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─ 灼熱 ─

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2004年08月22日
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明治維新の正しい理解をしてみようと思います。

明治維新最大の黒幕は、長崎にあるグラバー邸の持ち主トーマス・ブレーク・グラバーでした。
死の商人グラバーです。
グラバーの背後にはアヘン戦争の仕掛け人の大商社、ジャーディン・マセソン商会がいました。つまり、ロスチャイルド→ジャーディン・マセソン→トーマス・グラバーという構図です。
ロンドン→上海→長崎です。

坂本竜馬が仲介したと言われる薩摩・長州連合だけでは倒幕は無理です。グラバーの目的(使命)は倒幕(明治維新)と軍事物資(武器)の供給です。

グラバーは、スコットランドのフレイザーバラに1838年6月6日生まれました。グラバーが11歳のとき、一家はアバディーンに移ります。父は英国海軍大尉(イングランド人)、母はスコットランド人です。父トーマス・ベリー・グラバーは、退官したあとアバディーンで造船業をはじめます。

1859年9月19日、21歳のグラバーが長崎にやってきます。グラバーは25歳のときにあのグラバー邸を完成させました。
長州の伊藤博文、薩摩の五代友厚、亀山社中・海援隊の坂本竜馬、三菱(土佐商会)の岩崎弥太郎らを代表とする幕末から明治にかけて活躍した人物が続々とグラバー邸を訪れます。グラバー邸には隠し部屋がありました。

1863年5月には長州の伊藤や井上などの5人が密かにヨーロッパに旅立っています。さらに1865年には薩摩の五代友厚ら17人がヨーロッパに密航しています。上海にもたびたび長州の藩士らが出国しています。
これらはすべてグラバー(ジャーディン・マセソン)が手引しています。

竜馬は1865年5月に亀山社中を設立しましたが、8月には亀山社中を通じてグラバーから第1回目の買いつけ商品である7800挺の銃が社中に入荷しています。ジャーディン・マセソンの信用(状)を通じてグラバー商会が武器弾薬を極東に用意(買い付け)し、それを薩摩藩に売りつけます。つまり、その仲介役が竜馬の亀山社中・海援隊だったわけです。
竜馬はグラバーの隠れ蓑です。グラバーは竜馬の利用して幕府の目をごまかしたのです。
もっと言えば、竜馬はエージェントだったのです。

薩長同盟の成立は1866年です。一般的には竜馬がこの薩長同盟を成立させたと言われていますが、グラバーは、薩長同盟成立前に既に薩摩や長州の人間をイギリスに密航させているのです。竜馬も密航していた可能性があります(証拠はありません)。竜馬の背後にはつねにグラバーがいるのです。薩長同盟は軍事同盟です。グラバーがいなければ薩長同盟などありえないのです。そして、倒幕という革命は、英国(もしくはグラバーとその背後の勢力)なくして成功しないのです。英国大使ハリー・パークスも薩摩の後ろ盾になります。

「私がパークスと薩摩、長州の両藩の間にあった壁を壊してやった。これがわたしの1番の手柄だ」

これは、グラバーの言葉です。そうです、グラバーが薩長の真の仲介者なのです。表に立てないグラバーがその代わりに竜馬を表に立たせたのだろうと思います。
事実、薩摩と長州の集会所は、グラバー商会でした。
グラバー商会は、ロイズ保険、香港上海銀行等の代理店でもありました。

竜馬は突然、倒幕派から公武合体派に変わります。おそらく、自分が英国(グラバーの背後)の大きな陰謀に利用されていたことに気付いたからだろうと、わたしは思います。
で、1867年の竜馬暗殺です。暗殺の実行犯はわかっていませんが、動機から考えておそらく実行犯は薩長でしょう。しかし、暗殺の背後にいたのは、これもまたグラバーでしょう。
いや、もうひとり怪しい人物がいます。こいつが1番怪しい。岩崎弥太郎です。ご存知、三菱財閥の創始者です。

