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2009年12月13日
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カテゴリ:鈴鹿8耐
1985年、鈴鹿8時間耐久は開催前から異常な盛り上がりをみせていた。

画像 085_300.jpg

1983年にフレディー・スペンサーと壮絶なワールドグランプリのチャンピオン争いの後、引退した通称”キング”ことケニー・ロバーツが鈴鹿8時間耐久にやってくるという。
しかもペアライダーは全日本500ccクラスで2連覇を達成している平忠彦という布陣である。
人気、実力とも申し分ない夢のコンビが夏の鈴鹿で実現した。



しかも彼らの乗るマシンはライトパープルに塗られ、
当時はまだサーキットに存在していなかった3人のハイレグ姿のキャンペンガールに囲まれていた。
これに対して多くのレース関係者が顔をしかめた。
”あの”キング”ケニーがこんな色のマシンに乗るのか・・。”




しかし、鈴鹿を訪れたファンにはこの異色コラボは斬新に映った。




彼らのチームのスポンサーは化粧品会社、資生堂であった。

男性化粧品の新ブランド、"TECH21"のイメージに”スピーディさ”があった。
これが当時、全日本ロードレースの頂点で活躍し、
世界グランプリに向けて羽ばたこうとしていた平忠彦と重なった。
甘いマスクが女性ファンを惹きつけ、身長180センチ、体重70キロ、モデルとしても申し分なかった。






”ヤマハが俺を必要とするなら喜んで出るよ。”
引退して2年以上たったケニー・ロバーツは現役当時の体を作って、真夏の鈴鹿サーキットに現れた。


マシンは当時発売されて間もない水冷FZ750エンジンをベースとしたヤマハワークス製FZR750。
ライトパープルの車体にライト周りはいわゆる”水中メガネ”のカウル、そして黒ゼッケンに白文字の”21”。
優勝候補の筆頭に挙げられた。

画像 054.jpg







初めての鈴鹿、2年のブランク・・
キングケニーはナーバスになるどころか、こう言い放つ。
”全てのセッテングは平に合わせてくれ。”













公式予選、当初の予想を裏切る事もなく、ケニー・ロバーツ&平忠彦の資生堂ヤマハ"TECH21"チームはホンダワークスのエースチーム ワイン・ガードナー&徳野政樹組より1秒近く速いレコードタイムを叩き出し、ポールポジションを獲得。














15万6千人もの観客をも呑み込んで、午前11時30分、カウントダウンとともに1985年鈴鹿8時間耐久のスタートが切られる。
ル・マン式スタートにより一斉にライダーがマシンに駆け寄る。


スタートを切って、わずか数秒で観客達の期待は悲鳴にかわる・・。
ゼッケン21、”キングケニー”の乗る資生堂ヤマハ"TECH21"チームに火が入らない・・。



"TECH21"ヤマハワークス製FZR750がその咆哮を轟かせたのはほぼ最後尾になってからであった。











1ラップ目 35位でグランドスタンド前に戻ってきたケニー・ロバーツ。
何故、この男は”キング”と呼ばれているのか・・。
その答えはここから読み取る事が出来る。


2ラップ目 28位
5ラップ目 12位
8ラップ目 7位
13ラップ目 4位
18ラップ目 3位
20ラップ目 2位


わずか20ラップあまりで50台ものマシンをゴボウ抜きしたケニー・ロバーツ、現役を退いてもなお”キング”の走りを真夏の鈴鹿で披露する。














約1時間後ケニーはピットイン、全日本の若きエース平忠彦にバトンを渡す。



”キングケニー”のペアライダー平忠彦も1時間後40秒あったガードナー&徳野組の差をつめてゆく。
ガードナー仕様のマシンに苦しむ徳野を2~4秒上回るペースで周回、38周目、ついにトップに躍り出る。

6時間目には同一周回するマシンはなく、2位、ガードナー&徳野組をも遥か後方を走行している。




レースも残り1時間、ケニーからタイラにライダー交代。
夕闇の鈴鹿をゼッケン21資生堂ヤマハ"TECH21"チーム 平忠彦、安定した走りをみせゴールを目指す。

この時、多くの観客が”ケニー&タイラ”の資生堂ヤマハ"TECH21"チーム勝利の姿を思い描いたに違いなかった。











午後7時すぎ、残り29分、181ラップ目 鈴鹿の魔物が突然、牙を剥く。


”タイラのマシンが帰ってこない。。”
平の乗る”TECH21”FZR750が突然のスローダウン。


走行ラインを右に寄せ、何度もリア周りに視線を落とす平忠彦。
マシンの状態を確認するようにスロー走行で平忠彦がホームストレートに戻ってくる。

コンクリートウォールにマシンを傾け、”TECH21”チームの仲間達の顔を力なく見上げる平忠彦。








”ケニー&タイラ”の資生堂ヤマハ"TECH21"の8時間耐久レースはここで終わった。









午後7味30分、1分以上離されても最後までレース諦めなかったホンダのワイン・ガードナー&徳野政樹組がトップでチェッカーを受けた。






1985年の鈴鹿8時間耐久レースで見せた”ケニー&タイラ”の走りは現在でも伝説としてファンの間で語り告がれている。

IMG_3093.JPG







ニッカンスポーツ”1985FIM世界耐久選手権シリーズ第3戦 コカ・コーラ鈴鹿8時間耐久ロードレース”

INTO THE ZONE ~あの領域へ~

YOU TUBE 1985年鈴鹿8時間耐久"TECH21"その1
YOU TUBE 1985年鈴鹿8時間耐久"TECH21"その2









FZR750(OW74)1985









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Last updated  2009年12月13日 22時42分52秒
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