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─ 灼熱 ─

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2004年10月29日
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テーマ:ニュース(88153)
カテゴリ:カテゴリ未分類


本日は「イラク日本人人質事件」についての記事を追いかけての日記になるかなあと思っていたのですが、いま現在、殆ど続報もないようなので、昨日「再鑑定の可能性」を報じられた1990年に起こった「足利市女児誘拐殺人事件」についての記事と、この事件で無期懲役が確定している菅家受刑者は犯人ではなく「真犯人は別にいる」という興味深い「フライデー」(2000年3月24日号)の記事を転載(紹介)します。注目記事です。

先に昨日の「共同通信」の記事を載せますが、「フライデー」の記事だけはぜひとも読んで欲しいと思っています。「フライデー」の記事は全文を転載します。
警察はときどき調書をでっち上げ、裁判所が「自白」をもとに有罪にするという「あってはならない」経過を知ることができるはずです。

この「足利市女児誘拐殺人事件」については、今後も何か報じられれば、目を離さず注目していこうと思っています。

以下、転載です。



被害者下着を冷凍保存へ 誘拐殺人で再鑑定の可能性

栃木県足利市で1990年、保育園の女児を誘拐し殺害したとして、殺人罪などで無期懲役が確定した元幼稚園バス運転手菅家利和受刑者(58)の再審請求に対し、宇都宮地裁は28日までに、常温にさらされている園児の半袖下着を、冷凍保存のため同県南河内町の自治医大へ移すことを決めた。
この下着からは、菅家受刑者のものとされるDNAが採取されており、重要な証拠とされている。
今回の決定で、弁護団が求めているDNA型の再鑑定が行われる可能性が出てきた。
下着は園児が殺害当時に着ていたもので、犯人のものとされる体液が付着。この事件では物証がほとんどなく、体液から採取されたDNAの型が一致したことが決め手となり、菅家受刑者が逮捕された。
(共同通信) - 10月28日14時11分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041028-00000107-kyodo-soci

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県警の「終結宣言」をあざ笑うかのように、再び女の子が消えた・・・・

『足利幼女連続殺害事件』の真犯人は別にいる!

取材・文 小林篤(ルポライター)


栃木・群馬県境で、幼い女の子が次々と消えている。この20年間に、栃木県足利市を中心とする半径20kmの円内で、6人の幼女が失踪、5人が無惨な遺棄死体で発見されているのだ。そのうち3件の容疑者として、ひとりの知的障害のある男が逮捕され、警察は一連の事件の終結宣言を出した。しかし・・・・・。

菅家利和被告(54)が逮捕されたその「足利幼女連続殺害事件」で、実はとんでもない”犯人でっち上げ捜査”が行われていたことをいま、真実を知る目撃者が8年間の沈黙を破り告発する。

県境に潜む真犯人は、今もどこかで、笑っている。

最初の事件は、21年前に遡る。’79年8月3日、白昼の足利市で、F・Mちゃん(5)が姿を消した。最後の目撃者が、当時、市内の食堂「中央軒」に勤めていたN氏(45)だった。

「F・Mちゃんが、同い年くらいの男の子と一緒に、店の前を渡良瀬川のほうへ逃げるように駆けて行ったんです。時間は午後2時過ぎでした。」

翌日事件を知ったNさんは、すぐに足利市に通報。連日にわたって事情聴取をうけた。そして6日後、「中央軒」からわずか2kmの渡良瀬川下流で、F・Mちゃんは遺体で発見される。身に着けていたのはパンツ一枚、エビ反りでリュックに詰め込まれるという惨い姿だった。「知らせを聞いて、たまらない気持ちでした。あんな可愛い子が・・・・」

そのときN氏は、自分の見たF・Mちゃんが<幻>だったことにされるとは、夢にも思っていなかった。


<捏造>調書に署名捺印

「F・Mちゃん事件」の捜査が難航したまま、半径2Km圏内で幼女の失踪・殺害事件が続発する。’86年にH・Yちゃん(5)、’90年にはM・Mちゃん(4)が、ともに衣服を脱がされた状態で、遺体で発見されたのだ。

