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2009年12月02日
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世界GPに復帰した1973年のYZR250(OW17)以来となる250CC・純ファクトリーマシン。

YZR500(OW81)の開発過程で試作した2軸クランク・60度Vツインエンジンを進化させ、
アルミデルタボックスフレームに搭載。

振動軽減のために採用した同時爆発方式は始動性に難を残したが、
卓越した動力性能と軽快なハンドリング性能により、
1986年、カルロス・ラバートが2度目のチャンピオンを獲得。


この車両は同年の最終戦・サンマリノGPで平忠彦がGP初優勝を飾ったマシン。




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ヤマハ発動機 ”TZ250の進化とVツイン・YZR250”

”「頂点をめざして YAMAHA Motorcycle Racing History 」見学記”

”1986 YZR250 #31”模型製作記






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1993年 世界選手権250CCフル参戦、初年度チャンピオンを獲得した原田哲也選手のマシン
1993 TZ250Mにはゼッケン31番が輝いています。

画像 077_2_450.jpg


このゼッケン31の由来はヤマハワークスの偉大なる先輩、
平忠彦さんが世界選手権初優勝を飾った時につけていたゼッケン31を受け継いでいます。

12.png






ここでは平忠彦さんが世界選手権、初優勝を果たした1986年サンマリノグランプリを振り返ります。






平忠彦 戦積

1980年 全日本350CC ランキング1位  


1981年 全日本500CC ランキング6位  
    全日本350CC ランキング8位


1982年 全日本500CC ランキング6位


1983年 全日本500CC ランキング1位


1984年 全日本500CC ランキング1位  

    世界選手権第8戦オランダGP アッセン決勝6位
    世界選手権第8戦ベルギーGPスパ・フランコルシャン決勝6位     
    世界選手権500CC ランキング16位

    デイトナ200決勝5位


1985年 全日本500CC ランキング1位

    世界選手権第4戦イタリアGP ムジェロ決勝15位
    世界選手権第5戦オーストリアGPザルツブルグ決勝9位     
    世界選手権500CC ランキング21位 










全日本最高峰のレース500CCクラスで3連覇を達成。
平忠彦は名実ともに日本を代表するライダーに成長致しました。

そして1986年
ついに平忠彦は念願の世界選手権にチームMarlboroヤマハ・アゴスチーニより
250CCクラスにフル参戦を開始します。







第1戦スペインGP ハラマ
初めてのハラマサーキットだったが、予選で順当に2位を獲得、フロントロースタート。
決勝押しがけスタートするもの、平のYZR250はエンジンに火が入らず、再度押しがけをしようとマシンを降りた瞬間、後続車が平に激突。
待ちに待った平忠彦の世界選手権フル参戦、第1戦はこの瞬間に幕を閉じた。

タイラのレントゲンを見たドクターコスタの診断は”骨折”だった。



第2戦イタリアGP モンツァ
第1戦から約2週間後、怪我をしてパンパンに腫れ上がった左足をチームメイトの通称”ビッグマック”ことロブ・マッケルニの特大ブーツに押し込め、タイラはモンツァサーキットの予選を走っていた。
予選結果は上々といって良い10位。
しかし、問題は押しがけスタート、果たしてこの足でマシンを押してエンジン始動が出来るのだろうか・・。
痛み止めを打った足で決勝スタート、エンジンはなんとかかったが、ほぼ最後尾からのスタート。
決勝は22位という結果が残ったが、彼の左足はレース前より悪化し、腫れ上がった。

”このレースはなにがなんでも完走したかった。”



第3戦西ドイツGP ニュルブルグ
冷やし続けた左足は回復をみせていた。
予選6位からのスタートだったが、やはり押しがけで出遅れ、後方からの追い上げとなる。
ドミニク・サロンとのバトルに競り勝ち、決勝結果11位。
入賞まであと僅か・・。
このレースの後、左足の診断の為、日本に一時帰国する。



第4戦オーストリアGP ザルツブルグ
左足も更なる回復をみせ、日本帰国で気分転換になったのか良い流れでレースを迎える。
またもやスタートに出遅れるもの決勝8位。



第5戦ユーゴスラビアGP リエカ
またもやスタートに失敗。
遅れを挽回しようとしたタイラだったが、他車に押し出されるようにコースアウト、転倒リタイアとなる。
今度は右足を痛めてしまった・・。



