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カテゴリ:読書(フィクション)
今年の春、桜の咲きかけのころ、「狐の嫁入り」という記事のところで、「そのあと漫画喫茶なみに漫画をそろえているカレー屋で、山本おさむ「聖」を読んで感銘を受けるのであるが、これはまた別の機会に。」と書いてそのまますっかり忘れていました。
今日ドラエモンのポケットみたいな私の財布の中を整理していたら、そのときのメモが入っていました。またどこかに行ってしまわないうちに書いておきます。 村山聖。「手をのばせば届くところにある」ところまで名人位に切迫しながら、小さい頃から患っていた腎ネフローゼその他の難病の為に29歳で急逝した将棋の棋士です。その生涯を漫画化した作品に山本おさむ著「聖」があります。今回はその漫画について、ではない。第六巻のあとがきで、聖のお母さん、村山トミ子さんが寄稿しています。その内容についてです。 知人から聖書を貰った聖は、大阪の前田アパートで大切に読み込みます。ある日、体調を崩して寝込み、広島からトミ子さんが上阪してきたとき、聖は言うのです。 「お母さん、あのね、淀川で人が溺れ死んだのに誰も助けに行かなかった。ぼくならすぐ助けて飛び込んだのに。」と涙ながらに言ったそうです。 「でもあなたでは泳げないでしょう。命を捨てることになってそれは駄目よ。」とお母さんは答える。 「キリスト教はそんな教えは説いていないはずだ。協会ではっきり聞いてきてくれ。」 お母さんは大阪・福島区のキリスト教会を訪ね、いろいろ牧師さんに聞き、それを聖に伝える。「聖は黙って聞いていましたが、納得していないようでした。」(どういう内容かは書いていないのでわからないが、文章の流れからはやはり飛び込んでは駄目だということだったのだろう)17歳の夏のことだったという。 聖はプロになって言う。「プロになって勝っても、嬉しくない。相手を殺さねば、自分が生きていけない世界に自分は耐えられない。」けれども皮肉にも聖の唯一の生きる支えは将棋だった。知っている方もおられると思いますが、将棋の世界はほんの数人だけが勝ちあがる弱肉強食、本当に厳しい世界です。その世界で、聖は将棋の頂点一歩手前まで行く。ものすごい才能、ものすごい修羅の道だったに違いない。 プロで得た給料の余分はすべてアフリカの子供たちへのフォスタープラン協会への寄付になっていったという。小説でも、漫画にも書かれていなかったエピソードです。わたしはうーむ、とうなされました。 まるで宮沢賢治「よだかの星」です。 私は、よだかの様に自分が生きるためにほかのものを犠牲にしていくことに気がつく度に泣く事はできません。でもやはり私も「星にはなれない」よだかの一人なのです。 まるでとってつけた様に署名のお願いです。 でも今、自分が淀川に飛び込んで濡れなくても出来る事です。 昨日の記事で、hekomiimoさんから「リハビリテーション医療の打ち切りに反対する署名」のお願いがありました。6月24日署名集約打ち切りだそうです。詳しいことはまだよく学習していないのでわからない。けれども確実に何人かは溺れかかっている。私は臆病なので、人の助けを呼ぶことにした。 リハビリテーション医療の打ち切りに反対する署名←このサイトでネット署名ができます と、ここまで書いた後、ネットにつなげると、既にUTSが署名の呼びかけをしていた。まあ、なんという素晴らしく速い情報の、人の、繋がり方だろう。私はこんな回りくどい言い方でしか、呼びかけは出来ませんでした。まあ、これも私の個性だと思って許してください。 ![]()
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