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![]() 2008年12月27日(土)、2008年12月一杯をもって取り壊しとなる大阪フェスティバルホールのポップス最終演者となった山下達郎さんのラス前のライヴに家内と二人で行ってきた。 12月のフェスティバルホール4回公演の内、12月19日と27日の2回見ることができる幸運に感謝しつつ、昼飯抜きの夫婦は14時大阪着。
前回19日の何倍いるのかと呆れるほどのダフ屋のおっちゃん・おばちゃん達からの「チケットあまってたら買うでー」とのしつこいお申出に対し、都度「あまってへんでー」とフェスティバルホールの半径100mをうろうろするのを楽しんでいたが、家内はダフ屋の方々のしつこい声掛け(3回以上声を掛けていた人が3人はいた。記憶力ないのか?)に疲れたようでフェスティバルホールロビーの50年回帰録のパネルの前で読み入っていた。(普段活字を避けて生きているように見えるのだが・・・)
セットリストの公開をやめてほしいという達郎さんのお願いに応え、ライヴ内容は公開しないが、18時04分開演、21時10分の終演まで最高の時間を過ごせた。 ※下の写真はLet's Dance Babyで使ったクラッカー。阪神百貨店で5個入り210円だった。家内はタイミングが合わず不発に終わった。大阪フェスティバルホールのチケットホルダーを記念に持って帰ってきた。
演目は19日と同じだったが、メンバーのソロ演奏は明らかに異なっていたし、フェスティバルホールの再開発に大反対していた達郎さんもさすがにこの日のMCは取り壊しへのとげとげしい言葉は減り、フェスティバルホールへの感謝の言葉が多かった。また、ドラムの小笠原君は日々進化しているように感じた。 達郎さんもメンバーも全力で「フェスティバルホールの神様に向けて」最高のパフォーマンスを見せてくれた姿に感動した。期待通りの感慨深いライヴであった。 撮って来た写真を自分の備忘録として「さよならフェスティバルホール」と「山下達郎ライヴ」にまとめてアルバム公開していますので、ご興味のある方はどうぞご覧ください。
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