中二の話
自分の能力に対する絶望。 分かってはいた。 余りに覚えが遅い。 元々、「他人が出来ることが出来ない」人間なんだ。 偶に、「他人が出来ないことを直ぐにマスターする」ってだけで、基本的にはこの社会に於いては低能力者である。 僕の人生の歩みが今の僕を作っている。 詰まり、僕自身が僕が存在する環境と一緒に僕を作り上げてきた。 低能力なのは僕の責任。 社会アジャストできないのは僕の責任。 スタンドプレイを望んでいるわけではないのに、スタンドプレイになってしまう。 本当はチームプレイを望んでいるんだ。 併し、チームプレイというものがどういう物か分からない。 だから、僕は野球が上達しなかった。 昔、一人に慣れざるを得ない状況に僕はいた。 「鍵っ子」って奴だ。 小学校低学年からずっと「鍵っ子」だった。 僕にはその頃の記憶が余りない。 色々な部分を端折って、結論だけ言えば、その期間は別に苦しい期間ではなかったのだろうと思う。 小さい頃から一人で居ることになれ、其の結果、一人で居ることが快適になってしまった。 今でも、一人で居ることが快適だと感じる。 併し、社会は一人で回せない。 僕に一人でマネーを稼ぐ才能があれば、一人で居ても問題はないのだろうが、そんな才能もないし、そもそも、ずっとマネーを稼ぐことに現実感がなかった。 過去形ではなく、今でも現実感がない。 リベラル的なものが嫌になり、保守的なものも嫌になった。 資本主義世界を前提とする思想は合わない。 無論、僕が理想とするような社会制度が実現したとして、其れが僕に合うとも思えない。 何時の世も、チームプレイの出来ない僕が生きやすい訳じゃない。 何が失敗したか。 単純に一人の快適さを小さい頃に知ってしまったことかもしれない。 その癖、その頃はチームプレイが出来ない子供じゃなかったから、僕は小学生にして、色々と勘違いしてしまっていたのだろう。 必然であったかのように、中学生で壮大に躓いてしまう。 一番躓いたのは中二の頃か。 その後、高校でも立ち上がれなかったが、結局中学校で躓いた事が尾を引いた形に過ぎない。 そう、適応能力が低すぎるんだ。 そして、小学校の間で作り上げた自分の世界を壊したくないと思い続けてしまっている。 繰り返し書いているが、僕が左利きで、右利きの人と「行動パターン」が違ってしまっているのも要因の一つだろう。 詰まり、僕が右利きの人(右利きの行動様式の人)と一緒に動くには、最低限「右利き」と「左利き」2つの行動パターンを理解して、無意識的に使い分けなければならない。 チームプレイが上手く行かなかった要因として、僕が右利きの行動様式を理解しようとしていなかったことも挙げられるだろう。 結局の所、右利きの行動様式の人に僕が付いていくには、デフォルトの2倍から3倍の処理速度が必要だろうと思う。 加えて、僕は要領が悪く、物覚えが悪いから、チームプレイをするには普通の人の4倍の処理速度(思考速度)が必要になってくるのだろう。 僕は右利きの行動様式の人と、同じ条件で頑張ろうとしていた。 頑張るって言葉は力みを誘発しそうで嫌だけれど、最近は使うようにしている。 斜に構えても仕方がないから。 最低でも、普通の人の4倍は頑張らないといけない。 それで、僕は漸く普通の人と対等に動けるのだろう。 チームプレイが出来るようになるのだろう。 其れに気付いた今、急ピッチで「改造」をしている。 次にチームプレイが必要な時までに間に合うのか。 そして、此の「改造」が正しい方向に進むのか。 何も分からない。 併し、「間違っているかもしれないから何もしない」よりは、自分の信じた取り組みを全力でやってみる方がマシだろうと思う。 「魔改造」になってくれればいいなと思いつつ、まずは4倍の処理速度を目指す。