竜馬の利権を受け継いだのが、岩崎です。岩崎とグラバーの関係が三菱財閥を創ったと言っても言い過ぎではないでしょう。三菱造船所の前身となるドックをつくったのはグラバーです。造船や船会社にかかせない保険、グラバーはロイズ保険(ロスチャイルド)の日本代表です。三菱のビール会社であるキリンビールを立ち上げたのもグラバーでした。

三菱はグラバー邸を買い取って地元で集めたグラバーにまつわる文献・資料を封印してしまい、三菱とグラバーの関係を闇に葬り去りました。これが、グラバーに関する資料が極端に少ない理由のひとつです。

現在の三菱財閥の基礎はグラバーにある。


書き忘れたのでここに書いておきますが、グラバーは上海から1859年9月16日に日本へ向けて出航します。上海にはグラバーの父も一緒にいました。ですが、父は日本ではなくアバディーン(造船業)へと戻ります。グラバーは軍艦や蒸気船、艦船を薩長などの各藩へ売りまくりましたね。親子の動きも一致していたのです。


グラバーは幕府の人間ともつながっていました(つながっていたはずです)。徳川側近の西周です。西はフリーメーソンでした。グラバーもメーソン(西とロッジは違います)ですから、西から幕府の情報を仕入れていた可能性が高いのです。まあ、これはあくまでも可能性です。…が、西の所属するロッジ(オランダのラ・ベルトゥ・ロッジNo.7)から間接的にグラバーへと情報が流れていた可能性の方が高いのかも知れません。
フランス革命やアメリカ独立運動(建国)に深く関与したメーソンが、日本の革命である明治維新に関与していないと考える方が無理があります。…わたしには、ですけど。


グラバーの支配は維新後も続きます。
大日本帝国の支配者(支配人)はグラバーです。日清戦争、日露戦争におけるグラバーの活躍も大きかったのですが、それよりも明治時代の元勲のほとんどはグラバーがヨーロッパへと密航させたグラバーの教育を受けた顔ぶれなのです。みんな長崎のグラバー邸にも通っていました。

グラバーは東京へと居を移し、三菱の中に溶け込みます。
三菱は、グラバーから資本主義を学んだのです。グラバーが日本に資本主義を植えつけたんだと、わたしは見ています。
現在の三菱はグラバーの三菱なんです。資本主義と戦争はセットです。資本主義が世界中の富を略奪しています。三菱は日本の企業ではありますが、グラバーによって成長させられた西洋の意思を持つ企業なんです。もちろん、三菱の従業員はそんなこと知りません。

資本主義のレールに乗せられた日本は、どんなときも国際金融の動きには逆らえないのです。明治維新という革命によって、日本はすでに乗っ取られたのです。あとは彼らは見えないところに姿を消せばいいのです。すべて日本人の意思で動いていると思わせればいいのです。日本人の力で世界第2位の経済大国になったんだと思わせればいいのです。
事実は違うのです。米国が輸入してくれるからこそ日本は輸出大国となれたのです。

現在は、その計画の収獲段階だと思っています。日本のこの不景気だってすべて演出されたものです。インフレやデフレは自然現象ではありません。意図的に起こされているんです。経済学では教わらない彼らだけの金融学によって。

わたしには、これからの日本はもっともっと悲惨な状況になっていくと見えます。
グラバーの意思は現在も生きているんです。グラバーはどこかから日本を見て笑っているかも知れません。

「太った日本をこれからゆっくりと食べさせてもらうよ…」とね。

明治政府も現在の政府も、国際金融資本に操られていた(いる)ことは、疑問の余地がないと思っています。
米国からはペリーが来ていました。
ペリーが日本をこじ開け、そこへグラバーがやってきたのです。