第6戦オランダGP アッセン
日本からの応援団、ヤマハワークスの先輩ライダー、シャケさんこと河崎裕之選手がやってきて強力アドバイス。
決勝では相変わらずスタートで順位を落とすも今シーズン最高位の6位入賞を果たす。



第7戦ベルギーGP スパ・フランコルシャン
決勝はレインコンデションのサバイバルレースとなった。
タイラはいつものようにスタートに出遅れるもの、転倒者続出の中、着実な走りで9位でゴール。



第8戦フランスGP ポール・リカール
決勝、やはりスタートに出遅れ、ほぼ最後尾スタート。
10位でレースを終える。



第9戦イギリスGP シルバーストーン
鈴鹿8耐直後のイギリス、疲労のためか予選から低迷し予選13位。
レインコンデションの悪条件の中、決勝スタート。
いつものように追い上げのレースだったが、水に足をとられ転倒。
またもや右足を痛め、松葉杖と車イスが手放せない体に戻ってしまった・・。



第10戦スウェーデンGP シルバーストーン
歩く事もままならない体でレース参戦。
決勝は13位という結果を手に入れる。



第11戦 最終戦サンマリノGP ミサノ
タイラの足は順調に回復していた。
予選も結果はそれを表していた・・予選、この年、早々とチャンピオンを獲得していたカルロス・ラバートに続く2位。
予選結果が良かったのは体の回復だけではない。
タイラはシーズン開幕前にこのミサノサーキットを1度走っていた。
日本の筑波サーキットに似たこのミサノとの愛称は悪くなかった。

決勝は今シーズン何度も目にしたスタート失敗、いつものように追い上げのレースが始まる。

この日のタイラは怒涛の追い上げをみせた。
何台ものマシンを抜き、2位集団のホンダ勢に追いつき始めた。
場内の観客ははるか後方から追い上げてきたタイラに歓喜の声を上げた。

24周目、独走状態だったラバート転倒、2位集団がそのままトップ争いに変わる。
良ければ優勝・・悪くても今期最高順位の5位・・上々だ。
しかしこの日のタイラはトラブルに臆する事なく攻めた。


250CCのトップライダーは爽やかなスポーツ選手というよりも・・数々の闘いを経験してきた”いぶし銀の職人”だ。
ゼッケン56 ロスマンズホンダ ドミニク・サロン
ゼッケン19 カンプサ ホンダ アルフォント・シト・ポンス
ゼッケン2 ロスマンズ ホンダ アントン・マンク
世界に名だたるライダーと互角、いや以上の鋭さをみせタイラは走る。
何度も・・何度も・・順位を入れ替え、グランプリ史上に残る名勝負が展開される。


そしてチェッカー、ついに平忠彦は苦難の道の先に世界選手権初勝利という栄光を手にする。

   





今では考えられない事実、遠く離れた日本でもこのニュースはテレビを通して、お茶の間に流れた。
ずっと低迷していた全日本のエース、平忠彦に声援を送り続けたレースファンはこの快挙に歓喜した。

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                     ☆












翌年の1987年より世界選手権では危険回避の為、押しがけスタートは禁止されます。

レースの世界に”たら、れば”という言葉はありませんが、
もし、平忠彦選手が初フル参戦したこの年に押しがけスタートが禁止されていたなら・・と
思わずにはいられません。

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YOU TUBE 平忠彦 1986 WGP250cc 最終戦サンマリノGP



















関連画像

1985 FZR750 (OW74) TECH21 ケニー・ロバーツ&平忠彦

1990 YZF750 (OWB7) TECH21 平忠彦&エディー・ローソン

1984 YZR500 (OW76) #1 平忠彦

80’s バイク"2010 東京モーターサイクルショー "

80’s バイク "2010 全日本ロードレース 第1戦 筑波 "

平忠彦さん 秘宝館


画像 310.jpg













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Last updated  2011年02月02日 23時03分45秒
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