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シュタイナーから読み解く神秘学入門

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2019年06月01日
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カテゴリ:軟弱日本を斬る!
忙しくて月1の書き込みになってしまったが、月2になり、そのうち放置にならないように書き込みたい。

 あほ総理になってから、巷に暴言が氾濫し、ネットでは炎上が多発しているが、その最たる問題の1つとなっているのが、歴史認識にある。この国では真面に歴史が教えられていないからである。

 それも大河ドラマの非常に脚色されたレベルで、いうなれば権力者のイメージ戦略の宣伝道具の1つと堕落腐敗している。第一に歴史は多面的観点からとらえなければ意味がなく、単なる独りよがりの陳腐な妄想の道具にすぎなくなる。

 だから色々な仮説を検証し、また隣国との関係や、世界的出来事とのつながりから共通の一致点を見い出さないと、とても知的資源とはなりえないものなのである。

 いわば巷で蔓延る日本史といわれるものは、妄想に近い神話に似たもので、信じるか信じないかの宗教色的意味合いが濃くなってしまっている。

 とにかくタイムマシンに乗って過去に戻ることはできない時点で、歴史というのは現在を起点にして考えていくしかないものなのである。過去はこうだったと現在から語るしかできないわけで、その現在から見い出せる歴史認識を、できるだけ未来には知的資源となるように、万人が納得し、協調できるように、標準化していかねばならない。

 だから人類が精神的に進化していくためには、歴史を反省材料や題材とするのが、至極当然の成り行きに思われる。だから過去を美化するのは最も愚劣な、同じ間違いを犯しやすいやり方である。

 過去の栄光に縋りつくな、失ったものを悔いるのは愚か者のやることである。

 例えば、英国病というのがある。かつて日の暮れない大英帝国といわれていたが、いまやどうだろう。EUから離脱するかで議会紛糾である。かつては他国を支配していたが、もはや自国もまとめられないほど落ちぶれてしまった。

 いつまでも支配する立場にいられると思う浅はかさ

 過去は過ぎ去り、未来がやってくるのは世の常で、支配すれば、支配されるのが、カルマの法則で、4次元の掟である。

 この二面的観点から、歴史には支配層と被支配層の観点があることがわかる。

 歴史に無知な愚かな某維新議員がエタヒニン発言をしたが、このような人は被支配層の観点が抜けているので、八切史観などを取り入れるべきである。大体、現代では、代議士は被支配層の代表で、支配層となっている内閣の監視役のはずである。

 被支配層の代表が議会で法律を決めて、それを忠実に実行するのが内閣である。代議士が内閣側の発言をするのも愚劣で卑怯であるから、当然代議士の資格は剥奪されるべきだろう。被支配者の代表が支配層の発言をするのは裏切り者の証である。

 このような強い立場に寝返る日和見主義の人間は、どこにいっても嫌われるのは、支配層の観点からも、被支配層の観点からも、信頼できない人物だからである。俗にいうゴマすり野郎である。ドラえもんのスネ夫である。

 さて八切史観では、このようなどちらの観点からも信頼できない人物は、古来この国からは、ブシン「不信」とよばれ、ンが消えて、ブシとなった。漢字は大陸中国からきたので、この日本列島では後付けで、現代でも横文字のカタカナ読みになると、過去の悪いイメージが払拭されるのは、今も昔も変わらない。

 恐らく、サムライ「侍」も、高貴な人に、金魚の糞のように護衛でついていくから、さぶらうの悪いイメージが払拭したのだろう。いまでは護衛がボディガード、シークレットサービスという言葉になって良いイメージしかないが、はじめは進駐軍の配る金銭目当てのタカリみたいなものである。

 高貴な人というのも、大陸から来た進駐軍で、いわゆる侵略者だから、この国の住人は過去の免疫から、GHQのマッカーサーもすんなりと受け入れられたのだろう。

 高貴な人が高貴なのではなく、侵略されたものが、それだけ素朴で、田舎者だったにすぎない。洗脳されやすかっただけである。

 そういうわけで、ブシというのは、白村江の戦い後の、大陸の唐の進駐軍でもなく、進駐軍のほとんどは仏教の坊主だから、大陸からきたカースト制度では、坊主の下という位になる。

 当時の敗れた原住民のなかの進駐軍に寝返ったものや、朝鮮から連れてこられた連中が、進駐軍の取り巻きとなり、ブシとなったわけである。だから、しんがりの「殿」と呼ばれる。

 この支配者側と被支配者側のブシのなかでの闘争が、後に鎌倉、室町、戦国時代になって、大陸側の血を排除しようとして、江戸幕府につながるわけだが、済州島を経由して、かえって朝鮮の血が濃くなるのだから皮肉でもある。

 信長、秀吉、家康も皆いってみればエタヒニンの出なのである。

 だから八切史観によれば、某維新議員の発言は無知なるゆえの無知発言なのである。

 徳川姓というのは、日光の近くにあった徳川村にあり、家康の幼少の名は、世良田二郎三郎であるという。徳川村生まれだが、駿河に身を売られ同然で出稼ぎに出され、松平元康と戦ったという伝記もあるという。

 だから、家康は単なる改名ではなく、松平元康を殺して成り代わったための改名なのである。

 このような歴史背景を知ると、本能寺の変も理解しやすくなる。信長、秀吉は、当時の仏教の人身売買をやめさせ、身分差別をなくし、エタヒニンの原住民国家をつくろうと、廃仏国家、朝廷を廃嫡しようとしていたし、そのための楽市楽座とキリスト教布教なわけで、当時の銀資本の経済体制を原住民に有利な金資本にしようとしたが、大陸を中心とした仏教勢力の巻き返しにあって、秀吉は一代で潰れたわけである。

 信長、秀吉がなぜ唐入りを目指したかがわかるだろう。大陸からの独立である。そういうのはこの国では教えない。というのは米国の植民地で、米国の意向を汲む現政府があるからである。

 だからこの国では歴史は陳腐で、単なるフィクションでしかない。哲学足りえない陳腐な妄想なのである。マスタべーションと同じで、自分さえ気持ち良ければいい思い込みなのである。





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Last updated  2019年06月01日 13時45分05秒
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