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かつてはアマチュア衛星QSOブログでしたHi 最近は何でも記事にしています。
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古代史を読み解く上で、神と巫女の存在は重要です。 神とは元々は大きな功績があった人物で、死後に神社に祀られる事で神になります。 (フツーの人でも神社に祀られれば神になれますHi) その大きな功績を創り出したパワーを継続的に引き出すのが巫女の役割です。 ヤマト王権が成立する以前の、クニが何百もあった時代には、それぞれのクニに神と巫女がいて、それらが統合・吸収されて行きます。 この過程で、どれだけ多くの神と巫女を得られるかが権力の大きさにつながって行きます。 権力拡大の源は軍事力ですが、古代においては「祭政一致」が原則です。 ヤマト王権の時代になると、天皇は皇后(皇族の娘)や複数の妃(豪族の娘など)を娶りますが、これら皇后・妃の多くは巫女です。 どれだけ多くの神と巫女を持てるかが権力の大きさとなる訳です。 (皇位の継続を安定化させるために複数の皇子を持った、と考えるより、むしろ母違いの皇子たちは皇位継承争いを起こし、政治を不安定化させます) 各地の神の祭祀権を得る事で勢力範囲を拡大して行った、 と考えるのが古代の国家形成プロセスです。 『古事記』や『日本書紀』の神話は、各地の神がヤマト王権に統合されて行く過程を表します。 大和の地である奈良盆地南部の祭祀権を有していたのは出雲族である三輪(みわ)氏です。 三輪山(みわやま)を御神体として大物主神(おおものぬしのかみ)を祀っていました。 巫女は地元の人であるホケノ山古墳に眠る女性だと思われます。 ホケノ山古墳の被葬者は第10代崇神(すじん)天皇の皇女である豊鋤入姫命(とよすきいりひめのみこと)とされていますが違うと思います。 ホケノ山古墳に葬られた巫女は葉っぱの付いた木の枝で神託をおろす巫女。 この古墳からは極端に幅が狭い棺が発掘・再現されています。 この巫女は二度と祭祀が出来ない様に、肩を外されて巫女の能力を封印されています。 『日本書紀』には崇神天皇の時代に第7代孝霊(こうれい)天皇の皇女である倭迹迹日百襲姫(出た!やまとととひももそひめ)が大物主神の妻になったとあります。 倭迹迹日百襲姫も巫女です。 これは、崇神天皇がこの地の祭祀権を三輪氏(出雲族)から奪い、大和の支配者になった事を意味します。
軍事的な占領だけでは、その地の民は納得せず、その地の神の祭祀を行う者が交替して、新なた支配者が現れた瞬間でした。 重大な結論です。 大和に最初に天皇として君臨したのは第10代崇神天皇です。 崇神天皇の名は、 「御肇國天皇(はつくにしらす すめらみこと)」:初めてこの国を統治する天皇 でもありす。 ******************************************** 古代の漢字2文字の「〇〇天皇」の名は奈良時代に『古事記』、『日本書紀』が成立する過程で、淡海三船(おうみのみふね)が初代神武天皇から第41代持統(じとう)天皇までを一括撰進した、後付けの名です。 崇神天皇の治世年は纏向遺跡と箸墓古墳の考古学的調査から3世紀前半と考えられています。 この時期が卑弥呼の時代と重なるため、日本古代史解釈の混乱を生む事になったのは、前述の通りです。 ******************************************** そうすると、神武東征(じんむとうせい)は初代神武天皇ひとりの代で成し遂げられたのではなく、欠史八代(けっしはちだい)と言われる第2代から第9代までの天皇と崇神天皇までの10代に渡って行われた事になります。 『日本書紀』には、このあと、「箸墓(はしはか)伝説」と言われる倭迹迹日百襲姫の不審な死が記されています。 事故死の様に書かれていますが、崇神天皇が2本の槍で倭迹迹日百襲姫の下腹部を刺して〇害したと解釈出来ます。 倭迹迹日百襲姫は第7代孝霊天皇の皇女とされていますが、欠史八代に含まれる孝霊天皇の実在性は乏しく、倭迹迹日百襲姫は崇神天皇が東征の過程で、よその土地から連れて来た巫女だとも考えられます。 実の娘である豊鋤入姫命を後任の巫女に充てるための計画的〇害だと予測します。 倭迹迹日百襲姫はサイキッカーであるため、崇神天皇は霊威を恐れ、初の大型前方後円墳である箸墓古墳を造り、霊を鎮めたのだと考えると納得出来るストーリーになります。 前方後円墳はヤマト王権のシンボルであり、この特異な形状は王の権威を示す役割も合わせ持ちます。 加えて、三輪山の祭祀権を奪われた三輪氏は、副葬品の豪華さから、他の古墳の追随を許さない隔絶した地位にあった人物が葬られているとされる桜井茶臼山古墳(外山茶臼山古墳(とびちゃうすやまこふん)、桜井市)に眠るのだと推理します。 これらの位置関係は奈良盆地南東部の数km四方の範囲に納まります。 余談 一般人が神社にお参りしてご利益を授かるのは困難です。 本当にご利益を授かりたいのであれば、その神社の巫女さん(あるいは男性の覡(げき))と結婚しなければいけません。 ただし、現在の日本では重婚は認められないので、得られるご利益はひとつですHi