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2020.01.12
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 私が彼女を最初に見たのは、私がドイツに住んでいた時、彼女のシニアデビューの年だった。父親が同じ年に安藤美姫を「手の表現が良い。」と評していたのを覚えている。当時から陰を好んだ私は、何となく憂いのある安藤美姫や村主章枝の方に興味があり、彼女のことは歳の割に幼そうな、朗らかに無邪気な選手としか映らなかった。

 そもそもスケートには興味がなかった。というのも、私自身にスケートは不向きだったからだ。今でも憶えている。初めて氷の上をスケート靴で乗ったとき、私の歩みを支えるのに、そのブレードはあまりにも心許なかった。まして滑っていくとなると、その靴の重みは大変な負担だった。昔から慎重すぎる私には、とても扱いきれない代物だったのだ。今でこそ、走るより速く風を切る気持ち良さを知っているが、当時の私にはスケートは痛い、重い、怖い以外にはなかった。だからその無関心さのまま、浅田真央に対しても、すごいなーきれいだなー程度の、道端の花を愛でるような気持ちしか持ち合わせていなかった。

 そんな頃の私を、父親はあらゆる場所に旅行に連れていき、美術館や博物館、城の類は有名から無名まで、音楽は特に高額を払い、とにかく貴重な体験をさせてもらった。その中には私が憑りつかれたと言っても過言ではない、ドストエフスキーらロシア的なものとの出会いもあった。

 そんな経験をしてから、帰国し、観たのが、あの「仮面舞踏会」だった。
「仮面舞踏会」はストーリー性に富んだ曲である。あらすじを簡略すると、主人公の賭博師が妻と行った仮面舞踏会をきっかけに、妻と以前自身が救った公爵の仲を疑い、妻を毒殺し、死の直前まで詰問する、というものだ。帝政ロシア末期の貴族社会の特殊性を批判する演目に使われる組曲として名高い。
 浅田真央の「仮面舞踏会」は主人公の妻、ニーナを演じたものだろう。おどろおどろしくも荘厳な曲調の中で、彼女は仮面舞踏会の怪しげな楽しさを表現していた。髪を撫でる仕草、首を振るような仕草、そのときの手の動き、実に官能的である。次々と繰り出される美麗のスパイラルは、その破壊的な美しさが、その後の破滅のストーリーを暗示しているようでもある。そして、これぞ浅田真央が唯一無二の浅田真央たる所以、私情を挟めば、私に芸術の何たるかを知らしめた、ステップである。40秒という長さもあって、エレメンツが実に濃い。そして何より豪奢だ。狂気、官能、破滅、刹那…そんなものが一気にぐるぐると回っているのである。
 
 このステップを見たとき、私の中ではドイツに住んでいる間に学んだ様々な王朝の興亡が、その煌めきとともに噴出していた。どの王朝の興亡も、官能的であり、狂気であった。特に思い出したのが、エカテリーナ宮殿の「琥珀の間」である。部屋の全面を琥珀が覆うこの一室は、豪華絢爛ながらその眩しさがどこか不気味だった。確か当時の日記に「やりすぎ」と書いたように記憶している。フランスのベルサイユ宮殿などの、すっきりとまとまった豪華さに比べると、ロシアのどこか中世を引きずったように感じたのだろう。この美しさ、この豪華さは滅びゆくものであると、無意識に感じたのかもしれない。そういった意味でも、この一室は実に官能的なのだ。
 浅田真央のニーナは、この「やりすぎ」な豪華さの中で、踊り狂っていた。一心不乱に。それは破滅、一瞬の煌めき、あるいは柳田國男の言うところのワライと言ってもいいかもしれない。日本では、女性は笑わなかった。狂気に紛れて笑うことはあっても、ほとんどは笑みを浮かべるだけで、笑わなかった。実際には笑う女性もいただろうが、女性の表象にはほとんどない。ワライが聴覚に対する攻撃ならば、彼女の演技は視覚への攻撃といってもおかしくないだろう。多くの選手がほほ笑む中で、彼女は笑ったのである。狂気の笑いである。ドストエフスキーを読んでいると、ロシア人の笑いは狂気と併発のものであることが分かる。これをタラソワ先生が振り付けたころ、男子では4回転が見られなくなっていたし、女子でも3Aや3‐3‐3に挑戦する選手は少なくなっていた。そんなフィギュアスケートへの嘲笑すなわち攻撃が、このプログラムだったのではないかと思えてならない。そしてそれは警鐘として、次のシーズンの「鐘」に引き継がれている。ちなみに、翌年のSPでの仮面舞踏会のテーマは、初々しさであった。ワライのプログラムをエミのプログラムへ変化させたその手腕は、実に見事なものであったと思う。
 