グラバーは現在も笑っている……


※ 以下は転載です。




石の扉
―フリーメーソンで読み解く歴史―

第五章 解き明かされる明治維新の裏

黒子の登場
幕藩体制の矛盾。雪崩をうって何かが起こりそうな危うい予感が、日本列島を包んでおりました。
そこに維新のキーマン、坂本竜馬が現れます。
彼はあっという間に威勢のいい若造の域を脱し、あざやかに薩長同盟を実現し、亀山社中、船中八策、海援隊へと突き進みます。
彼の行動は、単にスケールが大きいばかりではありません。動きは複雑怪奇、魔術師のように謎めいていて、現在のアンケートでも、歴史上もっとも魅力的だと賞される人物です。
しかし、その雄大にしてトリッキーな動きは、いったいどこから生まれたのでしょうか?
だれの影響も受けず、だれの援助もなく、いきなり人間として熟れたのでしょうか?
彼の動きは現実離れの感さえあります。私の脳裏には、いくら想像を巡らせても、捉えどころのない竜馬像が長い間横たわっておりました。
それがある時点で、さっと氷解したのです。
私が長崎に足を踏み入れ、偶然にあるものを眼にした時でした。突如、多くの謎を解く鍵が目の前に差し出されたのです。
それは頭をがつんと殴られたような衝撃でした。それから、飢えにも似た欲求の中で文献を漁りました。いや、おりあらばそれは今も続けておりますが、調べれば調べるほど、彼の背後にはある人物の影がくっきりと浮かんでくるのです。いやいや、西郷隆盛、高杉晋作、伊藤博文、桂小五郎、五代友厚、岩崎弥太郎、幕末から明治にかけて活躍した人物を追ってみると、いやがうえにも同じ人物に行きつくのです。
そういうと、勝海舟を連想する人がいるかと思いますが、それは違います。
白く濃い霧の向こうに立ち上がる人物。刻々と変わる幕末の全体を俯瞰し、細部を吟味すると、彼の存在なくして、明治維新は存在しなかったと言っても過言ではない一人の人物です。
しかしその男の資料は、極端に少ないのです。いや、自ら歴史に残ることを拒み、すべてを闇に葬った男。
鍵は長崎です。

(中略)

竜馬が長崎に滞在したのは、一八六四年の一ヶ月と十日。そして翌年、二度目に長崎に来たときには、亀山社中の設立です。
英四郎は、数回しか会ったことのない若造の竜馬を無条件に信頼したということになります。金を出し、商売の手ほどきをし、人材と事務所を供与した。不思議といえば不思議な話です。
それから三ヶ月後、外国から七千八百挺の銃の到着です。車も電話もない時代、値段を決め決済方法を決めるなど、細かな商談を成立させる貿易業務終結までの行程を考えれば、これは突拍子もない速度です。
しかし、届いているわけです。
すべてがスムーズにいったのは、竜馬の魅力的であり、人の心を捉えて放さない資質による、とある歴史家は言うでしょう。
しかしそれは、ビジネスのリスクや複雑さを知らない学者の感覚であって、私のように長年商売と格闘してきた人間からすれば、夢のような速度なのです。
しかし、こう考えると合点がいきます。
小曾根英四郎と竜馬の間に大物がいた。つまり、英四郎には利益を保証した人物がいたとしたらどうだろう。そして、その人物がすでに銃を海外に確保していた。
さらにその人物は、自分で輸入するとなにか不都合が生じる立場にいたのです。だから、自分に代わるダミーを探していた。
その男は英四郎から竜馬を紹介され、なにかを嗅ぎ取りターゲットをこの男に絞った。
つまり藩も幕府も背負ってない、いわば根無し草のような竜馬をリクルートしたのです。
亀山社中をダミー会社として作らせる。英四郎はその男といわば歩調を合わせていて、竜馬を看板にすえたのです。
そう考えたら、会社設立から鉄砲到着までの素早い経過が、理解できるはずです。

その男とは誰か? 彼こそが明治維新、最大の黒幕です。

http://www.shinchosha.co.jp/books/html/4-10-414605-6.html
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最終更新日  2004年08月28日 22時32分33秒
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