栃木県警は、三つの事件は同一犯による警察への挑戦だとみなす。一年で延べ36000人捜査員を動員、まさに面子を賭けた大捜査を展開した。そして’91年12月「M・Mちゃん事件」の参考人として、県警は幼稚園バス運転手・菅家利和被告に任意同行を求めた。取り調べ開始から14時間後、菅家被告は真実ちゃん殺害を自白。その場で逮捕された。

菅家被告は、続けてF・MちゃんとH・Yちゃんの殺害も自白する。県警は「市民を恐怖に陥れた幼女連続殺害事件の全面解決」を発表、マスコミも「執念の捜査が実を結んだ」と大々的に報じた。

N氏が突然、栃木県警足利署から呼び出されたのは、菅家被告の逮捕から3週間後だった。取調室で二人の捜査員が持ちかけてきた話に、N氏は戸惑った。

「犯人の自白と、私の証言が、どうしてもつじつまがあわないって、彼らは言いました。『あなたのせいでせっかく自白している犯人を裁判にかけられない』って、遠まわしに責められたんです」そして捜査官は、ついに調書の改ざんを始めたという。

「『私が見たと思ったのは記憶違いでした』と捜査官の一人が私の代わりに口述して、もう一人がそれを調書に書き取りました。そうして<捏造>された調書に署名、捺印するように言われたので、その通りにしたんです。後日、検事さんにも呼ばれ、同じように調書を書き換えられました。」

菅家被告の自白によると、F・Mちゃんの殺害は、当時勤務していた保育園の昼休み、正午から午後1時の間に行われたことになっていた。午後2時過ぎにF・Mちゃんを目撃したというN氏の証言は、自白と完全に矛盾することになる。


幹部が認めた「でっちあげ」

菅家被告は、3件すべてを驚くほど具体的に自白した。だがその内容は、矛盾だらけだった。当時の捜査幹部の一人は、首をひねってこぼした。「あの馬鹿があれこれ言うのを、こっちがいくら捜査しても裏が取れない。証人も物証もまるで出なかった。」

結局、起訴されたのは「M・Mちゃん事件」だけ。「F・Mちゃん事件」「H・Yちゃん事件」に関しては、証拠不充分で検察は起訴を見送った。別の捜査幹部は、起訴断念の舞台裏について、決定的な証言を漏らしている。

「食堂の店員、そいつの証言のせいで、菅家のアリバイが成立しちゃうんだ。それで調書を取り直したんだけど、公判でそのことがバレたら、本件(「M・Mちゃん事件」)まで無罪にひっくり返っちゃう。だからあきらめた。検事も起訴日まで決めていたのに、やっぱりまずいと・・・・・」   退職した気安さだろうか。警察と検察が調書を捏造した後、それを隠蔽したことを認めたのである。

「M・Mちゃん事件」は、一審、二審で無期懲役の有罪判決が言い渡され、いま(2000年3月現在)最高裁の判決を待っている。(最高裁判決は4ヵ月後の7月、有罪決定。《支える会注》)検察の立証した有罪の根拠は、菅家被告の自白と、たった一つの物証=DNA鑑定だった。その自白にしても、被告は公判廷で、無実だと言い出したかと思うと再び犯行を認め、また無実を主張するといった具合に、罪状認否を二転三転させる。無実ならなぜ作り話をしたのかと裁判官に問われると、「しゃべっちゃったんです、つい」と答えた。

菅家被告のIQは77。”精神薄弱境界域”に属する値だ。しかも小・中学校を通して、内申書に「意思薄弱」「服従する傾向が顕著」と書かれた被告の、それが処世の術だった。さらに今回のN証言で、菅家被告の自白に信憑性がないことは、もはや明白である。

唯一の物証であるDNA鑑定も確固たるものではなかった。M・Mちゃんの下着に付いていた精液と、菅家被告のDNAの型が一致したというが、下着はひと晩川の流れにさらされており、鑑定には不適格な資料だった。捜査幹部が告白する。「科警研(警察庁科学警察研究所)が再三拒否したのを、無理にやらせたんだ。」 その背景には、警察庁上層部の政治的意図があった。DNA鑑定の全国配備にむけ、予算を獲得するためには”実績”が必要だったのだ。