 さて、その次の「鐘」。ヨーロッパの音楽家は鐘の音の支配下にあって、これから逃れることはできない。これは「鐘」の作曲者であるラフマニノフの言である。私は最初、このプログラムの意図するところがよくわからなかった。その完成形が見えてきた全日本の時点ですら、このプログラムに対して、大作の予感がなかった。
 
 結論を言えば、オリンピックでの演技が一番、次点が世界選手権のものである。元長光チームにいた友人の証言では、この年、浅田は初経を迎えたらしい。そのためにジャンプの感覚が狂っただけでなく、自身の身体に対しての懐疑も手に負えなかったのではないかと思う。それを完全に克服できたのが、四大陸選手権の時だったのだろう。この時には余裕を感じた。
 
 しかしオリンピックでは誰もが想像しなかった(のちに審判自身が間違いと認めたほどの)高得点が、金メダルの大本命に与えられた。そんな中で、浅田はうずくまるようにリンクに立った。広いリンクにおいて、助けてくれる者はない。一瞬のうちに作られる孤独。それはかつて偉大になりすぎた伊藤みどりも立った崖の淵である。彼女には笑う(笑む)余裕はない。轟くような鐘の音に合わせて宙を抱き、そこから延びるストローク。鐘の音を裂くような鋭いジャンプ。このころのジャンプの飛び方は、決して美しいものではないが、「鐘」の支配下にあってはそれすら表現ではないかと思えるほど、抑圧される者の声を体現している。おそらく浅田の最大の弱点を隠すための、タラソワ先生の作戦だったのだろう。祈り、暴力、怒り、そうした振り付けの中に鋭いジャンプが散りばめられている。スピンのポジション、エッジのチェンジが曲と一番合っているのはこの時である。重々しい鐘の音のなかでの美麗のスパイラルに、鬼気迫る表情。手の表現も秀逸だ。後に「理不尽と思う採点はあった。」と笑顔で語った浅田だが、この時の気迫はそうした審判に対してだけでなく、自身の意志に反して時間の流れを強要する身体への、なす術のない怒りの表出でもあったのではないかと思う。浅田は確かにミスをした。しかし多くの芸術家は、このミスすら良いという。それは後続のエレメンツの凄絶さによるものだろう。雪崩れるようなツイズルからドミノ倒しのようにステップへと続く。そこで我々が目にするものは、炎のような抑圧から逃れる、あるいは闘う一人の人である。ウィンドミルやターン、SPであれほど優雅に動いた腕や肘は、何よりも勇ましい。高く天に向かってあげられた足先の、なんと鋭いことか。そもそもこの曲は、オーケストラバージョンにしたことで、ピアノバージョンよりも焦燥感を掻き立てられるようになっている。自然、ミスを誘発しやすくなっているだけでなく、単調な編曲であるためにミスが目立ちやすいという課題を抱えている。タラソワ先生は何度も浅田に「乗り越えろ」と語った。彼女は平易な曲をフリーで選ぶ人ではないのだ。悲鳴のような歓声、それに包まれて天を見上げたとき、このプログラムは完成した。この完成の具合は実は世界選手権の時の方が、このプログラムにはあっている。
 
 全てを見届けたとき、私はまだ怒りに震えていた。しかし冷静になって観ると、ある情景が浮かんでくる。それはロシアの姿そのものと、ローマ教皇が死んだときの景色である。ロシアという土地は灰色だった。いまだにかの国を支配する、歴史の歯牙こそこのプログラムを支配する重圧である。ドストエフスキーの作品を読了しても、私はこの重圧を感じることができる。そうした意味で、「鐘」は「仮面舞踏会」の続きなのである。私がヨーロッパでもっとも鐘を感じた瞬間、それはローマ教皇の死去に際してであった。街の教会の鐘が何度も何度も鳴っていて、ただならぬことが起きたことが分かった。「ローマ教皇が死んだんだ。」父がしばらくしてから言った。そのときの情景が思い浮かぶのである。
「鐘」の音は警鐘であった。フィギュアスケート界にはただならぬことが起きていた。しかし、それはいつの時代もどこにでも起こりうる危機であり、実際に起こっている危機である。
 
 タラソワ先生と浅田真央の合作は、ロシアを通した混沌の世界であった。当時学生の私はそれを「ロシア的なもの」と表現したが、ある先輩には一笑に付されたことがある。そのときは「ロシアに行ったこともないくせに、体感したこともないくせに。」と思ったが、今にして思えば、彼女には審美眼がなかったのだと思って留飲を下げたいと思う。
 
 はたして、彼女たちが鳴らした鐘の音はどう響いただろうか。愛弟子のソトニコワが金メダルを取ったソチオリンピックの瞬間でさえ、タラソワ先生は「真央が私の正しさを証明してくれた。」と語っている。



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最終更新日  2020.02.12 16:26:44
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