。(使徒言行録 22参照)彼は熱心なユダヤ教徒であり、それに反するキリスト教を徹底的に排除しようとした。聖ステファノの死刑にも賛同し、エルサレムの教会を荒し、キリスト教徒を迫害した。(使徒言行録7章 参照)。しかしキリスト信者たちを逮捕するためにシリアのダマスコへ向かう途上で、突然光を受け、「なぜ、わたしを迫害するのか」というキリストの声を聞き、地面に投げ出された。そのときにパウロは一時的に盲目となり、自らの闇と出会い、回心した。「主よ どうすることをお望みですか」と尋ね、キリストに従い、その望みを完全に果たしていくということを悟った。そして自分が出会ったキリストの体験と神の愛を語るためにその宣教に生涯をささげた。パウロ - Wikipediaサウロは、パウロに回心し、内なる心の声を聞いた。それはサウロの潜在意識のなかにあった、過去の前世で、キリストに出逢っていたときの記憶なのである。つまり、サウロは、ダマスコで熱病に罹り、キリストと会ったときの自分の記憶を思い出したのである。だから、パウロに改名したサウロは、自分のなかのキリストに従う弟子となった。つまり、心眼の聖杯を手に入れた。さて、この聖杯の図に、原子の電子構造をあてはめてみると、原子の構造が六芒星と十字架との合力の聖杯からなるのが、イメージできるだろう。つまり、原子をつくっているのは、宇宙の愛の力であるのがわかる。だからして、キリストは、オカルトでは、原子の構造をつくる設計図なので、形態霊と呼ばれている。だから、人類の肉体は、原子からつくられているので、その設計図をつくっているのは、キリストの愛の力で、人間の自我の力なのである。脳で考える量子力学が、確率関数の波動関数を、観測し、意識を働かせると、波束が収縮し、量子の状態が決まるというハイゼンベルグの不確定性原理は、愛の力がないと、何も決まらない、電子も生まれないということなのである。キリストの愛こそ、宇宙の動力なのである。愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。 | 聖書入門.com愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。(コリント人への手紙I 13:4〜8)さて、アインシュタインの、量子力学の理論の不完全性への提言「神はサイコロを振らない」に対して、科学史によれば、ボーアは、「神がすることに注文をつけるべきではない」と反論したという。つまり、アインシュタインは、量子力学には、愛が足りない、と言ったのだが、ボーアは、愛について、あれこれいうべきでないと返したようである。愛には沈黙が相応しいようである。ニールス・ボーア - Wikipediaボーアは、量子論の解き明かした粒子と波動の二重性、位置と速度の間の不確定性などの世界像を「相補性」と名付け、後半生には量子物理学と東洋哲学に類似性があるとして東洋哲学、特に易経を研究していた。さらに、次のようにも言っている。「原子物理学論との類似性を認識するためには、われわれはブッダや老子といった思索家がかつて直面した認識上の問題にたち帰り、大いなる存在のドラマのなかで、観客でもあり演技者でもある我々の位置を調和あるものとするように努めねばならない。」その傾倒ぶりは、偉大な功績により、デンマーク最高の勲章であるエレファント勲章を受けた時、「紋章」に選んだのが、陰と陽、光と闇の互いが互いを生み出す様を表した東洋の意匠、太極図であったことからもうかがえる。その紋章は、デンマークのフレデリクスボー城に、世界の王室・元首の紋章とともに飾られている。以上のウイキのボーアの解説をみると、ボーアは、愛を光と闇の、陰と陽の、太極図に求めていたようである。光と闇が愛によって統合されるとき、霊と物質が愛によって統合され、新しい生命を宿すとでも、言いたいかのようにみえる。だから、量子力学という、愛の観測論を通じて、UFOを動かすには、肉体を動かすように、自我の愛の力が必要で、それは母がわが子を一部と感じ、無償の愛を注がないと、動かないのである。理屈で、ヒトが動かないのと同じである。ヒトを動かすには、愛の力がないとダメなんである。愛こそ宇宙に漲る全てなのであり、天空の音楽なのである。アーメン