菅家被告の弁護団は高裁判決後、無実を証明する手段として、独自にDNA鑑定を行った。鑑定人となった押田茂實・日大医学部教授が明言する。『科警研が発表した精液のDNA型と、菅家被告の型は、異なりました。』

弁護団は、押田鑑定書を最高裁に提出、精液と被告の再鑑定を申請している。(しかし、最高裁はこの重要な申請を全く無視し、有罪の判決を下した。<支える会・注>)


県境をまたぐ未解決事件

私の取材に、当時、県警刑事部長だった森下昭雄氏ら複数の幹部が、こう言い放ったことがある。「俺たちは命がけで捜査して、菅家が全部やったと確信した。奴がクロだったことは、あれから類似の事件が再発していないのが何よりの証拠だ!」

しかし、事件は再発した。菅家被告に高裁の判決が下った2ヵ月後の’96年7月7日、足利市に隣接する群馬県太田市のパチンコ店で、横山ゆかりちゃんが忽然と消え、いまだに行方不明なのだ。(2002年9月現在、ゆかりちゃんは行方不明のまま、事件の解明は何の進展もみせていない。<支える会・注>)

M・MちゃんとH・Yちゃんが失踪したのもパチンコ店。足利市内から、ゆかりちゃんが消えたパチンコ店までは車で20分の距離だ。大田署幹部がいう。「この辺には未解決事件が多いんだ。県境が入り組んでるだろ。県警同士の縄張り意識で、重要な捜査情報は教えない。頭の良い犯人は俺たちの急所を知っていて、県境をまたいでいて悪さをするんだ。」

太田市と同じく足利市に隣接する群馬県桐生市でも、’83年に遺体で発見されたN・Kちゃん(12)殺害事件が未解決。太田市に隣接する群馬県尾島町で、87年にO・Tちゃん(8)を殺害した犯人もいまだに捕まっていない。

ゆかりちゃん事件では、失踪直前にゆかりちゃんが、200人ほどの客や店員の誰もが見覚えのない男と会話する姿が、パチンコ店の防犯カメラに捉えられていた。大田署はこの男を重要参考人にあげている。児童を対象とする性犯罪について、警察庁の研究論文に次の一説がある。

「性犯罪の被疑者については、同じような手口で繰り返し犯罪を敢行する蓋然性が非常に高い」

菅家被告を犯人とする自白とDNA鑑定が破綻したいま、ビデオの男が、真犯人として浮かぶ。


フライデーの記事より(2000年3月24日号)
http://www.watv.ne.jp/~askgjkn/fri.htm



地裁が証人尋問を決定 足利事件の再審請求

栃木県足利市で1990年、保育園の女児を誘拐し殺害したとして、殺人罪などで無期懲役が確定した元幼稚園バス運転手菅家利和受刑者(58)の再審請求で、宇都宮地裁は28日、殺害方法が違うとする鑑定結果を出した鈴木庸夫山形大名誉教授の証人尋問を決定した。来年2月、弁護側の尋問が行われる。
確定判決では、菅家受刑者はしゃがんで、正面から女児の首を絞めて殺害したとされている。
しかし鈴木教授は鑑定の結果、顔面に砂が付いていたことや、生きたまま水につけられたとみられる所見から、後ろから片手で女児の首をつかみ、顔を浅瀬に押し付けて首を絞めたと判断。女児の遺体は渡良瀬川河川敷で発見された。
弁護団は同日、宇都宮市内で記者会見。犯人のものとされる体液が付いた半袖下着が、自治医大で冷凍保存されることが決まったことも明らかにし「(DNA型)再鑑定に向けて一歩進んだ」と評価した。
(共同通信) - 10月28日22時34分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041028-00000229-kyodo-soci



以上、転載でした。

※ 本日の日記は以上です。








最終更新日  2004年10月29日 17時57分02秒
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